ネガティブ・ドリーマー~街のゴミ掃除をしていたら審議官を名乗る優男に拐われました

八万岬 海

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1章-責任のある仕事

10話-深夜に出発します

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「ふぁふ……ねむいです……」

 まだ空が白んでくる時間まで一時間ぐらいあります。
 少しだけ早い目に寝た私は、かなり早く起きました。

 今日から王女陛下の……違いました。フレイアさんのお迎えという大役を仰せつかっているのです。

 まだ氷のように冷たい井戸の水をつかって石鹸で体をよく洗い、まだ半乾きの紺色の服に袖を通します。


「……お城へ向かっている間に乾きますね」

 今日はまだロイさんもお店に来ていません。
 私は預かった鍵で店の扉をしっかりと締めると、籠と袋、箒を持ってお城へと向かいました。

 前髪には髪留め、いつもの尻尾には薄オレンジのリボンをつけています。
 しっぽを上げたまま走るのは大変ですが、汚すわけにはいきません。

 まだ月明かりの中、王都の中心部へと向かいますが、夜のうちに散らかったようなゴミがあちこちに落ちています。


「……」

 ですが今はそういうことをしている場合ではありません。
 朝にフレイアさんを迎えに行くという大事なお仕事の最中です。

「……」

 この街のゴミは私の知っている以前の世界とは違いシンプルといえばシンプルです。
 紙くず、羊皮紙、瓶に木くず。後良くわからない鉄くず。これはおそらく壊れてしまった武器や防具の一部だと思います。

「……やっぱり無理です――『分別』!」

 私は夜の街を走りながら魔法を使います。
 去年ぐらいに気づいたのですが、この魔法は使うとある程度の種類に分別されるのですが、その時に少し浮かぶのです。

 ではこの状態で私が移動すればどうなるのでしょうか?

 答えは簡単です。
 後ろを滑るようについて来るのです。

 普段は他の人達が沢山いるのでこんな真似は出来ませんが、誰も歩いていない今なら良いでしょう。


「『分別』――……『分別』――……『分別』――……」


 私は道のあちこちに落ちているゴミの塊を見つけるたびに『分別』を使い、ゴミを集めます。
 そうして、お城がすぐ目の前に迫ってきた頃、私の後ろにはまるで行列のように、ハーメルンの笛吹のように紙や鉄くず、瓶などグループに分かれて行列を作っていました。




「どうしよう……」

 この先にはもうお城に通じる橋しかありません。
 このままいけば仕分けする場所も無いことを忘れていました。

 仕方が有りません。
 走って引き返そうと思います。

「おい、誰だ?」

 しかし、ガラガラと小さくない音を立てるゴミの塊に気づいたのか、衛兵さんに声をかけられてしまいました。

「お前後ろの……なんだそれ……いや、ほんとになんだそれ?」
「あっ……嬢ちゃん昨日の……?」

 運が良かったのか悪かったのか、衛兵の一人は昨日の私の痴態を目撃したあの衛兵さんでした。

 濡れた服越しの肌もバッチリ見られた人です。



「あの……ゴミ掃除してて……その……気づいたらこんなに……すいません、直ぐに離れます」

「嬢ちゃん! それこの辺に捨てるとかじゃないんだろ? ゴミ掃除してるなんて偉いじゃないか。手伝うぜ、どうせ暇だしな!」


 衛兵さんと思えないようなセリフでした。衛兵さんは暇なのが仕事なのです。
 門を守る衛兵さんが忙しいなんて恐ろしすぎます。


「す、すいません……では、あその隅っこでいいので、綺麗に片付けてもいいでしょうか?」

「ん? あぁいいぞ、何人ぐらい居ればいい?」

 衛兵さんは優しくも他の人も手配してくれると言います。
 ですがそんな申し訳ないことはお願いできません。

 それにここからの作業は一人のほうが早いのです。


「あの……だいじょうぶ……です。ありがとうございま……す」

 頭にハテナマークを浮かべる衛兵さん二人を背に、私はいつもどおりゴミ掃除を始めます。


「えっと、紙ゴミは『焼却』、瓶ゴミは『洗浄ー拘束』、鉄くずは『溶解』……生ゴミは『分解』」

 私は次々に魔法を使ってゴミを片っ端から片付けていきます。



「おいおい、まじかよ……嬢ちゃんすげぇな……魔法使いだったのか」
「ゴミ掃除人です」

 いくら箒を持っているからと言って、ゴミの籠までもった魔法使いなんて聞いたことがありません。


「あ……」

 いつもはこの流れで終わりだったのですが、今回はまだありました。
 大量の銅貨でした。銀貨も混じっていました。良くわからない石もありました。

 いつもの街の端のほうでは見かけないものです。
 中心街のゴミは一味違いました。

 銅貨と銀貨、それと透き通った石に『洗浄』をかけて綺麗にします。


「……宝石?」
「そりゃ魔石だな……でけぇな」

 まさかの魔石でした。
 火を付ける、水を出す。いろんなことに使える魔力を持った石です。

 お金も数えてみたら私の二ヶ月分ぐらいの稼ぎがありました。



「あの……これ届けてもらってもいいでしょうか?」

 私は申し訳ないと思いつつ、衛兵さんにお願いすることにしました。
 ここから街の詰め所まで行って戻ってくると日が明けてしまいます。

 王女陛下の……フレイアさんのお仕事に遅れてしまうかもしれません。
 それだけは絶対にだめです。


「おう、いいぜ! こっちに任せときな!」

 そう言うと、衛兵さんは空き瓶や鉄のインゴットを両手にかかえて橋のところにあった詰所のようなところへ運んでくれました。


「あの……これも」
「んあ? あぁそれは持ってていいぞ? ゴミで落ちてたんだろ?」
「お金と魔石ですよ?」

「金貨一枚以下なら拾った人のもんだ。魔石はもう使い物にならないから捨てたもんだろ」

 小さな手に乗せたお金と魔石の受け取りを拒否した突き返した衛兵さんは、私の手をぐっと握らせてポケットへ仕舞わせられました。



「……でも」

 落ちてたとは言え誰かのお金です。
 これ一枚でもあれば、一回はご飯にありつけるのです。

「いいって。もらえないっていうなら何処かに寄付するといい」

「ぁ……」

 そうですね。
 確かに衛兵さんの言う通りです。

 これがあれば誰かが助かるのです。
 これは孤児院に寄付することにします。
 私にはゴミ掃除で貰える一日二枚の銅貨があれば十分なのです。

「それにしても嬢ちゃん、こんな時間にこんなところまでどうした?」

「あ……忘れてました……私お仕事で……呼ばれてまして」
「ん? まさか陛下にか?」

 察しのいい衛兵さんで助かりました。
 衛兵さんは「大変だな」と言いながらお城に入る手続きをしてくれました。

 と言っても、審議官証を持っているせいで、名前を書くだけで終わりました。

 一応私は字も読めますし、書けるのです。
 書くための道具がないだけで、孤児院で必死に勉強しました。

 私は衛兵さんに頭を下げ、長いお堀の橋を渡ります。
 その先にある大きな城門に立っている衛兵さんが、隣りにある小さな扉を開けてくれました。



「ありがとうございます」
「こんな時間に呼び出したぁ、大変だな嬢ちゃんも」
「お仕事なので。ありがとうございます」

 私は足を揃えて衛兵さんにお礼を言います。
 こんどはちゃんと噛むこと無く言えました。

 城門を抜けると大きなお庭がお城まで続いています。
 私はお庭の真ん中にある大きな道の橋の方をてとてと走ってお城へと向かいました。

 そろそろ空が白んできました。
 急ががなくてはいけません。

 目的地はもうすぐそこでした。
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