監獄スタートの悪役令嬢 脱獄記~令嬢とかどうでもいいから私は逃げる!

八万岬 海

文字の大きさ
9 / 48

第09話-行商人に出会った

しおりを挟む
 脱獄から十一日目。
 森に逃げ込んでから八日目。

「んー……よく寝たぁ~」

 すっかりここでの生活にも慣れてきた。
 ドスと言う兵士の話を信じるなら、昨日で山狩りは終わっているはずだ。
 そろそろ今後の身の振りを真面目に考えなければならない。

 一つは、新しい自分を手に入れる。
 この大陸から逃げ出して新天地でやり直すのが一番安全だろう。

 一つは、元の生活に戻る。
 わたしを嵌めた男爵家とやらを問いただして、正当性を認めてもらう。


「あれ……私の、クリスの両親……は?」

 そうだ。重要なことをなぜ今まで忘れていたのか。
 クリスは姉妹兄弟はいないが、両親とは仲が良かった。思えばクリスの性格は、甘やかされ過ぎた結果だと思えるぐらい溺愛されていたと思う。

 ――ガメイ伯爵家
 貿易で財を成し、叙勲されて伯爵家まで上り詰めた、叩き上げの家系だ。

 クリスにとっては愛する両親。

「まっ、まさか私が逃げたせいで……」

 王女殺しの罪――それは本人だけでなく一族郎党、処刑されてもおかしくは無い。
 そこまで考えが至り、先ほどまで他の大陸に逃げれば。なんて考えていた自分を殴ってやりたい程の衝撃に包まれた。

「――ど、どうしよう」

 とは言え、街に戻っても見つかればすぐに捕まる。
 折角ここまで逃げてきたのだ。
 今更、捕まる恐れのある街まで戻りたくもない。

「……そうだ、スルツゥェイに行こう。あそこなら何か手がかりがあるかも」

 貿易都市スルツゥェイはこの国の玄関口であり、他の大陸からの船でいつも多くの異邦人で溢れていた。
 そこにはガメイ伯爵家の別宅もあり、何人かの使用人もいるはずである。

「二年前に行ったのが最後かな……」

 どちらにせよ他の大陸へ渡るならスルツゥェイに向かわなければならない。
 既に各街では兵士が目を光らせているだろうが、首都に戻るより見つかる可能性は低くなるはずだ。

「保存食も沢山作ったし。うん、大丈夫! 行こう!」

 私は頬をパチンと叩き、自分に大丈夫だと言い聞かせると、蛇と川魚の干物が入ったカゴを手に谷底へと降りる。

「【浮遊フライ】」

 そして谷底を流れる川の上を下流に向けて移動し始めたのだった。


――――――――――――――――――――

 脱獄から十四日目。

 下を流れる川はかなり穏やかな流れになり、川幅も広くなっている。
 両側の崖もいつしか無くなり、代わりに広い草原が広がっている。

 そして、目の前には大きな港町が見えていた。
 目的地のスルツゥェイでは無いが、この大陸の外周にある街を巡る船が発着する港町だ。

「なんだったかなーあの街の名前……スリーズルだったかな」

 私は街へと続いている街道に差し掛かると、魔法の使用をやめて歩き出す。
 この街道の反対側は、首都スルートへと繋がっている。

「大丈夫かなー……」

 あと数十分も歩けば街の門に辿り着く。
 街の入り口では通常、街に入る人間がチェックされている。
 身分証があれば助かるのだが、私はそれを持っていないどころか手配されている。

 通じるかどうかはわからなかったが、私は山奥の村から素材を売りに来た娘だと装うことにした。

 私はここに来るまでの間、川魚を集め干してつたに縛ってある。
 山菜のようなものやキノコ、木の実もいくつか集めた。
 見たことが無いので、食べられるかどうかは分からない物ばかりだが、要は検問さえ突破すれば良いのだ。

「うー……ドキドキするけれど仕方がない――大丈夫……だよね」

 ズボンのポケットには手に入れたネームカードが二枚ある。
 フレンダにもらった方には草の汁を使って『カリス』と記入した。

 一人でドキドキしながら街に向かって歩いていると、後ろからガラガラと馬車が向かってくる音が聞こえてきた。

「っ!?」

 私は一瞬身構えるが、どうやら商人の馬車のようで、御者台に太った老人が一人座っているのが見えた。

「はぁー……よかった、商人の人だ」

 私は道の端に寄り、馬車が通り過ぎるのを待つことにした。

◇◇◇

「お嬢ちゃん、スリーズルまで行くのかい?」

 馬車が少し通り過ぎた所で唐突に止まり、その御者台から声が掛かった。

「……っ。は、はい、素材を売りに……行こうかと」
「なら乗ってくか?」
「……――お願いします」

 一人で街に入るより、馬車に乗せてもらっていた方が違和感が無いだろうと打算を働かせ、商人さんのお言葉に甘えることにした。

「わしは行商人のマイクだ。嬢ちゃんはどっから来たんだ?」
「カリスです。山奥の村からです。その……素材を売りたくて」
「そーかそーか。山からはだいぶ離れてるが、一人できたのか?」

 見たところ六十代ぐらいのマイクと名乗った商人は、白髪のまじった髪に同じく白い口髭をたたえていた。

「はい、【浮遊フライ】の魔法が使えるので、一人でやって来たんですが、街に来るのは初めてで」
「そーかそーか。てぇことは、カリスさんは身分証とか通行税とか持ってるかの?」

「通行税……って幾らぐらいですか?」
「一人につき銀貨一枚じゃの」
「……」
「ふむ……持ち合わせがないのなら、ワシがその素材とやらを買い取ってやろうか? 街で売る手間も省けるじゃろうし」

 マイクさんは善意での言葉だろう。
 でも私が持っているのは素材とは名ばかりの検問を抜けるために用意しただけの物で、到底売り物になるような物は持っていない。

「あのっ……通行税だけお借りすることはできませんか? 初めて来たので街の中を見てみたくて」

 私はキュッと口を結び、マイクさんに頭を下げた。

「そーか。そういう事か。じゃがワシも商人じゃ。担保無しで金を貸す訳にはいかんのじゃ」
「そう……ですよね」
「じゃから、ちょっと荷物見せてみぃ。銀貨一枚分だけワシが買ってやろう」

 私はおずおずとカゴを商人さんに手渡した。

「ほう、幻惑茸、こっちは赤目茸か。これは……岩魚か。珍しい干し方じゃが丁寧な天日干しじゃの」
「ありがとうございます」
「おぉ、これはピーマンか」
「へっ?」

 ピー……マンなんて採っていない。というか「この世界にピーマンなんてあったかな?」とクリスの記憶を思い出しながらマイクさんが手に持っているのを見る。それは川を流れてるのを拾った栗のような木の実だった。

「それ、ピーマンって言うんですか?」
「なんじゃ知らんかったのか。これはの、煎じて飲めば熱を下げる薬になるんじゃ」

 ピーマン……何か納得できないものを感じる。

(どう見ても栗だよ……)

「この干物一つと、ピーマンで銀貨五枚だそう。一般的な仕入れ値じゃぞ」

「――!! 良いんですか?」
「あぁ、昼飯にちょうどええ。カリスさんの下ごしらえも丁寧じゃし、ちゃんと売れるものになっておるぞ」

 マイクさんが懐から銀貨を五枚取り出すので、両手を差し出すとチャリンと乗せてくれた。

「ありがとうございます!」
「ほほ、女の子はそれぐらい笑ってた方がええ」

 言われてみればこんなに普通に人と話したのはいつぶりかな。
 自然と笑みが溢れていたようだ。

 私はそのままマイクさんが座っている御者台に乗せてもらい、スリーズルの街へ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい

藤原遊
ファンタジー
悪役令嬢×婚約者の策略ラブコメディ! 「アイリス・ルクレール、その波乱の乙女ゲーム人生――」 社交界の華として名を馳せた公爵令嬢アイリスは、気がつくと自分が“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生していることに気づく。しかし破滅フラグなんて大した問題ではない。なぜなら――彼女には全力で溺愛してくれる最強の味方、「お父様」がいるのだから! 婚約者である王太子レオナードとともに、盗賊団の陰謀や宮廷の策略を華麗に乗り越える一方で、かつて傲慢だと思われた行動が実は周囲を守るためだったことが明らかに……?その冷静さと知恵に、王太子も惹かれていき、次第にアイリスを「婚約者以上の存在」として意識し始める。 しかし、アイリスにはまだ知らない事実が。前世で推しだった“お父様”が、実は娘の危機に備えて影で私兵を動かしていた――なんて話、聞いていませんけど!? さらに、無邪気な辺境伯の従兄弟や王宮の騎士たちが彼女に振り回される日々が続く中、悪役令嬢としての名を返上し、「新たな人生」を掴むための物語が進んでいく。 「悪役令嬢の未来は破滅しかない」そんな言葉を真っ向から覆す、策略と愛の物語。痛快で心温まる新しい悪役令嬢ストーリーをお楽しみください。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...