監獄スタートの悪役令嬢 脱獄記~令嬢とかどうでもいいから私は逃げる!

八万岬 海

文字の大きさ
13 / 48

第13話-兎に出会った

しおりを挟む
「このっ! 大人しくしろ!」
「――――っ!?」

 翌朝、聞きたくない人の声が耳に届き、一瞬で意識が覚醒する。
 まだ薄暗く朝日が登っていない時間帯だった。

 寝起きだと言うのに全身から冷や汗が一気に吹き出てくる。

「……」

 目を開き周囲を見回すが、周りには誰もいない。
 私はそっと寝床にした岩陰から顔を出して、耳を澄ます。



「――――んんんっ!!」
「くそっ噛みやがった……おい! 腕を押さえとけ!」



(聞こえたっ……女の人の声)

 どう考えても放っておいてはダメな感じがする。
 私は慌てて【存在希釈エクシテンス ディリュージョン】をかけて、岩を乗り越えて森の方へと走っていく。

(方向からして……あっち!)

 存在を極限まで消したまま、私は杖を持って森の奥へと駆け出した。
 数十秒走った先で見つけたのは――。

「んんんっ――ゃっ! やめっ――」

 三人の兵士に押さえつけられた一人の女性だった。
 幸いまだコトには及ばれていないが、見つけてしまったからには助けるしかない。

(急がなきゃ)

 一人が女性の両手を押さえて、もう一人が足側に回り込み女性の口を押さえ下品な笑いを浮かべている。
 最後の一人は隣にどさっと腰掛け、小さい木樽に入った酒のようなものを飲んでいた。

 私はなるべく近くの木影に身を隠し【存在希釈エクシテンス ディリュージョン】を解除する。

(でもどうしよう。一気に三人なんて……)

 見た所、魔法使いは居ない。
 不意打ちで一人倒せば、残り二人なら倒せるか。

(はぁ……はぁ……)

 声に出さないよう、息を整え心の中で魔法を詠唱する。
 身体の中にある魔力が右手に集まり、指先がカッと熱くなっていくのを感じる。

(手前に座っている奴の頭が邪魔で奥の二人が狙えない……なら!)

「【風槍エアランス】っ!」

 指先から放たれた風の槍が大砲のような勢いで、手前に座っている兵士の頭を吹き飛ばした。

 その衝撃で二つに割れた風の魔力は、その威力を落とさないまま奥にいる兵士二人の上半身にぶつかる。

「――なっ!?」
「んあっ?」

 完全に不意打ちの形となり、女性に覆いかぶさるように押さえつけていた二人の兵士の格好をした男たちも【風槍エアランス】の余波を受け、吹っ飛んでいく。

 暴力的な力の奔流に吹き飛ばされた兵士は太い幹にぶつかり、身体が盛大にひしゃげる。

「えぇー……」

 魔法を発動するために右腕を差し出したままのポーズで固まる私。

(わたし……人を……こっ、こ、殺しちゃっ……)

 突然お腹の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。

「ぅっ……!!」
「……ぐすっ……ぐすっ……」

 しかし女性の泣き声で我に返り、私は口を押さえながら彼女のもとへと駆け寄った。

「だ、大丈夫……ですか?」
「うぅ……怖かったぁ……ふぇ……」

 もっと大人の女性だと思っていたが、近づいてみると私と同い年ぐらいの女の子だった。
 服は乱れており、二本の飛び出た特徴ある耳も、最初に吹き飛んだ兵士の血で真っ赤に染まっている。

 私はなるべく優しい感じの口調でその女の子に話しかける。とにかく今はここから離れて、血でべっとり汚れてしまった服を洗ってあげたい。

「とっ、とにかくあっちに海があるから、身体洗おう? ね?」
「……ありがとう」

 まだ涙目になっている女の子の手を引き、先程まで寝床にしていた岩場まで戻った。そこでタオルを渡し、汚れてしまった服を脱いでもらい海まで降りて海水で洗う。

 最後に【水球アクアボール】で濯《ゆす》いで海水を落としてから、岩場に戻った。
 女性はおぼつかない手つきで自分の耳をゴシゴシとタオルで拭いている所だった。

「はい、まだ湿っているから少し風出すね」
「ありがとうございますぅ~……」

 間延びな喋り方をする子だなと思いながら、彼女の服を風魔法で乾かす。

「えっと、私カリスっていいます。貴女のお名前は?」
「あの、わたしリンって言います~」

 まだ少し泣きそうな表情のままだったが、私はリンと名乗った女性の頭に視線が釘付けになっていた。
 少しまだ汚れているが二つの兎のような白い耳がぴょんと飛び出している。

「あのぅ……?」
「あっ、そ、その、大丈夫だった?色々と」
「はい~……おかげさまで……なんとお礼をしたらいいか~」

「お礼とかはいいんだけど、どうしてこんな所に?」
「えっとー…スルツゥェイの……近くに住んでいるんですけれど~……」

 相変わらず妙にゆっくりと話すリンさんの話を纏めると、彼女はスルツゥェイからスリーズルへ行って、素材を売った帰り道で野営をしていたところ捕まったそうだ。

「あの……森で野宿をしていたら突然あいつらが現れて……普段こんなところに人は居なかったんだけど~……」

 リンさんは兎の様な耳をぴょこぴょこと動かしながら、両手を使いって先程の状況を説明してくれる。

(普段居ない森に兵士が……それって私のせいだよねどう考えても……それで私が……私が……あいつらをこの手で……)

「どうしましたぁ……?」

 顔を覗き込んでくるリンさんを見てドキッと心臓が跳ねる。
 私は慌てて話を変えて、先程から気になってしようがない物について質問することにした。

「えっと、そのリン……さんは、獣人? ……ってやつですか?」
「獣人……最近ではセリアンスロープっていう人が多いんですよぉ~でもその通りです~」
「うわーすごい、私初めて獣……セリアンスロープ? の人に会いました!」

「うふふ……そうなんだぁ~……ちょっと触ってみます?」
「えっと、じゃぁ失礼して」

 恐る恐るその耳に手を触れると、ピクッと耳が動く。
 なるべくゆっくり……と思いながらその耳を手で優しく包むと仄《ほの》かに暖かかった。

「あんっ……」
「あっ、ごめんなさい、痛かった?」
「いえ、だいじょうぶよぉ~……それよりも~……」
「んむっ――!?」

 突然リンさんが私をギュッと抱きしてきたので、顔がリンさんの胸に埋まる。
 少し息苦しいので離れようとしたところで、頭の上からリンさんが呟くように口を開いた。

「あの人達は私を汚して、それから殺して埋めると言ってました~……だからカリスさんが気にする必要なんてないのです……よ?」
「ん……」
「カリスさんは私の恩人ですよ~……」
「リンさん……」

 少し抜けた子なのかなと思っていた私の考えは間違えていた。
 ちゃんとリンさんは私の心情を察してくれていた。
 そのことに嬉しくて、私はぎゅっとリンさんの背中に手を回した。

「あのぉ~……多分私のほうが年上だと思うんですが~。タメ口でいいですよぉ~命の恩人ですし~」

 するとリンさんが不思議なことを言い出した。
 年上? どう見ても私と同い年かそれより幼い……まぁ胸は遥かに大人だけれど……。

「私、もうすぐ三十……あれぇ? いま三十歳ぐらいかなぁ」

「えぇぇぇっっっ!?」
「ふふふっ、皆さんそんな反応するのよ~」

 びっくりした表情をみてコロコロと笑うリンさん。
 対して私はどんな表情をしていたのだろうか。

 獣人――もといセリアンスロープというのはみんなこんな若いのだろうか。

「あっ、じゃぁ私が言うことじゃないかもしれませんが、お互い呼び捨てタメ口でどうですか? どうかな?」
「うん~いいよ~よろしくねカリス」
「り、リン――よろしくね」

 私はそのままぎゅっと握手をし、まだ日が昇らない時間だったので、そのまま二人で寄り添うように一眠りしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

乙女ゲームの悪役令嬢は前世の推しであるパパを幸せにしたい

藤原遊
ファンタジー
悪役令嬢×婚約者の策略ラブコメディ! 「アイリス・ルクレール、その波乱の乙女ゲーム人生――」 社交界の華として名を馳せた公爵令嬢アイリスは、気がつくと自分が“乙女ゲーム”の悪役令嬢に転生していることに気づく。しかし破滅フラグなんて大した問題ではない。なぜなら――彼女には全力で溺愛してくれる最強の味方、「お父様」がいるのだから! 婚約者である王太子レオナードとともに、盗賊団の陰謀や宮廷の策略を華麗に乗り越える一方で、かつて傲慢だと思われた行動が実は周囲を守るためだったことが明らかに……?その冷静さと知恵に、王太子も惹かれていき、次第にアイリスを「婚約者以上の存在」として意識し始める。 しかし、アイリスにはまだ知らない事実が。前世で推しだった“お父様”が、実は娘の危機に備えて影で私兵を動かしていた――なんて話、聞いていませんけど!? さらに、無邪気な辺境伯の従兄弟や王宮の騎士たちが彼女に振り回される日々が続く中、悪役令嬢としての名を返上し、「新たな人生」を掴むための物語が進んでいく。 「悪役令嬢の未来は破滅しかない」そんな言葉を真っ向から覆す、策略と愛の物語。痛快で心温まる新しい悪役令嬢ストーリーをお楽しみください。

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...