雪の都に華が咲く

八万岬 海

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03-Bridge

062話-帰ろう

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 朝日が昇った直後に起きたはずなのに身なりを整えて『見世物小屋フリークショー』の中にいる女の子たちのところへ向かったのは、そろそろ朝ごはんも終わるような時間になってしまった。


 俺とヴァレンシア、そして幻影の三人。
 彼女は六華や銀華と同じように幻影のくせに勝手に動く。それはまるでもう一人のヴァルのようだったのだ。
 最初はなにかとヴァレンシア本人と言い合いしていたが、徐々に双子のような仲の良さになっていた。

 ちょっと作ってみただけなのでスグに消すからとヴァレンシアに説明したのだが、名前をつけてやってくれと言うのでアプリコットと名付けた。

『じゃあ私も一緒に入っていい?』
「いいよ、ヴァル行くよ」
「いえっさー!」

 妙にテカテカとした元気いっぱいのヴァルとアプリコットの三人で『見世物小屋フリークショー』の中へと入ると、女の子たちにヴァルが二人になっていることに驚かれたが幻影だというとすぐに納得された。

(こういう反応を見ていると、幻影……というか魔法とか魔技ってのが当たり前に浸透してるんだなって改めて思ってしまう)

 ついでにこの酒場のおっちゃんこと、アッドさんが宿にあるシーツや毛布も全部持っていってくれと渡してくれたので、着るものすら行き渡っていない人たちへと配った。

――――――――――――――――――――


「じゃ、そろそろ私は行かなきゃ……みんな元気でね? 私また遊びに行くから変な気を起こしちゃだめだよ! みんな約束してくれる!? 辛くなったら私でもいいしユキでもいいし、他の仲間でも良いから相談して!」

「わかってる! ヴァルのおかげだもの、頑張って生きていくわ!」
「おねーちゃん、行っちゃうの?」
「ヴァルさん、貴方がいなかったら私は今頃命を断っていました。この御恩は忘れません」

 さすがにそろそろ出発しなければやばいというヴァルが、全員に聞こえるように大きく両手を上げながら女の子たちに演説のように挨拶をすると、またしても駆け寄ってきた女の子たちに揉みくちゃにされている。
 水を差すのも悪いが、時間的に大丈夫かと思い助けようかと悩んでいたらヴァルは自分で空中へと飛び上がり俺の隣へと戻ってきた。

「あは、あははは~。いやーこういうのって照れるね……うん、たまにはこういうのも悪く無いね。ユキ、じゃあ寂しいけどまたね?」

 ヴァルが差し出した小さな手を握り返すと『私も!』とアプリコットが手を重ね、三人でがっちりと握手をするとヴァルがコットの手を最後にギュッと握り向かい合う。

「コット、いい? ユキのこと護るのよ?」

『当たり前。ヴァルが居ない間は私に任せて』

「…………え、えっちなことは……あまりしないでね?」

『善処するわ~。でもどうせ術が切れたら記憶も、経験も感覚も全部共有されるんだし』

「え? そうなの?」

「ユキ気づいてなかったの? 離れていても近くに近づくとある程度は経験が共有されるみたいよ?」

「言われてみれば幻影が見ていた事とか、知らないのに知っているって感じはしてた」

「だからさ、せめて術が切れるまで……は流石にいつになるかわからないか。今日一日だけで良いから。一緒に居てあげてくれると嬉しいなーなんて」

 ヴァルはそんなことをいうと、俺の頬へとキスをして満足そうな顔で微笑む。
 そして最後にみんなへと手を振った。

「じゃあまた」

「うんっ! 次はもしかしたら敵同士かもね」

「マジで?」

「うそよ。先輩は斬りかかるかもしれないけど~あの人もメンタルがアレだからなぁ……あ、やば、行かなきゃ! ユキお願い!」

 皆に「ちょっと見送ってきます」と伝えヴァルと二人で宿屋の部屋へと戻ったのだった。
 このとき、これは俺が完全に忘れていたことだが、部屋の方へと戻った瞬間コットが消えてしまった感覚がした。

(あっ……やべ! そうだ幻影だけあっちに入れられないんだった……)

 先ほど感極まったように「今日だけは一緒に居てあげて?」と言われたのに、一瞬で消えてしまった。



「あれ? ユキ……コット消えてない?」

 そして一瞬でそのことを察知され、身体がビクッと震える。
 本人をコピーした幻影が消えると術者である俺の他にコピー元のオリジナルにも解ってしまうようだ。
 
「……ゴメン消えた……術者と空間が変わっちゃったから」

「……ぷっ、あはっ、あははははっ、ひーっ、ユキおもしろーいっ、なにやってんのよもう!」

 お腹を抱えて笑うヴァルを尻目に、俺の心は罪悪感でいっぱいだった。
 あんな感動的な別れっぽいものをしていたというのに。



「と、とりあえずヴァル、気をつけてね。でも、どうやって待ち合わせ場所まで?」

「ひぃっ、あははっ、はーっ、はーっ……えっと、えっとね、私飛べるんだ。魔力も使ってるけど結構早いんだよ?」

「その羽根は飾りじゃないんだね」

 頭から生えたコウモリの羽をパタパタと動かすヴァルだったのだが、なぜかその顔は笑いすぎて目尻に涙を浮かべながらもドヤ顔に染まっていた。
 ドヤ顔というか「知らないんだ―?」という感じのマウントを取ったときのような顔だ。

「ふふーーんっ、ユキには特別だからね。見てて?」

 ヴァルが後ろにクルッと回る。
 白いワンピースの背中は自分で切り裂いたのか、大きく背中が開いており真っ白い肌と肩甲骨が目に映る。

「まさか、羽生えるの?」
「ふふーんっ、そうよっ! ほらっ」

 背中に赤い魔力光が集まったと思ったら、頭のそれと同じような、でもサイズは段違いの大きな翼が生えていた。

「綺麗……すごい」

「きれ……っ……!? そ、そう? 綺麗だなんて初めて言われた……ありがとう」

 新品の赤いこうもり傘のようなツルツル羽だなと思った事は墓まで持っていこうと心に誓いながら、例の魔術ってやつかなと聞くと「種族特性よ」とニカッと笑いながら教えてくれた。
 種族特性と言われても未だにヴァルの種族をちゃんと聞いていなかった。
 
(見た目的には吸血鬼か……まさかサキュバス的な?)

 ケレスが山羊なのか悪魔なのか悩ましい感じなので、そう考えるとヴァルも悪魔の可能性も無きにしもあらず。
 だが今更聞くのも憚られたので次会った時にでも聞いてみようと心に決めた。


「じゃぁ……行くね。ユキまたね!」

 ヴァルはそういって手をふると、結構あっさりと宿屋の窓から外へと飛び出した。そしてすごい勢いで空の彼方へと赤い軌跡を残し飛んでいったのだった。


――――――――――――――――――――

 ヴァルを見送った俺もついにここに用事がなくなったのでアペンドへ戻ることにする。
 そしてそのことを伝えるために『見世物小屋フリークショー』の白い部屋へと戻ったのだが、思った通りコットの姿は消えていた。

「えっと、皆さん、そろそろアペンドまで向かいますね。すぐに着くと思いますので街に着いたらまず私が入ってきます」

「よろしくお願いします!」
「「「お願いします!」」」

 そして最後に宿の部屋に忘れ物がないかを確かめて回る。
 古い血に染まったシーツや、何に使われたかわからない道具類はムカッとしてその場で燃やした。
 男どもが持っていた荷物も置いていったようだったので、こちらは『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』の中へとしまう。

 中身が何かわからなくても『貪欲な貝ペルナ・アウァールス』へ入れると、入れたリストが手帳に自動的に記載されるのでとても便利だった。


「…………『兎の幻想レプス・パンタシア』」

 最後に、罪悪感ではないがもう一度ヴァルの幻影を作ってみた。

『…………』

「えっと、コットなのか?」

『すぐ消した…………ひどい。ユキひどい……うわぁぁぁんっ』


 そこに現れたのは、やはりヴァルと同じ姿形の幻影なのにアプリコットと名付けた個体だった。

(幻影は術者が考えている幻を作り出す技だって聞いた。俺の幻影はその上位版の力を持っているから触れる幻影なんだと説明されたけど幻影なんかじゃなくて、同じ人間を作り出しているとしか思えない……)

 だが消すこともできるし、おそらく誰かに殺されても死ぬことはない。改めて完全な姿で出すことができる。

(これじゃぁ幻影じゃなくて、もはや創造だよ……)

『ぐすっ……うぇぇぇん……ユキが無視するぅぅぅ……』

「あ、ごめんごめん。えっと、コットで良いんだよね」

『そう……だよ』

「よかった……やっぱり同じ個体なんだ……」

『むぅ…………ぷくー……』

 俺の幻影は俺と同じ性格なのに、こっちは本体のヴァルより子どもっぽい気がする。

「じゃ、アペンドまで行くから、うちのメンバーと喧嘩しないでね?」

『はぁい……えへへ』

 泣き顔から膨れっ面になって、手を差し出すとすぐに笑顔に変わるコット。

(アイナの幻影を出したら本体と違う性格のアイナが出てくるのかな……座長は本質が出てるって言ってたっけ)


 一瞬、今のうちに試してみようかとも思ったが罪悪感が勝ってしまい諦める。
 流石にモラル的にどうかと思う。


 俺はコットの手を引き、下の酒場まで降りてから店主のおっちゃんに挨拶をする。
 昨晩に続き何度も何度も礼を言われ、いつでもタダで泊まってくれと言うおっちゃんと、流石に申し訳ないと遠慮する俺。
 お互い譲らない何かがあったのだが最終的には俺が折れてしまった。

「じゃあコット、魔技で飛ぶからね」
『はーい』

 俺の腕を抱いたまま離れないコットだが、アイナたちと揉めるのも面倒なので流石に少し離れてもらうようにお願いをする。
 そしてしっかりと腰布を手に持って、久しぶりな気がするアペンドへ向けて跳躍した。
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