雪の都に華が咲く

八万岬 海

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05-Chorus

081話-クルジュナと一つの部屋で

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 夕暮れの首都。
 俺とクルジュナは、街の中心にあるお城の反対側まで二人で買い物に来ていた。

 あの後ヴァルの帰りを待っている間にリーチェ魔技のコピーができるかを試してみたけれど何故か出来なかった。
 夜にエイミーが自分で試していいというので、一旦棚に上げておくことにした。

 一日で何人しか無理とか、何か条件があるのかもしれない。
 今は歌の練習ということで、あのメンバーは『部屋』に残ってくれている。

 ヴァルにも『見世物小屋フリークショー』をコピーさせたので『部屋』に出入り自由になったた。
 そのため、少し前の約束を思い出した俺は、宿に戻ってきたクルジュナを捕まえたのだった。




「そうなんだ……ユキってなんでも出来るのね」

「クルジュナも魔技の練習してるんだよね」
「そうだけど、まともな的が無いからあまり芳しくは無いわ」

「さっき話したやつで魔技の強化ができるか試してみたいんだけど……クルジュナ協力してくれないかな」
「…………わたし?」



 たっぷり数秒溜めたクルジュナが少し下にある俺の目を見つめながら「何言ってんの」というような返事をされた。

 俺が魔技を持っていて、強化した魔技をそのまま本人に戻すとどうなるかというのを試せるのがクルジュナとリーチェ、ケレスしか居ない。
 その中で攻撃系と言うとクルジュナしかいないのだ。

 ケレスの魔技は俺ですら試したことがないのだ。
 たが拒否を示すような沈黙に耐えられなくなり、ここは潔く誤っておくことにする。


「ご、ごめん……」
「さ、さすがにヴァルの話を聞く限り……ちょっと……」



 先ほど泣きながらお風呂に行ったヴァルがなかなか戻ってこないと思ったら、お風呂で鉢合わせしたクルジュナに色々と起こった出来事を話したと報告されたそうだ。

「……だから……そ、その……二人きりの時なら……」
「…………」

 夕陽に照らされたクルジュナの絹のような金髪が風でふわっと広がる。

「…………な、何か言ってよ!」
「いや、まさか良いよって言ってもらえるなんて思わなくて」

「わっ、わたしだって……頑張りたい……のよ」

 目をそらしながら恥ずかしそうに言うクルジュナ。
 大抵のことはそつなくこなしているイメージなのだが、本人的にはまだまだ納得していない部分が多いらしい。

 だがクルジュナがそれっきり続きを何も言わずにに黙り込んでしまう。
 重い空気というか気まずい空気が二人の間に流れてしまう。

 少し前に約束していたため軽い気持ちで楽器を買い行こうとクルジュナの誘ったのだが、間をもたせるための話題のチョイスを間違えてしまったと今更ながら後悔してしまう。

(この買い物に誘う時も大変だったんだよな……)



 俺がクルジュナを誘った時の犠牲は、戸惑っていたクルジュナを揶揄するように笑ったサイラスの頬と俺の心だろうか。

(結果的にサイラスのおかげで断られなくてよかったけど……)

「………………」



 先ほどまで業務連絡的な感じではあったが二人で話しながらここまで来たのに、先程の話題のせいでクルジュナが口を閉ざしてしまい早数分。

「…………」
「…………じゃ、じゃあそこに宿屋があるから、試してみようか!」

 ――エロオヤジか俺は!?

 気まずさに耐えられず、つい普段なら絶対言わないようなことを口走ってしまった。
 しかもよりによってクルジュナに。
 これがリーチェなら「何言ってんのよもー!」とか、アイナやヴァルなら…………。


(いやあの二人は「うん……」って言うだけで終わってしまう!)




「…………う、うん」

「――!?」

 そろそろ日が沈みそうな夕焼けの中、耳にしたセリフは俺の幻聴だったのか、気のせいだったのか。
 しかしクルジュナは俺の手を掴んだまま、先程俺が指差した宿へと向かっているのは確実に現実だった。

――――――――――――――――――――


 ニヤニヤしながら「頑張れよ!」と意味不明なことを言ってきた宿屋の親父に若干の殺意を覚えながら、鍵を持ってスタスタと二階へと登っていくクルジュナの後を追う。

 今日のクルジュナは黒のレースがあしらわれた赤色のワンピースにお揃いの膝丈のスカート。
 それに焦げ茶色の膝まであるブーツという、ゴスロリのようなファッションだった。

 むしろそれが似合うほど、整った洋風の顔立ちに長い髪は、まるで西洋人形というか出来の良すぎるフィギュアのような女の子だ。
 そんな子に無言で手を引かれ宿屋へと連れ込まれている最中の俺。


(俺のせいだし、別に嫌な気分じゃ無いんだけど……)

 たまにゴミを見るような視線をむけてくるクルジュナなだけに、えらく緊張して心臓がバクバクと高鳴り、掴まれている手にじんわり汗が滲み出てくる。



 廊下の一番奥の部屋の木扉を開き中へと連れ込まれる俺。
 ショタ趣味のおねーさんが、近所の子供を連れ込んだかのような状況に見えないこともない。

 部屋に入るなり、後ろ手で鍵を閉めたクルジュナはそのまま窓につけられていた内側の木扉をも閉め、部屋が暗闇に包まれる。


「そっ、それでわたしはどうすれば……いいの」


 少し震えたようなクルジュナの声。
 このまま無遠慮にやってしまうと、後々めんどくさいことになりそうだ。

 俺は魔法で光を作り、まず部屋を明るくする。
 怖がられているわけでも、嫌がられているわけでもなく、クルジュナは単純に極度の恥ずかしが屋で人見知りなだけだと何度かリーチェやサイラスにも教えられた。

 舞台もシナリオが用意されてて、上官の命令どうりに動くだけだと自分に言い聞かせてやっと立てるようになったと言っていた。

 そんなクルジュナがここまで自分から行動に移すのは相当の心労ストレスだっただろう。
 もともとクルジュナと一対一で話す機会なんて数えるほどしかなかったし、こうなれば俺も本心をぶつけていこう。



「クルジュナ……その、まずはありがとう。俺のわがままに付き合ってくれて」

「そ、そんなこと……な、仲間じゃない」

 ちょっと申し訳ない気もするが、これ以上クルジュナの心労をかけ過ぎないようにクルジュナの考えていることをチェックしながら進めよう。



「クルジュナ……俺の魔技のこと改めて全部説明するね」

 まずは「何をされるのか分からない」という恐怖心を無くしてもらうために、俺は手の内を全てクルジュナに伝えることにする。
 もともと甚大な被害を被りそうなこと以外は隠しているつもりはないのだがクルジュナとは話す機会がなかっただけだ。



「そう……なんだかユキの口から聞いても信じられないわ」
「俺も自分であまり理解できてないんだけどね」

「それじゃあ、わたしもアイナみたいな身体強化とか、座長の移動とか使えちゃったりするの?」

「多分できると思う。魔力さえ保てば」
「魔力かぁ……そうよね……」

 そう、『収納』はそこまで魔力を使わないそうなのだが、『幻影』がとんでもない魔力を使うことに気づいたのは、ヴァルが一度試しに使っただけで魔力切れを起こしたことだった。




「あ、あんたこんな魔力消費がやばい魔技をバカスカ使ってたの……? 馬鹿じゃないの!?」

 すごい姿勢で床に倒れ伏したヴァルのセリフにリーチェがショックを受けていた。


 リーチェも俺ほどではないが幻影を二体ほど作れてしまう。
 逆に言えばリーチェの魔力がそれなりに多いということだ。



「クルジュナは魔力は多い方なの?」
「ん……と、どうだろう……そこまで多いわけじゃないけれど、座長が言うには回復がすごく早いらしいわ」

 なるほど、そう言うタイプかと納得した。
 いわゆる砲弾タイプではなくマシンガンタイプ。
 そういう意味ではヴァルの魔術は丁度いいのかもしれない。



「魔術……? 魔法とは違うの?」
「発動の前提が違うだけで使うのは魔力だから俺でもクルジュナでも使えるとは思うんだけど」

 一応ヴァルから、ステータスに表示された魔術の意味と効果は聞いたのだが試しことはない。



「ならそれ、わたしが試してもいい?」
「わかった。クルジュナなら安心してお願いできるよ」

「そ、そう……ならよかったわ……そ、それで私はどうしたら良いのかしら?」

 やっと少し落ち着いたようなクルジュナがじっと俺の顔を見つめてくる。

(大丈夫かな……やってみるしかないか)

「俺が使えるようになったクルジュナの魔技を――」

「クルジュで良いわよ」
「――えっ?」


「クルジュ。みんなそう呼ぶでしょ? 男の人には呼ばせてないんだけど……ユキは良いわよもう座長なんだし」

「ありがとうクルジュ……で、魔技を他の人に移せるようになったから、強化版の『影の旋風チエーニ・ヴィールヒ』をクルジュ本人へ移してみたいんだ」
「――こ、このままでいい? できれば布団に潜っておきたいんだけれど」


 どうやらヴァルはクルジュに事細かにどう言う感じになるのかを伝えてしまったようだ。
 少し残念な気がしたが、クルジュには布団の中へと入ってもらうと、頭から布団をかぶってしまい、見えなくなる。


「じゃ、良いかな」
「い、いつでも……ど、どうぞ」

 俺はリストから『影の旋風チエーニ・ヴィールヒ』を選択し、続いてページが捲れてクルジュナの名前をタップする――

(あれ……?)

 ――が、クルジュの名前をタップしても反応がない。
 先程リーチェにしてみても同じ反応だったので、やはり一日の上限かもしれない。




「ど、どうしたの?」
「いや、うまくできなくて、何か条件があるのかなって考えてた」
「条件?」

 布団からクルジュが顔だけを出す。

 一日の上限という可能性が一番可能性としては高い。
 アイナとヴァルが出来てリーチェとクルジュナが出来ないということは、人間とそれ以外という種族の可能性は低いだろう。


(種族差はありそうだけど……他には)

 そうなってくると、年齢や状況や本人の体調など考え始めるとキリがない。

(――あっ)

 そして最後にもう一つの可能性に思い至ってしまう。




「なに? 何か思い至ったの?」
「思い至ったけど……いや、どうかな」

「言ってごらんなさい? わ、私が何かしなきゃならないなら頑張るから」


 アイナとヴァルのステータス項目にある『恩愛:ユキ』の表示。
 対するリーチェとクルジュは『慕情:ユキ』となっている。

 もしかしなくても、これが原因な可能性が高そうな気がして仕方がない。

(言われてみれば、感覚だけどエイミーとケレスにはコピー出来そうな感じがする)



 なぜ表記が『恩愛』と『慕情』なのか。
 心当たりしかないが、要は親密度的なものだ。
 だがこればかりは流石に言いたくない。言いたくはないが、先ほどからクルジュの布団のすき間から放つ圧がすごい。

 これは、言っても言わなくてもボコられる気がする。




「うっ……いや……怒られるからこの話はなかったことに……」

「ユキ? 私そっちの方が怒るわよ? 仲間じゃない……私が何かしなきゃいけないなら頑張るから、教えて? 私もこのままじゃ自分の殻を破れなくて……わ、私を助けると思って」

 クルジュにそこまで言われて、逃げるようじゃ座長失格か……と、俺はあくまでも可能性の一つだからと前置きをしてから思い口を開いた。

――――――――――――――――――――

 俺が思い至った事情を聞いたクルジュはしばらくじっと俺の方を睨むように見つめるだけで、なにも言葉を発することなく時間だけが過ぎていく。

「……え……っと、だから今日は買い物行こうか」

「ユキは……さ。ユキは……私のことどう思っているの? アイナやエイミーみたいに女の子らしくないし、ケレスみたいに強くもなくて……リーチェみたいに家庭的でもなくて……すごく中途半端な人間なの私……」

 魔技の話から愛だの恋だのという話になってしまい、クルジュが唐突にそんな自虐なセリフを口走り始めた。
 だけど――


「え? クルジュはとにかくカッコいい、美人、可愛い、凛々しい、料理も出来る、包容力がある、戦いが強い、いい匂いするし、恥ずかしがってる顔がギャップ「まって!」――え?」
「そ、そんな……なにそれ……」



 ――どう思ってる? と聞かれ、思うがままに早口で捲し立てるようにクルジュのイメージを伝えたのだが、想像以上にダメージが入ってしまったようだ。



 布団の中に潜り込んだクルジュが天岩戸状態になってしまった。


「そんな中途半端な女……魅力ないわよ」
「中途半端じゃなくて『良いとこ取り』だよ」
「……なにそれ」
「『荒野の星』のみんなが持っている良いところを少しずつ多種類をクルジュは持ってるってこと」

 物は言い様というより、この場合は物は考え様だろう。
 クルジュの欠点は無意識に他人と比べ、足らないところを自分で鍛えようとするところだ。

 運が悪いのは『荒野の星』の女の子勢はそれぞれが持っている『良いところ』のレベルが高すぎるのだと思う。
 悪く言えば器用貧乏、良く言えば王道バランス型というやつだ。
 
 何処にでもきっちりとハマる万能タイプで、チームに一人は居ないと崩壊してしまうかすがいなのだと俺は思う。


 俺はそんな考えを拙い言葉で必死にクルジュへと諭すように伝えた。
 しばらく布団へ潜ったままピクリとも動かなかったクルジュが、そっと顔を出し小さな声で「ありがとう」と呟いたのは数分経過してからのことだった。
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