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「彼女は正気ではない!」


ローランド・レイトンは腹立たし気にそう言い捨てると、落ち着かない様子で客間の中をうろうろと動き回ってた。


昨夜のオペラは大失敗に終わった。
オペラの内容はオフィーリアも気に入るだろうと彼女の弟から薦められたので誘ったのだが、結局オペラを見るどころではなくなってしまった。


オフィーリアの無鉄砲な性質は当初から知っていたし僕自身振り回されもした、けれど彼女の勇敢さや突拍子もなさをとても好ましく感じていた。


けれど昨夜のようにむやみに男に正義を振りかざすべきではない。
 酔って理性を鈍らせている男を相手にすれば彼女の身に危険が迫る事を、オフィーリアはもっと理解すべきだった。
彼女が危険な時に必ずしも僕が傍にいるとは限らないのだから、出来るならオフィーリアの方から危機を呼び起こす事は避けるよう言わなくてはならなかった。



彼女と喧嘩するつもりはなかったのだが酷く苛立っていたせいで、つい今までのオフィーリアの無鉄砲な行動を論って心にも無い事まで言ってしまった。

その後オフィーリアを馬車でラルーの屋敷へ送り届けたものの自分はライサム伯爵家のタウンハウスに帰る気になれず、ウェストブルック侯爵のタウンハウスへ行って友人を訪ねる事にした。

ウェストブルック侯爵こと友人のリチャードは、何時も冷徹で厳格な姿勢を崩さないローランドが慌てふためき苛立つ様子を見つめている。
ブルーの瞳が何時もよりも濃くなっているのを見るに、今の僕の様子を心底面白がっているらしい。


「それで結局、君はミス・ラルーと婚約破棄したのかい?」


「‥‥‥彼女との婚約を本当に破棄するつもりはない。ただ言い合いになっただけだ」


「でも彼女は承諾したんだろう?」


あの時はただ、オフィーリアを脅かしつけるだけのつもりだった。彼女が僕の事を気に入っている事は火を見るより明らかなのだから、少しは懲りて反省するだろうと。
けれど彼女は婚約破棄を承諾した。
それも僕との婚約などどうでも良いと言わんばかりに少しも動揺した様子を見せずに簡単に。


「ローランド、君のピンチを切り抜ける手立てを教えてあげよう。
まずはラルーの屋敷へ飛んで行って、婚約破棄は嘘だったとミス・ラルーに謝る事だ」


昨夜の帰りの馬車での彼女の様子を思い出しては再び意気消沈していると、リチャードが名案だというように仰々しく言った。
ソファーで寛ぎながら僕を楽しげに観察していたリチャードを一睨みし、片手を上げて彼の言葉を遮って案をはね除ける。


「オフィーリアに謝罪するつもりはない。 そんな事をすれば、これから僕は彼女の言いなりになってしまう」


今でさえ無鉄砲な彼女に振り回されている。 オフィーリアを喜ばせようと興味の無いロマンスの演目のオペラに誘ったり、笑顔が見たくて必死に贈り物に悩んだり。
今までの自分では考えられない事だ。
このままでは僕の魂までオフィーリアに握られてしまうに決まっている。


「オフィーリアが喜んで危険に突っ込まないように、結婚後は僕がしっかりと彼女の手綱を握らなければならない」


「ミス・ラルーは噂通りお転婆のようだね。退屈知らずで良いじゃないか。君の人生を明るくしてくれそうだ」


「お転婆なんて可愛いものじゃない。
彼女から目を離した途端に命の危機に直面しているんじゃないかと気が気じゃないんだ。 
猫を助ける為に道を駆ける馬の前に平気で飛び込んで行くような女性だ。」


「陶器の人形みたいに澄ましているゴシップ好きの令嬢より、勇敢なミス・ラルーの方が余程魅力的に見えるよ」

 
「派手に着飾って自尊心だけが高い女とオフィーリアを一緒しないでくれ」


「ずいぶん彼女にご執心だね。」


そう言われて一瞬何て答えれば良いかわからなくなる。
リチャードは飄々としているが観察眼が鋭い。
彼のブルーの瞳が自分すら知らない考えを読み解いてしまいそうで落ち着かない気分にさせる。

一つ咳払いをして自分を鼓舞してから、リチャードの意見を真っ向から否定する。


「結婚に愛は必要ない。必要なのは互いの利益だけだ。
彼女は安全で不自由の無い暮らしを保証される。伯爵夫人の座も彼女のものだ。
僕は彼女の持つ資産を手に入れ、ライサムの領地を豊かにする。 それだけだ」 


これは本心だ。本来僕の結婚の目的はこうだった筈だ。 

貴族の両親は政略結婚の末に跡取り息子であるローランドを儲けると、もう役目は果たしたとばかりにその後はお互いに愛人を作って放蕩の限りを尽くした。 
父も母も屋敷には殆ど寄り付かず、そんな両親を見ていては夫婦間の愛など信じられる筈が無い。
 
必要なのは底をついた財産を補い、このままでは飢えてしまう領民を救う事が出来るだけの持参金を持つ娘だった。

オフィーリア・ラルーと出会ったのは今シーズンの最初のパーティーだった。


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