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しおりを挟む~3時間前~
ラルー邸を出たは良いものの行く宛を考える前にアラステアに見つかり、勢いのまま屋敷から飛び出して来てしまったせいで何処に行けば良いのか皆目見当もつかない。
けれどもう引き返す事は出来ないのだから、とにかく街へ行ってみなければ。
国の首都でもある街まで行けば馬車を探す事が出来る。
本当ならば辻馬車を使ってすぐにでも他の土地へと行ってみたい。
今まで殆どの時をこの大都市で過ごして来たので、国を、世界をこの目で見てみたい。
けれど資産家の娘と言えど手持ちのお金が沢山ある訳ではない。
暫くの間家に戻らないつもりなのだから余り無駄遣いをするわけにはいかないだろう。
きちんと計画を立てて慎重に行動しなければ。
街の大通りは両側に美しい建物が建ち並び、その殆どが一流の仕立て屋や帽子屋、靴屋等だ。
通りの先には王立図書館や昨晩行ったオペラ会場という豪奢な建築物も見える。
この通りは一等地に面している事もあり貴族や富裕層が多い。
行き交う人の性別や年齢層はさまざまだけれど、誰を見ても贅沢で洒落た仕立ての良いドレスやコートを着て、数歩後ろにお仕着せを着た召使いを従えている。
ふと何気なく目を向けた店先には流行に合わせて作られたボンネットが飾られていた。
淡い紫色のリボンと飾られた白い造花がとても可愛らしい。
急いでいたせいでお気に入りのボンネットを持って来るのを忘れていた事に気付けば、お店へ入って店主に声を掛ける。
________やってしまった。
お金は底無しに有るわけではないのだから、考えて使わなければならないのに。
けれど気付いた時にはすでに可愛らしいボンネットを頭に着けてお店を出た後で、手持ちのお金はだいぶ減ってしまっていた。
これでは辻馬車を使う事なんて出来ない、乗合馬車で行くしかなくなってしまった。
乗合馬車の停留所を目指していたが、今度は前に手袋を仕立てたお店の前で無意識に歩みを止めた。
ふと自分の手元に視線を向けると先程生け垣に落っこちた時に汚れ、さらにはほつれて破れかけてしまっている事がわかる。
ショーウィンドウから見える手袋のなんて誘惑的なこと……
「あの、失礼ですが‥‥‥ミス・ラルーですよね?」
齧りつくようにショーウィンドウを見つめていると私の背後から声が聞こえてきた。周囲には人が居なかったので私に話し掛けたのだろう。
振り返って声の主の方を向くとそこには優しげな雰囲気の可愛らしい女性が立っていた。私よりも一つか二つ年上に見える。
野暮ったいドレスを身に着けているが、ドレスもショールも手袋もどれも上質の生地を使って仕立ててある。
きっと彼女は貴族だろう。
舞踏会では紹介される人が多すぎて何時も覚えられないのだが、彼女も挨拶を交えた一人かもしれない。
けれど今、目の前で嬉しそうにはにかむ栗色の髪の令嬢を舞踏会で紹介された記憶が無い。
彼女の瞳は雪景色のような美しいグレーなので、忘れる事は無い筈だ。
「えぇ、そうですけれど‥‥‥どこかで会った事があるかしら?
可能性があるとすれば一昨日招待されたナッシュ子爵夫人の夜会か、それともその前のレディ・バクストンの昼食会ね。
本当にごめんなさい、忘れるつもりは無かったのよ」
「いいえ、違います。 私をミス・ラルーに紹介してくださる人は居ないので、夜会で挨拶したのでは御座いません。
昨夜助けていただいたお礼がどうしても言いたくて‥‥」
昨夜と言えばローランドと婚約破棄をした。
楽しみにしていたオペラを見る事は出来なかった。
それ以外と言えば‥‥‥‥
「ひょっとして‥‥あの失礼な紳士に大きな声で話し掛けられていたのは貴女だったのかしら?」
「はい、そうです。
従妹にせがまれてオペラを観に行ったのですが、到着して早々に酔っ払いに絡まれてしまって‥‥。
私も従妹もどうしたら良いのか分からなくて二人で困っていた所を貴女に助けて貰いました」
「そうだったの‥‥、けれどお礼を言ってもらえる程の事はしていないわ。
酔っているからといって女性に絡むなんて許せなかっただけなのよ」
「それでも、元はと言えば私が毅然とした態度を取る事が出来なかったせいですから‥‥。
あの後一旦従妹を馬車まで送り届けてから急いでエントランスホールに戻ったのですが、もう貴女はいらっしゃらくてお礼を言うのが遅くなってしまいました」
あの大騒ぎで彼女は酷く恐ろしい思いをしたに違いない。それなのにもう一度戻ってくるなんて勇気が必要だっただろ。
優しげで淑やかな雰囲気の彼女は見た目よりもずっと勇敢なのかもしれない。
「もうお気に為さらないで。
どうしてご存知かは分かりませんが、私はオフィーリア・ラルーですわ。
もしお嫌じゃなければ貴女のお名前を伺ってもよろしい?」
「社交界で貴女の事を知らない人なんてきっと居ません。
ジゼル・クリフォードです。どうぞジゼルと呼んでください」
ジゼル・クリフォード。ハートリー伯爵令嬢だったのね。
「ありがとう、ジゼル。 それなら私の事もオフィーリアと呼んでくださるかしら」
「えぇ、もちろんです。
オフィーリアさえ宜しければ、この後我が家へいらっしゃいませんか?
昨夜のお礼に美味しい紅茶とケーキをご馳走させてください」
「まぁ! ぜひそうさせてちょうだい。
せっかくお友達になれたんだから、もっとお話したいと思っていたのよ」
穏やかに微笑むジゼルに此方も笑い掛ける。
数分前までは昨夜は散々な夜だったと憂いていたけれど、新しい友人ができたのだから悪い事ばかりではなかったようだ。
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