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贅を尽くした王立図書館の建物館内は見渡す限り本がある。
広大なホールの壁一面には床から天井まである本棚が並べられ、天井の中央にはめられた優しい色合いの大きなガラス窓から差し込んだ光が中央に置かれたオーク材のテーブルを明るく照らしていた。
もちろん蔵書は多岐にわたる。


ジゼルが返却した『失楽園』を私も読んでみようかと考えて、結局私には難しすぎると諦めた。
こんな風に難しい本を読む聡明な娘だったらローランドに婚約破棄されずに済んだだろうか?

考えると気分が沈んでしまうので、出来るだけ本がぎっしりと詰った本棚に意識を集中させる。


「『分別と多感』がお好きでしたら、此方の本も面白いと思いますよ」


「まぁ、ありがとう!   私も貴女に選んであげたいわ。
どんな物語が良いかしら?」


「時には私も冒険物語が読んでみたい気分です。
そんな本をオフィーリアが選んでくださると嬉しいですわ」


本棚と向き合って色々と悩んだ末に『オトラント城奇譚』を選んだ。
ジゼルはゴシック小説は初めて読むと言ったが、数ページ目を通した彼女の美しいグレーの瞳が興奮に煌めいたのを見るに気に入ってくれたらしい。

お互いに本を借りる手続きをした所で我に返った。
ラルーの屋敷にはもう戻れないのに、本を借りてどうする気なんだろう?
この街を離れてしまったら本を返せない。
街を離れるのは明日にして、今日は手近な宿を探すしか無いかもしれない。


本を手に王立図書館を出た所でチラリと僅かに振り返って後ろを確認してみる。
やっぱり気のせいではない。図書館の入り口の扉の影に黒い外套の端が見える。


ジゼルと一緒に王立図書館に入る少し前に視線を感じた。けれどその時は私達の他にも人が数人居たので特に気にしなかった。

でもふと気付くと図書館の通路の先で壁により掛かりながら、中央のマホガニーのテーブルに向かって何気ない素振りで座りながら、外套を羽織った背の高い男が私達を観察していた。

私達を追って図書館を出たのだから理由は一つだけ。
どうやら私とジゼルは何者かに尾行されているらしい。


「ジゼル。私達、どうやら誰かに後をつけられているみたいなの」

「えっ‥‥?!  そんな事‥‥あるとは思えません‥。
いったいどうして付けられていると思ったのですか?」

「あの黒い外套を羽織って帽子で目元が少しだけしか見えない紳士は貴女の知り合いかしら?」


ジゼルは恐る恐る振り返って確認すると、困ったように眉を下げながら首を横に振る。


「いいえ、私の知り合いではありません。余り顔はよく見えませんけれど‥‥」

「私の知り合いという訳でもないわ。
あの人、図書館の中でずっと私達を追い回していたのよ」

「気付きませんでしたわ‥‥‥」

「図書館を出るタイミングまでピッタリ同じだったのよ。どう考えても不自然でしょう?
ジゼル、ちょっと確かめてみる事にするわ」

「えっ?  えっ‥‥!?」


大通りを暫くゆっくりと歩いてお店の曲がり角を曲がったら、ジゼルの腕を掴んで走り出す。

驚いて足が縺れそうになったジゼルを慌てて支えながらチラリと先程曲がった角を振り返ると、先程の不審な男が驚き慌てた様子で走り出した。


「これで確定したわ。あの男は私達を追っているみたい。 もう少し走れそうかしら?」

「え‥‥えぇ、大丈夫です‥」


それからは大通りから幾つも枝分かれして伸びる通りを右へ左へ走り抜けながら、時に慎重にゆっくりと通り抜けながら男と距離を開ける。

驚いた事に以前ローランドが私を監視させる為に雇った探偵と違って今回の男は余程体力があるらしく、距離を取るのにだいぶ手こずってしまった。
けれど徐々に私達と外套男との距離は開いていき、最後に宝飾品のお店に入って店内を見ているふりをしてようやく撒く事が出来た。

隣に目を向けるとヘトヘトに疲れた様子のジゼルが乱れた呼吸を整えようと必死になっていた。
彼女をあちこち連れ回してしまった事に罪悪感を抱き、持っていたハンカチを彼女の頬に優しく押し当てた。


「ジゼル‥‥ごめんなさい‥。もっと貴女の事を気に掛けるべきだったわ。私ったら本当に自分のことばかりね」

「い、いえ‥‥‥お気になさらないでください。
ところで、不審な紳士は行ってしまいました?」

「えぇ、私達に気付かずお店を通り過ぎて行ったわ。もう大丈夫よ」


匿わせてもらったお店で銀で美しい細工が施されたブローチを二つ購入し、店主が丁寧に包んでくれたブローチを一つジゼルへと手渡した。


「私とお友達になってくれてありがとう、ジゼル。貴女みたいに素敵なお友達は初めてよ。
これは友情の証と、無理に走らせてしまったお詫び。受け取ってもらえると嬉しいわ」


「まぁ‥‥‥お礼を言うべきなのは私の方ですわ。
確かに走るのは疲れましたが‥‥、こんな風に冒険したのは初めてです。
物語の登場人物になったようでワクワクしました。
それも全てオフィーリアのおかげですわ」


優しく微笑むジゼルに此方も笑みを返す。
彼女はなんて優しいのだろう。ジゼルのような愛らしい友人が出来るなんて、私はなんて運がいいの。




お店を出て通りを歩く。最初は警戒したもののずっと前に外套男が通り過ぎるのを見たのだから、程なくして杞憂だと判断して警戒心を緩めた。


少し歩いた通りの先の角を何気なく曲がってみると_____




「やぁ、随分と長い買い物だったね。
ミス・ラルー、追いかけっこはもう終わりの時間だよ」


先程撒いた筈の外套男が曲がり角の先の壁に寄り掛かって居た



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