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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうしてここにローランドが居るのかしら?
それも、今すぐ殺してやりたいとばかりに私を酷く睨み付けている。
反射的に椅子から立ち上がった事で私が逃げるとでも思われたのか、猛獣のように素早い動きで距離を詰められローランドの力強い手で両方の肩を掴まれた。
「あれほど何度も軽率な行動は止めろと言っただろう!
どうして君はそう考え無しなんだ?
勝手に家を飛び出す行動がどれ程危険か分からないのか!」
「私が考え無しですって?
これでも一晩中ずっと悩んだわ。 でもこの方法が一番良い案だったのよ。
そもそも、もう閣下は私の事に口を出す権利は無いでしょう!」
どうして皆の前で子供のように叱られているのか理解できない。納得がいかない。
ツンと顎を上げて此方もローランドを睨み付けるが、獲物を見つけたかの如くギラギラと輝く淡紫色の眼光には勝てる筈もない。
「いいや、誰よりも僕に口出しする権利がある!
オフィーリア、君は僕の妻になるんだから」
「まぁ、忘れてしまったの?
私は昨夜閣下に婚約破棄を申し渡されましたわ」
「あれは‥‥君をちょっと懲らしめてやろうと思っただけなんだ。 僕の本意じゃなかった」
ローランドの本意ではなかった‥‥?
それなら彼は、私を押さえ付ける為に嘘をついたという事だろうか。
「なんですって? 私はとても悲しい思いをしたのよ!
貴方が私ではない他の女性を花嫁に迎えるのがとても辛くて、こうして家出まで決意したのに!」
「わかっている。でも僕だって酷く辛い思いをしたんだ。
とりわけ君があっさり婚約破棄を受け入れた時はな」
「あれは私も身を切られるような思いだったわ」
オペラ会場のエントランスホールでの出来事がふと思い出されて身震いする。
「それに今朝ラルーの屋敷を訪ねて、君の弟君から焦った様子でオフィーリアがいなくなった事を知らされた時は生きた心地がしなかった」
「まぁ‥‥」
何と言ったら良いのか分からなくなった。 ずっと一日中私の事を探していたのだろうか?
彼は見るからに疲れきっており顔色も余り良いとは言えない。
髪も服も乱れているのだから、もしかしたらずっと馬で駆け回っていたのかも。
十歳くらい老けたようにヘトヘトになっているローランドを見ていると、酷く後悔が胸に押し寄せてきた。
アラステアにも悪い事をしてしまった。
責任感の強い優しいアルの事だから、ローランドと一緒に馬を駆って周辺一帯を探してくれたのかもしれない。
「ローランド‥‥本当にごめんなさい。
私、自分の無鉄砲さが凄く恥ずかしいわ‥‥。 でも分かって欲しいのだけれど、こんな大事にするつもりは無かったのよ」
「大事になるに決まっているだろ。
リチャードが僕に報せなかったら、今だに僕は絶望の淵に立っていたんだぞ」
どうしてローランドがここに居るのかようやく合点がいった。
ウェストブルック侯爵が彼に私が此処に居ると報告したのだ。
やはり二人は友人だったらしい。二人は全くの正反対のように見えたのだけれど。
その時また玄関の方が騒がしくなり、開いたままになっていた部屋の扉からアラステアが入って来た。
彼もまた大変な一日を過ごしただろうと一目で分かる程に疲れきった様子だった。
自慢の淡いブロンドの巻き毛は縺れてくしゃくしゃになっている。
私達の方に視線を向けるなり凄い勢いで飛んでくると、ローランドの両手にきつく掴まれていた私の両肩を解放してくれた。
「姉上、心配したんですよ!
僕が戻るまで絶対に部屋で待つよう言った筈です!
どうして貴女はそう考え無しなんですか!」
ローランドだけでなく弟にまで考え無しだと言われるなんて。
納得はいかないが深く追求しないようにする。
アルは優しいのだが非常に頭が良いので、彼が怒って説教を始めようものなら言い負かせる自信は無い。
この場で長々と小言を言われるのだけはごめんだ。
「えぇ、本当に‥。もっと良く考えて行動するべきだったわ。
ローランドにもアルにも迷惑を掛けて心から悪いと思っているの」
「いったい何処に行ってたんです?
ライサム伯爵と僕とで、周辺の村を全て探し回ったんですよ」
「何処にも行っていないわ。街の大通りにある図書館に居たのよ」
「図書館だって?」
アルは今にも卒倒しそうな様子だった。
疲れ果てて可哀想な程に顔の血の気が引き、先程まで私が座っていた椅子にどさりと座り込んだ。
ローランドは既に私が何処に居て、どのように過ごしていたのかウェストブルック侯爵から報告を受けていたのだろう。
余り衝撃を受けた様子はないが、天を仰いで悪態をついていた。
不意にローランドの大きな手に右手を取られ身構える。
けれど彼は私の手を上に持ち上げると、そっと彼の男らしい唇を寄せて手の甲に軽く口付けを一つ落とした。
「オフィーリア、君を失ったかと思った。
君を愛しているんだ。もうこんな恐ろしい思いはしたくない。
‥‥‥僕の花嫁になってくれるね?」
「もう一度私を貴方の婚約者にしてくれるという事?」
「いいや、もう婚約期間は終了だ。
今日役所に行って特別結婚許可証を貰ってきた。
僕達は今すぐに結婚するんだ」
ローランドはそう言うとコートの内ポケットに手を差し込み、紙切れを一枚取り出して私の前に広げてみせた。
「まぁ‥‥本当に‥?」
「明日の朝一番に役所に届けを出してくる。
オフィーリア、わかったかい?」
彼の手で広げられた書類を目にして一瞬呆然とするものの、紛れもなく存在する書類と彼の言葉を反芻する事で漸く実感が湧き、同時にとてつもない喜びに胸が高鳴る。
こんな気持ちではじっとしている事は不可能だ。 今すぐにローランドに私の想いを伝えなくては気が済まない。
「えぇ、喜んで貴方の妻になるわ!
なんて夢のようなのかしら。 愛する貴方の妻になれるなんて!
ローランド、本当にどうもありがとう‥!」
「うわっ‥!」
喜びの余りローランドの方へと身を乗り出して、彼の広くて逞しい胸へと飛び込んだ。
けれどまさかオフィーリアが急に飛び掛かって来るとは想定していなかったローランドは、何とか私を受け止める事に成功したもののバランスを崩して後ろへよろめいた。
彼の悲劇はそれだけでは終わらず、運悪くバランスを崩した方向に置いてあった陶器の花瓶に強く頭をぶつけてしまった。
斯くしてその夜、幸せで胸が一杯の余り上の空で何時もよりも大人しい花嫁と、頭にぐるぐる包帯を巻いて相変わらず仏頂面の花婿が誕生したのだった
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