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10.妻、決戦の場へ
しおりを挟むディクスが更にベッドに近付いた気配がし、不意にシェラルの頬が指ですっとなぞられた。
シェラルは、擽ったさに身体が跳ね上がりそうになるのを必死に我慢する。
「……すみません、シェラ……。貴女に辛い思いをさせてしまって……」
悲痛な声色を滲ませ、ディクスが囁き声で呟く。
「もう少し……もう少しだけ待っていて下さい。僕が全てを終わらせますから――」
その言葉と共に、シェラルの唇に柔らかく温かいものが触れた。
暫く触れていたそれは、名残惜しげに離れると、代わりにシェラルの頭が大きく温かな手で撫でられる。
そして立ち上がる気配がし、足音が遠ざかり扉が閉まった音がした。
完全に気配が無くなったのを確認したシェラルは、そっと目を開ける。
誰もいないのを確かめ、大きく息を吐いてガバッと起き上がると、シェラルは枕を両手でポフポフと叩き始めた。
「寝ている人に口付けは駄目でしょーーっ!? 起きてる事がバレないかヒヤヒヤするこっちの身にもなってよーー!! しかもあれこれ触られて! 本人の許可無くあれこれは駄目でしょーーっ!? 何なのよもうーーっ!!」
そして駄々っ子のように、ベッドをゴロゴロと転げ回る。
一通り転げ回って落ち着いたシェラルは、枕に顔をぽふんと埋めた。
「……さっきのあの人の言葉……。一体どういう意味なのかしら……? 全然分からないけれど……今分かっている確かな事は、あの人に別の好きな人がいる、って事よね……。――っていやいや、好きな人がいるのに私に口付けは駄目でしょ……。――ってそもそも、好きな人がいるのに私と結婚しちゃ駄目でしょ……。今は離婚してるけど……。――って好きな人がいるのに、何で私を口説いてきたのよ……。――あぁ……何だかもう色々とツッコミどころ満載だわ……」
シェラルは力無くぼやき続ける。
そこで言葉を切り、暫く黙ると、やがてポツリと呟いた。
「……あの人の“好きな人”、見てみようかしら……」
ディクスは、「明日の夕方、城下町の衣料品店の前で待ち合わせている」と言っていた。そこに行けば、確実に彼の“好きな人”を確認出来る。
「……そこで、ハッキリさせる……?」
最近のディクスに、シェラルは振り回されっ放しだ。
毎回何かとドキドキさせられ、その度に心臓に負担が掛かり、いずれは破裂しそうで怖い。
もう彼に振り回されるのは勘弁だ。
(私の方でも全てを終わらせて、未練を残さずに実家に帰るわ……!)
「――よし、行きましょう。“決戦の場”へ……!!」
気分は、悪の大魔王と決着をつける正義の勇者の気分だ。
その決意に呼応するように、お腹がぐぅと鳴った。
「……そう言えば、晩御飯食べていなかったわ……。決戦の前の腹ごしらえは大事よ。今の時間食べたら太るなんて考えはかなぐり捨てるのよ!」
そして、そそくさと厨房に向かったシェラルだった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――と、決意したのはいいけど……。問題はどうやって一人で外出するかよね……」
翌朝。
シェラルは自分の部屋で腕を組みながらうーんと唸り、ウロウロと動き回っていた。
「もう『お使い』の手は使えないし、緊急に必要な買い物に行くと言っても、護衛が必ずつくだろうし……。何も知らない護衛に、あの人の浮気現場を見せちゃいけないわ……。――うーん……駄目だわ、全然分からない! こうなったら、マーサに正直に話して知恵を貰いましょう!」
一人では埒が明かないと判断したシェラルは、様子を見に来たマーサに事情を説明した。
「……旦那様がそんな事を……? 些か信じられませんが、奥様はそんな嘘や冗談なんてつきませんものね……」
マーサは難しい顔で顎に拳を当て考え、やがて頷いた。
「私が一緒に行きましょう。私、こう見えて強いんですよ。だから奥様の専属侍女になれましたし、執事もそれは分かっている事です。緊急性の非常に高い買い物が出来たとか言えば、私が一緒なら外出の許可が貰えると思いますよ」
「本当っ!?」
「はい、その後に別れましょうか。奥様は、一人で旦那様と向き合いたいのですよね?」
「えぇ」
シェラルはマーサの問いに、真剣な表情で大きく頷く。
「それでは、執事には『途中で旦那様と会ったから奥様を預けてきた』と伝えます。だから、旦那様とちゃんと向き合って、きちんと決着をつけてきて下さいね」
「えぇ、分かったわ。ありがとう、マーサ!」
シェラルは、マーサの手をギュッと握りしめて何度も礼を言ったのだった。
********
――そして、夕方前。
マーサの言った通り、執事から「用事が済んだらすぐに戻ってくるように」と何度も釘を刺されながら許可を貰えた二人は、屋敷を出て馬車で城下町に向かった。
念の為、衣料品店から少し離れた場所で馬車を降り、マーサと一緒に衣料品店の近くまで来たシェラルは、そこで彼女と別れた。
「では、奥様。私は屋敷に戻ります。旦那様に会うまで、くれぐれも気を付けて下さいね。少しでも何かあれば、一目散にお店の中に駆け込んで下さい。分かりましたか?」
「えぇ、ありがとうマーサ。貴女には感謝の気持ちで一杯だわ」
(マーサ……。私の話が本当かどうか、あの人のお相手を確認したいだろうに……。私の気持ちを汲んでくれて、本当にありがたいわ……)
マーサに手を振って別れた後、シェラルは衣料品店の死角になる場所で、チラチラと様子を伺っていた。
すると……。
(――来たっ!)
衣料品店の前に、ディクスが姿を現した。
素性を隠す為か、目立たない色のフードを目元まで隠れる位深く被っているが、シェラルには、体型と雰囲気で彼がディクスであるとすぐに分かった。
そして……。
いつの間に何処から現れたのか、ディクスに近付く一人の女性がいた。スラリとしてスタイルも良く、ディクスと同年代位だろうか、とても美人な女性だ。
彼女はディクスのすぐ近くまで来ると、彼に声を掛ける。ディクスは彼女の方を見て、口の端を軽く持ち上げた。
二人は何かを話しながら、並んで衣類店に入っていく。
シェラルはそんな二人を見つめながら、左胸に手を当て、ゴクリと喉を鳴らした。
(あのすごく綺麗な人が……ディーの忘れられない、彼の“好きな人”――)
――決戦の場に、“主要人物”が揃ったのだった。
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