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11.夫と“彼女”の逢瀬
しおりを挟む衣料品店に入った二人は、早速服を選び始めた。
(……彼女さんに買ってあげるのかしら……)
女性が服を手に取っては、自分の身体の前に持ってきて合わせ、ディクスが微笑みながら口を動かしている。
きっと、「よく似合いますよ」とか言っているのだろう。
(本当に仲良さそう……。そう言えば、ディーと二人で衣料品店に行ったのは、結婚して最初の頃の一回だけだったな……)
シェラルは人見知りで引っ込み思案な上に、物を選ぶ時は優柔不断になるので、あれこれ迷い、ディクスを随分と待たせてしまった。
けれど彼は、嫌な顔をせずにニコニコしていて。
『僕の事は気にしないで、ゆっくりと選んで下さいね』
そう言ってくれたけど、やっぱりすごく申し訳なくて。
結局決められず、最終的にどれがいいかディクスに訊いたけれど、
『どれもとても良く似合いますよ。全部買いましょう』
と、表情を緩めながらそんな事を言い出して、慌ててその中の一着を選んだのだ。
そしてシェラルは申し訳無さが勝ち、次からは一人で衣料品店に行くようになったのだった。
勿論護衛はついているが、服を選んでいる間は馬車で待って貰っていた。
(……最後にまた、二人で服を選びたかったな……)
服を選んでいるとスッと寄ってくる店員に勇気を出して色々と訊いたので、自分の似合う色や形が何となく分かったのだ。
だから、ディクスをあの頃のように待たせない自信はそれなりにあるし、もう一度、彼に色々と感想を貰いながら服を決めたかった。
(……もう、遅いけど……)
仲良く服を選ぶディクスと女性を遠目で見ながら、シェラルの瞳に涙が滲み、気持ちはズシンと深く沈んでしまった。
(――い、いけないいけない! しっかりするのよ、私! 未練を断ち切る為に、あの人の浮気の事実をハッキリとさせて終わりにするんでしょう? ちゃんと目を背けず見張っていないと!)
シェラルは頭をブンブンと振り、心に鋼の鎧を装着する想像をしながら、服を選んでいる二人に再び目を向けた。
十五分は経っただろうか。二人は手に取って身体に合わせた服のうちから数着を買い、衣料品店から出て来た。装飾品も幾つか購入したようだ。
買った物は全てディクスが持っている。彼は、誰に対しても気遣いが出来る男だ。
(次は何処へ行くのかしら? 時間的に夕食よね? そ、それとも今から二人だけの時間を過ごす……? ――うぅ……駄目よ、そこまでは覗けないわ……っ。流石に心砕けるもの……)
バクバクと煩い心臓を高鳴らせていると、女性は衣料品店の前で笑顔でディクスに手を振り、彼は軽く手を振り返し、何と二人は別れようとしていた。
「えっ!?」
シェラルは思わず声を上げてしまった。
(ええぇっ!? これで“逢瀬”終わりっ!? な、なんて短く健全な……っ!? ――ん? ちょっと待って? 私と結婚生活をしている中なのに、これって“健全”っていうのかしら? あ、離婚はしてるから健全でいいのか――って、今はそんな事を考えている暇はないわ! 二人が一緒にいる内に出ていかないと、浮気の問い詰めが出来なくなっちゃう! 今しか機会は無いのに……っ。――ん? ちょっと待って? 離婚はしてるから、これは浮気じゃないわね……? ……あーもう訳分かんなくなってきたわ! でも早く二人のもとに行かないと……っ)
人は本気で急いでいたり慌てていたりすると、普段は絶対にしない行動をする時がある。
シェラルは死角から飛び出し駆け出すと、二人の前へザッと躍り出た。
――普段のシェラルなら、オドオドモタモタして、なかなか二人の前には出られなかった筈だ。
ましてや、大声で二人に声を掛ける事も。
「ちょっと待って!!」
突然の妻の登場に、ディクスは口を大きく真ん丸くさせ、彼女を凝視している。きっと、目も真ん丸くなっているだろう。
シェラルはそんな彼に構わず、驚き固まっている女性に目を移した。
「……この方が、貴方の忘れられない“好きな人”?」
「え……?」
「昨晩目が覚めて貴方の部屋に行ったら、貴方が『音声通話機器』を使って話しているところを偶然聞いてしまったの。諦められない“好きな人”がいるって。会いたくて堪らないって。その人と今日会うって。……本当、すごく綺麗な方ね? でもそんな内密に会わずに、堂々と会えるのに。だって、私達はもう離――」
「ち……違いますっ! 誤解ですシェラ! 聞いて下さい……っ!」
ディクスはシェラルの両肩を掴み、必死な形相で否定をする。
「何が誤解なの? 貴方はフードを被って、素性を隠して。私に何も言わずコソコソと会って。男女二人きりでお店に入って仲良く服を選んで。それの何が誤解だと言うの……?」
言いながら耐え切れずポロポロと涙を流すシェラルに、ディクスは大いに慌てふためき、彼女をギュッと抱きしめた。
「な、泣かないでシェラ……っ。本当に違うんです!」
「……っ、離して――」
「…………この…………大馬鹿野郎があぁーーーっ!!!」
シェラルがディクスの胸をグイグイ押していると、突然女性の怒声が辺りに響き渡り、彼女の渾身の鉄拳がディクスの頬にめり込んでいた。
「がっ……!!」
ディクスが勢い良くふっ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「え、え? え……?」
シェラルは呆然として、その一部始終を見ていた。
(え、ディーが殴られ飛ばされた……? お、女の人の力で……?)
女性は憤怒の表情で、拳を振り上げながら叫ぶ。
「キサマ、奥様に何の説明してなかったのかっ!? 今の今まで一度もっ!? それはキサマが全面的に悪いだろうがっ!! そこで頭が地面にめり込むまで土下座して謝り続けろこの大阿呆野郎がッ!! 嫌だと言うなら、私がキサマを地面にめり込ませてやる……ッ!!」
倒れ込むディクスに更に殴り掛かろうとする女性を、シェラルは後ろから彼女の腰に両手を回して必死に止めた。
「ちょ――あのっ、ま、待って下さいっ! もうこれ以上は……っ!」
「離してくれ奥様ッ!! この男にもう一発――いや百発鉄槌を下すッ!!」
「えぇっ!? あんなの百発喰らったら、流石にこの人も無事では済みませんって! お願いですから落ち着いて下さーーいっ!!」
シェラルは何とか女性を止め、騒ぎを聞きつけ集まってきた人達に真っ赤になりながらペコペコ頭を下げると、二人を促しその場から逃げるように離れたのだった……。
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