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17.沈黙娘、破られる
しおりを挟む――その日の夜。
トントン、と遠慮がちにノックの音が聞こえてきた。
ベッドの上で後頭部に手を組み横になっていたセリュシオンは、
「入っていいぜ」
と声を投げる。静かに扉が開かれ、フレイシルがおずおずと入ってきた。
最近ようやく普通に入ってこられるようになったのに、再び最初の頃に逆戻りをしている。
その理由が分かっているセリュシオンは、心の中で苦笑をした。
そろそろと彼の隣に座ると、フレイシルは少し離れた所で、躊躇いがちに横になる。
すかさずセリュシオンは腕を伸ばし、フレイシルを引き寄せ己の胸の中に閉じ込めた。彼女の身体がビクリと強張ったのが伝わってくる。
「今日は一日町に行ってたんだろ? 疲れてるだろうし、いつものダベりはナシにしてもう寝ようぜ」
セリュシオンの言葉に、フレイシルはホッとしたような顔して頷き、身体を弛緩させた。
おやすみなさいの意味となった、セリュシオンの手をギュッと握りしめ、フレイシルは目を閉じる。
程なくして、小さな寝息が聞こえてきた。やはり余程疲れていたのだろう。
「…………」
セリュシオンは、フレイシルを起こさないように上半身を起こすと、眠る彼女をジッと見つめる。
……フレイシルに『幻惑魔法』が掛けられていることは、彼女と初めて会った時から分かっていた。
上級魔導士の、更に魔力が高い極僅かな者だけが、それを見破ることが出来る。
彼女は、セリュシオンの魔力の高さを見誤っていたのだ。だから自分に『幻惑魔法』を掛けたまま、彼と会った。きっと気付かれない自信があったに違いない。
『幻惑魔法』は、自分の姿を変え、文字通り相手に幻を見せて惑わす魔法だ。
フレイシルのように太った外見を作っても、実際の身体は実物そのままの大きさなので、身体に触れた場合、見た目とのズレに違和感を感じることがある。
アディがフレイシルを抱き締めた時に感じた違和感がそれだ。
通常は無意識に脳が外見を信じ、「気の所為だ」で終わるので、フレイシルも触れるのを許したのだろう。
そして、上級の『幻惑魔法』は、実際に出来た傷や痣も、幻惑の身体に反映することが出来る。
フレイシルが暴行で付けられた痣は、正真正銘本物だ。
更に、使用者に意識がなくても――例えば眠りに就いている場合でも、効果が途切れずに継続することが出来る。
その代わり、常に微弱の魔力を自分に流し続けなければならないが。魔力の高いフレイシルは、それには何の問題もなかったのだろう。
――セリュシオンは、どうしても確認したかった。
「お前が自分から『幻惑魔法』を解いてくれるのを待ってるつもりだったけど……ゴメンな?」
セリュシオンはフレイシルに謝ると、彼女に手を翳し、『幻惑魔法』の“一時解除”を試みた。
『幻惑魔法』を気付くことの出来る魔導士だけが使える、『解除魔法』だ。
フレイシルの身体全体が淡く白い輝きを放ち、その光に包まれる。
そして、徐々にその光が薄くなっていく。
光が完全に消え、そこで眠っていた者は――
「……あぁ……」
セリュシオンは顔を片手で覆い、低く呻く。
そこにいたのは、銀色の長い髪で、ほっそりとした身体つきの、美しい女性だった。
寝顔はあどけなく、可愛らしい少女の面影を残している。
伏せられた銀色の長い睫毛の下には、綺麗で神秘的な薄桃色の瞳があるのだろう。
「……フィーア……。フィーア……!!」
セリュシオンは両目をギュッと固く瞑り、フレイシルを抱きしめた。
フレイシルが六年前に出会った、自分の愛する人であることは、教会で銀髪の女性の姿を見た時に、今までの疑惑が確信へと変わった。
服装が、その日のフレイシルと同じだったからだ。
彼女は正体がバレないように、本当の姿で“浄化活動”をしていたのだろうけど、そういう詰めが甘いところは六年前にもあったことを思い出し、セリュシオンは目を潤ませながらフッと笑ってしまう。
セリュシオンは、銀色の艷やかな髪を撫でると、前髪を掻き上げ、彼女の額に唇を落とした。続いて頰に。
そして、軽く開いている薄桃色の小さな唇に――
魔物化していた時は余裕がなくて味わえなかったが、六年前と同じく、柔らかく温かな心地良い感触だった。
口から漏れる寝息がセリュシオンの唇に掛かり、思わず貪りたい衝動に駆られたが、グッと我慢をする。
代わりに頰を撫で、何度も何度も触れ合うだけのキスをし、その魅惑的な感触を味わった。
眠って意識のない彼女にするなんて外道だと頭では分かっているが、止められなかった。
六年間、ずっと会いたくて会いたくて堪らなかったのだから――
そして、今まで本当の姿と正反対の幻を見せていることや、失声症になっている原因が、セリュシオンの中で全て繋がった。
「フィーア……。ごめん……。ゴメンな……?」
セリュシオンは声を出さずに嗚咽をし、フレイシルの身体を強く掻き抱いた――
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