19 / 47
19.悪魔辺境伯の過去 弐
しおりを挟むそこへ、また足音が聞こえた。今度は二つの足音だ。彼女が自分の母を連れてきたのだろう。
「……あぁ……。これは……ヒドいわね……」
「お母さん、私タオル持ってくるね! この人すごい汗だから! お水も持ってくる!」
「えぇ、頼むわね」
「うん!」
少女の母と思わしき声と、少女の緊迫した声が頭上から降ってきて、会話の後一つの足音がここから離れていった。
「もしもし? 聞こえる? 貴方、とんでもない無茶をしたわね。恐らく、ボス級並の魔物を身体に取り込んだのでしょ? そりゃ身体が悲鳴をあげるはずだわ……。今から貴方の身体にいる魔物の動きを沈静化する“おまじない”を掛けるわ。集中するから、ちょっとの間叫ばないでね」
女性から有無を言わさない声音でそう言われ、セリュシオンは唇が紫になるほど噛み締めて声を我慢する。
女性の長い詠唱と共に、彼の身体が淡く光った。
すると、さっきまで荒ぶっていた自分の中の魔物が急に大人しくなり、激痛や苦しみも嘘のように消えた。
「あ……?」
セリュシオンはゆっくりと上半身を起こすと、身体を動かしてみた。
……魔物を吸収する前のように、普通に楽に動かせる。
「……よし、“おまじない”は成功したわ。私の魔力を“おまじない”を通して少量ずつ送るから、その間は貴方の中にいる魔物は大人しいわ。けど、私に何かあったり、魔力を多く使う別の“おまじない”を使った場合、貴方のそれの効力は消えちゃうからごめんなさいね。けど、その時はきっとあの子が助けてくれると思うわ」
「あの子……?」
「そう。貴方を心配して声を掛けた、私の娘よ。私に似てとっても可愛いでしょ?」
「あ、あぁ……」
「あの子が私を呼びに来なければ、貴方の中にいる魔物が、貴方の身体を突き破って飛び出してくるか、貴方自身が魔物になるか、そのどちらかだったでしょうね。あの子に感謝しなさいよ? ――そうそう、その魔物の影響で黒くなった髪と瞳の色だけど、魔物の支配力が弱くなったから、暫くしたら元の色に戻ると思うわ」
改めて女性を見たが、少女と同じ艷やかな銀色の長い髪と、薄碧色の瞳をした美しい女性だった。
「お母さん! その人大丈夫!?」
そこへ、少女が片手にタオル、もう片手に水の入ったコップを持って走ってきた。
「えぇ、大丈夫よ。――ていうか貴女、コップの中身、殆ど空よ? 急いで走って来たから、水の無事を確認する余裕がなかったのね」
「え……あっ!」
女性に言われ、少女は初めて気付いたようだった。
顔を赤らめながら、申し訳なさそうに、セリュシオンの前におずおずとタオルとコップを差し出す。
「雀の涙ほどの粗水ですが……」
その言い方に、セリュシオンはブハッと吹き出した。
「どんな水だよソレは……っ」
可笑しそうに笑うセリュシオンに、少女も釣られて笑う。
可愛らしく眩しい笑顔に、セリュシオンの心臓が大きく跳ねた。
「……その、助けてくれてありがとな。えっと、名前は何て言うんだ?」
セリュシオンの問い掛けに、少女は窺うように女性の方を振り向いた。
「……この子はフィーア、私はクロエよ。貴方は?」
「セリュシオンだ」
「え? セ……シオン? ごめんなさい、私達この国の者ではないから、難しい発音が聴き取り難くて……」
「いや、じゃあシオンで構わない」
「ありがとう、シオンさん。貴方とは会ったことがなかったけど、最近ここに来たのかしら?」
「あぁ、事情で親の持つ別荘で暫く過ごすことになってさ」
「……なるほど。事情は何となく分かったわ。それならもうお家に帰れるんじゃないの?」
……なかなか、勘が鋭い。
セリュシオンは鋭い洞察力を持つクロエに感服しながら、自分達の会話を黙って聴いているフィーアにチラリと目を向けた。
「……いや、まだここにいる。この森は人があまり来ねぇし、魔法の鍛錬に最適だしな」
「そうなの? それならまた会うことがあるかもね。私達、この近くに住んでるから。――じゃあ、私達行くわね。もうあまり無理しちゃ駄目よ」
「さようなら、シオンさん」
クロエとフィーアは一礼すると、二人仲良く並んで森の奥の方へと入っていった。
「……会うことがあるかもじゃなくて、会うんだよ」
セリュシオンは、笑いながら母と話すフィーアの後ろ姿を見送りながら、そう小さく呟いた。
1,422
あなたにおすすめの小説
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる