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39.招かれざる一家
しおりを挟むパーティー会場に到着した三人は、入口の扉の前で足を止めた。
「じゃ、入るぜフレイシル。オレが傍についてるから、大船に乗ったつもりで堂々としてろよ」
セリュシオンの頼もしい言葉に、フレイシルはニコリと微笑んで頷くと、彼の腕に自分の腕を絡ませピタリとくっついた。
「……ぐっ……! クソ可愛過ぎんだろうが……っ。今すぐ押し倒してぇ……っ」
「主様、天を仰いで身悶えて大馬鹿なことを言ってないでさっさと行きますよ」
扉を開け、気を取り直したセリュシオンとフレイシルの後ろにカイがついて行きながら会場に入ると、ざわめいていた会場が一斉にピタリと止み、シン……となった。
セリュシオンはいつものように堂々と歩き、フレイシルは背筋を伸ばし凛とした姿勢で、彼に負けない存在感で歩いている。
皆、その美男美女に釘付けになっていた。
「あれは、オーガステッド辺境伯だよな……? 魔物を身体に閉じ込めてるっていう――」
「あぁ……相変わらず麗しいお顔とお姿で素敵よね……」
「あら? 前よりも顔色が随分と良くなってますわね。いつもあった目の下の隈もすっかりなくなって……。より一層凛々しさが増していますわ」
「側近のカイ様も、いつ見ても知的で麗しいわ……」
「辺境伯の隣にいる女性は誰だ? 見たことがないけど、凄く綺麗じゃないか」
「あぁ、美しい令嬢だな……」
「悔しいけど、ドレスもとても素敵だわ……。オーダーメイドかしら?」
「聖女様が捕まり、婚約が取り消されたと聞いたぞ。もしかして、あの美人の令嬢は新しい“婚約者”……?」
三人の話題で、周りが再びざわめきを取り戻す。
「チッ、クソが……! 案の定男どもが顔を赤くしてこっちを見てやがる。今すぐ殺してやろうか……。せめてもの慈悲の心で、拳か凍結か焼滅かを選ばせて――」
「っ!?」
「主様? フレイシルさんが悲しむことは止めて下さいね?」
「……チッ、分かったよ……」
カイは、セリュシオンの新たな扱い方を取得したようだ。
招待客が全員集まり、国王陛下への挨拶が始まったことで三人への注目が薄れたので、セリュシオン達は料理が並ぶ一番端のテーブルまで来た。
彼は、自ら国王に挨拶に行くつもりは毛頭ないらしい。
「ここだと目立たねぇだろ。折角だし、沢山食って飲んでけよ、フレイシル。国境で一緒に戦ったアイツらにも食わせてあげてぇな……。頑張った褒美に、【特別手当】ってことでアイツら全員に金渡すか」
セリュシオンの提案に、フレイシルは笑顔で大きく頷いた。
「オーガステッド辺境伯閣下にご挨拶申し上げます」
その時、セリュシオンに声を掛けてきた者がいた。
振り返ると、そこにいたのは何と、あのデッセルバ商会の親子三人だった。
「…………」
フレイシルは三人を見て思った。
以前より服がくたびれ、旦那様とボラード様は何だかゲッソリとやつれたような? 夫人は相変わらずデップリしているけれど……。あ、ボラード様、顔にいくつか青痣が……。若干顔が以前より歪んだように見えるけど気の所為かしら?
「……オレに何の用だ」
不機嫌丸出しの表情で、セリュシオンは三人を睨みつけた。
ゴーンはその紅く光る眼光に「ヒッ」と潰れたような声を出し後退ったが、何とか踏み留まり口を開いた。
「そちらで働いているフレイシルを返して貰いたいのです。あの娘は、私があの子の母親らしき者から預かったので、最後まで責任持って預かろうと――」
「“返して貰いたい”? フレイシルは、自らアンタの屋敷を出たんだが? そこの夫人の嫌がらせと、そこの息子と使用人達の暴言と暴力の所為で」
セリュシオンは、人をも殺せそうな鋭く刺さる眼差しで、ゴーン達を睨んでいる。
「そ、それは……。私もそのようなことが起こっていたなんて全く知らず……」
「知ってても無関心で何もしなかっただろ、アンタ。分かってて素知らぬ振りをするのは加害者と同罪だ。そんなロクデナシばかりのいる屋敷に誰がフレイシルを返すか」
吐き捨てるように言ったセリュシオンに、ゴーンは尚も食い下がった。
「そ、そのような状況にはもう二度と致しません! 私がしっかりと監視致します! ですので今すぐにあの子を返して下さい! あの娘がいないと、経営が赤字続きで商会が潰れてしまう……! 折角与えられた爵位が剥奪されてしまう……っ」
最後の、独り言のような悲嘆が入った呟きに、セリュシオンは鼻で嗤った。
「はっ! やっぱりフレイシルを人じゃなくて“道具”として見てるじゃねぇか。そんな極悪非道なヤツらにフレイシルをみすみす渡せるかよ、クズが」
「……っ! ち、ちが……っ」
ゴーンはワナワナと震えながらも、ここまで来てもう後には引けないと思ったのだろう。更に言葉を投げてきた。
「あ、あの子は私達のものに帰りたがっているに違いありません! 二年間も一緒に暮らしてきたのですから、情があの子にも湧いているはずです! 私達家族があの子を迎えに行きますから! あの子はきっと泣いて喜ぶことでしょう!」
「……ふぅん? ――だ、そうだぞフレイシル。そうなんか?」
隣にいるフレイシルの腰を抱いて引き寄せると、セリュシオンはわざと首を傾げて彼女に尋ねた。
フレイシルは途端にプクリと顔を膨らませて、彼の腰に両腕を回す。『分かっているでしょう?』という風に。
セリュシオンは彼女の仕草に、堪らず「ふはっ」と吹き出した。
「悪ぃ悪ぃ、その可愛い反応が見たくてついイジワルしちまった。そうだよな、オレと離れたくねぇよな? ――なぁ、そう怒んなよ? 怒った顔もすっげぇ可愛いけどさぁ」
「……っ」
目の前で顔を寄せ合ってイチャイチャしている二人を、デッセルバ家の三人は呆然とした表情で見ていた。
「へ? え? ふ、フレイシル……? その美しい令嬢が……?」
唖然として呟いたボラードに、フレイシルがその神秘的に輝く薄桃色の瞳を向ける。
瞬間、彼の顔が赤く染まった。
「あぁ、そうだけど? アンタらが散々デブやらブタやらブスやら罵ってきた姿はニセモノで、こっちが本物のフレイシルの姿だ。アンタらの方がデブやブタやブスなのにさ? はっ、自分達のことを棚に上げて、ホンットバカだよなぁ? マジで滑稽だぜ」
セリュシオンの蔑みに満ちた言葉に、三人は顔を赤くさせて、身体をブルブルと震わせている。
フレイシルはドレスのポケットに入れていた手帖とペンを取り出し、スラスラと文字を書くと、デッセルバ夫人に見せた。
「え、何……? 『以前舞踏会に出る時用意して下さったドレスは、一昔前の流行のものだと分かっていました。けれどそれしか着るドレスがなく、迷った挙げ句仕方なく着て行ったのですが、夫人は今の流行にとっても疎いのですね。よくそれで堂々と社交界に出られますね。ある意味感心します』……ですってぇ!?」
怒りで更に顔を真っ赤にさせ茹でブタ状態になった夫人に、フレイシルは澄ました表情を返した。
セリュシオンは堪らず「ブフッ」と吹き出す。
すると突然、ボラードがズイッと前に出たかと思うとフレイシルの手を取り、両手でギュッと握ってきた。
「フレイシル! 君は未だに僕を愛しているんだろう? 僕にはちゃんと分かるよ……君の僕を見つめる熱い眼差しでね。勝手に出て行ったことは許してあげるから、今すぐに僕のもとに戻っておいで? もう君に酷いことは二度としないと約束するよ。美しく麗しい君を、隅々までたっぷりと愛でてあげるから……ね?」
「……テメ……!! このドクズ野郎が……っ!!」
激昂したセリュシオンが動くより早く、フレイシルが動いた。
彼女は、アディの“とある言葉”を瞬時に思い出していた。
『男は皆そこが弱点だからね――』
――思い出した彼女は、ボラードの股間を思い切り力強く蹴り上げた。
爪先が尖っているハイヒールで。
「…………ッッッ!!!」
人には見せられない、とんでもない間抜けな顔で声にならない悲鳴を上げて、ボラードは股間を押さえ、ガクリと蹲った。
ボラード以外のその場にいた男達は、その痛烈な痛さを想像してしまい、サーッと血の気が引いたのだった……。
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