初夜開始早々夫からスライディング土下座されたのはこの私です―侯爵子息夫人は夫の恋の相談役―

望月 或

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1.夫に土下座される妻

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 あ……ありのまま、今起こったことを話すわ!

 私……リファレラ・エルドラトは、本日、グラッド・サオシューア侯爵子息と婚姻式を挙げて、晴れて夫婦になったの。
 夫婦になった初日って、『初夜』があるでしょう?

 私、支度をして、旦那様を彼の部屋でソワソワと待っていたの。

 そして、ガチャリと扉が開いた瞬間――


 何と、旦那様がズザザッと私に向かってスライディング土下座してきたの!!


 な……何を言っているのか分からないと思うけど、私も何をされているのか分からなかった……。


 今も私の目の前で、絨毯に額をこすりつけて平伏したままだわ。
 これって明らかに土下座の格好よね?

 うーん……一体どういう状況なのかしら、これ……。
 取り敢えず旦那様に声を掛けてみましょうかしら。


「あの、旦那様……?」
「本当に済まない、リファレラ!! この場に及んで大変申し訳ないが、僕は君を愛することは出来ない!! 本当に……本当に済まない……っ!!」


 …………。

 ………………へ?


 ――何とっ!! 『初夜』でいきなり『愛せない』発言となっ!?
 こんなの、産まれてから今までで初めてのことだわ……。
 まぁ、結婚自体が初めてだから当たり前のことだけど。

 兎にも角にも、理由を訊いてみますか。
 あ、その前に……。


「旦那様、まずは私の隣にお座り下さいませ。その状態では話をしようにも出来ませんわ」
「……頭を……上げてもいいのか……?」
「えぇ。理由を教えて下さらないことには納得がいきませんもの」
「あぁ、そうだよな……」


 旦那様は頷くと、そろそろと顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。
 顔合わせや婚姻式でも見たけれど、本当見事な髭もじゃらだわ。口周りが全く見えないもの。前髪も目が隠れるくらい伸びているし。
 でも、不潔感は全く無いのよね。肩下まで伸びているけれど、真っ直ぐでサラサラな髪質だし、シルバー色の綺麗な髪と髭の色だし。
 時折前髪の隙間から見えるライトグリーンの瞳も美しいのよね。


 旦那様はおずおずと私の隣に座った……のだけれど、距離が近い……近いわ……。
 私の腕と旦那様の腕の間の隙間がほぼ無いじゃないの。『私の隣』にとは言ったけれど、忠実に私の言葉通りにしなくていいのに……。

 それだけ私に後ろめたい気持ちを持っているのかしら?


 さり気なく一人分の距離を取ると、私は旦那様に説明を促した。


「その、実は……。最近、『初恋の人』と付き合い始めて……」
「あら。私との結婚が決まっていたのに?」
「う……。そ、その、君との結婚が決まる以前から、僕は一回だけ会った『初恋の人』をずっと捜していたんだ……。でも、いくら捜しても見つからなくて……。そこで君との結婚話が出たから、僕は気持ちを切り替え、『初恋の人』をスッパリと諦める為に、その話を了承したんだ」
「『初恋の人』、ですか。一回お会いしただけでそんなに情熱的になられるなんて、とても素敵な方なのですね」
「あぁ、そうなんだ! その時は辺りが薄暗くて顔があまり見えなくて、すぐに去って行ってしまったけれど……。燃えるような紅く美しい髪を靡かせて、凛とした佇まいで……。今もその姿を思い出すだけで気持ちが高揚してくるよ……」
「旦那様、悦に浸るのはお話を終えた後でお願いしますわ」


 ほぅ、と息を吐き、一人の世界に入ろうとする旦那様の言葉の続きを促す。


「あ、あぁ……ごめん。け、けれど、婚姻式の数日前に、彼女の方から僕に、『私がアナタの捜している人です』って名乗り出てくれたんだ。紅い髪を持つ女性って、この帝国では滅多にいないだろう? 彼女はちゃんと紅い髪の毛をしていた。彼女に間違いない! と舞い上がった僕は、すぐに彼女と付き合うことにしたんだ……」


 それを聞いて、私は呆れた口調で言った。


「なるほど、よく分かりましたわ。けれど理由はなんであれ、それはもう立派な“浮気”ですわよ、旦那様? 実際、私達はもう結婚しているわけですし」
「ぐっ……。まさしくその通りだ……。本当に、君にはとんでもなく申し訳ないことをしたと思っている……。どうか僕を蔑んで罵って罵倒して欲しい……」


 あら? それじゃ遠慮なく。


「この女の敵っ!! 二股浮気超最低男っ!! クズっ!! カス以下っ!! 風上に置けない腐った生ゴミ男っ!!」
「……うっ、く、ぐぅっ……」
「下半身ユルユル変態男っ!!」
「――ま、待ってくれ!! そ……それだけは断じて違うっ!!」


 私の思いつく限りの暴言を、ダラダラと汗を流し震えながら聞いていた旦那様が、突然大声を上げて制止してきた。


「僕は彼女に指一本触れていない!! 手も繋いでいないし、ましてや抱きしめたり口付けもしていない!! それは神に誓って断言出来るっ!!」
「……あら……。健全なお付き合いをされているのですね」
「……じ、実は……僕、今まで女性と付き合ったことがなくて……。何をどうしたらいいのか……。それに、こんな気持ちで彼女と付き合っていいのか……」


 あら旦那様。二十八歳で童貞でございましたか。
 まぁ私も二十四年間生きてきて、一度も男性とお付き合いしたことがないから同士ですわね。


「僕と君は『政略結婚』だ。質問なのだが、君は、仕方なくこの結婚を了承したんだろう?」
「えぇ、そうですわね。親同士が決めたものですから。出来れば実家に帰りたいですわ。ここで骨を埋める覚悟を決めて嫁いできたのに、初日から“浮気”だなんて、酷い仕打ちをされたんですもの」
「うぐぅ……っ。――ほ、本当に済まない……。僕が両方の親を説得して、なるべく早く君と離縁出来るようにするから、少し待っていてくれないか……? その間、君はこの屋敷で好きなように暮らしても構わないから……」


 あら? 魅力的な提案ね。何もしないで遊んでいられるなんて素敵じゃないの。


「分かりましたわ。説得お願い致しますね」
「あぁ、任せてくれ。――それで、その……、あの……」
「はい、何でしょう? 私もズバズバと申してきたのですから、旦那様も遠慮なく仰って下さいな」
「あ、あぁ……。そんな君だからお願いしたいことがあって……。彼女との相談に乗ってくれないだろうか……?」


 ……へ? 『恋の相談』ってことですか?
 二十四年間恋人がいたことのない私に?
 今は貴方の妻であるこの私に?



 旦那様――相談の相手、思いっ切り間違っていませんか?




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