人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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28.真相の時間 ◇

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 アディオ様の別荘に着いた時は、お昼近くになっていた。
 馬から降りたリオーシュは、護衛に馬の世話とここで待機しているよう命じると、別荘の玄関にある呼び鈴を鳴らした。

 暫くすると、玄関の扉が少し開き、一人の女性がそろそろと姿を見せる。
 何処かで見た事がある……と記憶を思い返していた私は、彼女がアディオ様の部屋を担当している侍女である事に気付いた。


「ここに弟が来ている事は分かっているんだ。中に入らせて貰うぞ。失礼する」


 リオーシュは慌てる侍女を押し退け、ほぼ強制的に中へと入った。
 そして真っ直ぐにアディオ様の部屋へと向かう。勝手知ったるという感じで進む足に迷いは無く、彼は以前ここに来た事があるようだった。

 アディオ様の部屋の前に着き、リオーシュは厳しい顔つきのまま、ノックと同時に扉を開けた。


(……それ、ノックの意味が無いんじゃ……?)


「……兄さんっ!? どうしてここが分かったんだ!?」


 ベッドの脇の椅子に座っていたアディオ様が、飛び跳ねるようにして立ち上がった。
 ベッドには、本体の私が寝かされていた。何故か煌びやかで美しいドレスを着させられている。
 周りにも、何着かの高級なドレスが置かれていた。


「……ロアは“着せ替え人形”じゃないぞ。まさか、お前が着替えさせたんじゃないだろうな……?」


 激しい怒りを抑えた口調で、リオーシュはアディオ様に言った。


「違うよ、侍女にやって貰ったんだ。義姉さんのお世話も彼女に任せていたよ。僕がそれしたら、義姉さんの意識が戻った時、流石に怒られそうだし」


(そんなの当たり前よっ! カンッカンに怒ってお尻を蹴っ飛ばすんだからっ!!)


「それに、兄さんと離婚しない限り、神の『呪い』の所為で義姉さんには手が出せないんだ。何が起きるか分からないしね。だから目だけでも楽しませて貰ってもいいだろ? 綺麗な義姉さんは何でも似合うし。それが嫌ならさっさと離婚してよ。僕は早く義姉さんの身体に存分に触れたいんだ」


(嬉しい言葉を言ってくれてるけど、勝手に存分に触れないでっ!?)


「断る。私はロアと離婚する気は更々無い。もう諦めろ、アディオ。ロアは私の妻だ。これからもずっと」
「……じゃあ何で不貞したんだよ!! それが無ければ、僕は義姉さんを只見ているだけで……会ったら少し話をするだけで満足していたのに!! 兄さんが義姉さんの妹と不貞なんてするから!!」
「……っ。そ、それは――」
「そんな兄さんに義姉さんを任せられるもんか。今は反省しても、ほとぼりが冷めたらまた不貞するかもしれないだろ? 一度不貞をしてしまった兄さんなんて信用ならない。義姉さんは僕が貰うよ」
「アディオ――」
「宰相も言ってたよ? 僕だけが義姉さんを幸せに出来るって。遠い国で二人で幸せに暮らしなさいって。だから僕は義姉さんを連れてこの国を出る。そして二人で幸せに暮らすんだ。文句は言わせないからな」
「アディオ……!」


 苦痛に歪んだ顔で、リオーシュはアディオ様の名を呼んだ。


(アディオ様、そこまで私の事を……? 全然気付かなかった……。ゼベクの事言えた義理じゃないわ……。それにしても、公爵……アディオ様にまでそんな事を言って唆していたのね。カトレーダが駄目だったから、今度はアディオ様に矛先を向けて。本当とんでもない奴だわ……。思いっ切り蹴っ飛ばしてやりたかった!)

 
 私が憤っている最中、リオーシュは無言だった。
 ……彼は、これまで一度も言い訳をしていない。

 彼の中で、不貞は“事実”だと思っているから。


 『媚薬』の所為とはいえ、カトレーダを抱いてしまったと思っているから――


(リオ……)


 リオーシュの強く握り締めた拳が、ブルブルと震えている。
 そして、奥歯を噛み締めた口から、絞り出すような声音でアディオ様に言った。


「……私は、もう二度とそんな事は起こさない。絶対に」
「はっ!? よくそんな事軽々と言えるね!? 全く信用ならないんだよ!!」



「――それなら、殿下も信用なりませんね。何せ、んですから」



 不意に扉の方から声が聞こえ、二人がハッと目を向けると、そこにはゼベクが眉根を寄せ、腰に片手を当て立っていた。


「扉が空いていたんでね、会話が聞こえてしまいました。失礼しますよ」
「ゼベク」


 ゼベクは真っ先にリオーシュの所に歩いてくると、素早くその身体を見回す。


「怪我は無いようですね、安心しました。あの子も無事ですか?」
「リーエの事か? あぁ、問題無い。大丈夫だ」


 ゼベクはショルダーバッグから少し顔を覗かせているリーエちゃんに目を向けると、ホッと息をつき、顔が少し緩んだようだった。


「そっからじゃ見難いし声も聞き辛いだろ」


 ボソリと小さく呟くと、ゼベクは私をバッグから取り上げ自分の肩の上に座らせた。


(私、ここが定位置なのっ!? ――ううん……それよりも、さっきゼベク、不穏な事言わなかった? “人を殺し掛けた”って……。それってどういう……?)


 ゼベクは私をチラリと横目で見、スッと目を細めると、すぐにアディオ様の方を向いた。


「アディオ殿下、朗報ですよ。エウロペア様の妹のカトレーダ嬢が意識を取り戻しました。良かったですね」
「……あ、あぁ……そうなのか。それは良かったな……」


 アディオ様は私を訝しげに見ていたけれど、ゼベクの言葉にあからさまに顔を強張らせ、目を泳がせた。


「……本当に良かったと思ってます? 彼女は意識不明だし、きっとそのまま目覚めないだろうと楽観視していたでしょう? だから彼女に追い打ちを掛ける事はしなかったし、バレる事は無いと思った。
「………っ!!」


(えっ!?)
「えっ!?」


 リオーシュと私の(心の)声が、見事に重なったのだった……。




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