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6.出会いは突然に
しおりを挟む休暇を貰った私は旅の準備をし、お昼頃、早速隣町に向けて出発をした。
のんびりと行きたかったので、馬車は必要最低限の利用にして、あとは徒歩で向かうことにする。
「良い天気……。気持ち良いなぁ。――このまま空を飛んで、遠い遠い場所へ行けたらいいのに……」
ポツリと、心の声が口から漏れる。
「そんなこと……絶対に出来ないけれど……」
もしもこのまま逃げて遠くの国に行けたとして、特技もなく取り柄もなく何も出来ない私は、ただのたれ死ぬだけだ……。
空を見上げれば、清々しいほどの快晴で。
仕事でずっと書類と睨めっこをして下を見ていたので、上を向くのは久し振りな気がした。
沈む気持ちも、爽やかな青空のお蔭で幾分か上昇していた。
暫く歩くと、小さな森に辿り着いた。ここを抜ければ隣町だ。
私は魔物除けの匂い袋をギュッと強く握り、森の中に入る。
森の中はひしめく木々に邪魔をされ陽の光が入らず薄暗いのだけれど、時折差し込む木漏れ日がとても綺麗だった。
「……っ!?」
目の前の光景に、私は思わず息を呑んだ。
人が地面に倒れていたのだ。
慌ててその人のもとへ駆け寄り座り込むと、声を掛ける。
「あのっ、大丈夫ですか!?」
うつ伏せで倒れているその人は長身の男性だった。黒髪の、腰まで届く艷やかな長髪で――
――って、この人……プリヴィの意中の人じゃないっ!?
黒髪は、この町ではそうそういない。背格好も以前見掛けた時と同じだし、妹の恋人で間違いないようだ。
見たところ、怪我はしていないようだけれど……。
「大丈夫……ですか?」
もう一度、慎重に声を投げる。ゼェゼェと息が荒く、酷く苦しんでいるようだ……。
私は彼の肩を掴み、そっと仰向けにさせた。
彼の顔を見た瞬間、ヒュッと息を呑む。
その顔は死人のように青白く、脂汗がビッシリと額に浮き出ていたのだ。苦しそうに眼を固く瞑り奥歯を噛み締め、時折ゲホゲホッと激しく咳き込む。
医学の知識が全くない私は、何をして良いのか分からずオロオロしていた。
「ど、どうしよう……! 咳き込んで喉が辛そうだし、お水飲ませてみる……?」
私は持っていた水筒の蓋を開け、彼の口の中に水を少し注いだ。しかし、すぐに咳き込み吐き出してしまう。
そんな……。水を少しでも飲めたら、きっと楽になると思うのに……!
「……っ!」
ふと私は、以前読んだ書物に書いてあったやり方を思い出す。
でも、それは……。
――ううん、人助けの為だもの! やれるものはやってみなきゃ!! このまま放っておくなんて出来ない!!
私は意を決して水筒の水を口に含むと、身を屈め彼の口に自分のそれを近付けた。
一瞬、エンディニオ様とのキスの不快感を思い出し躊躇してしまったけれど、「人助けの為!」と頭を振って目を瞑り、思い切って彼と唇を合わせる。
……あれ? 全く気持ち悪くない……?
寧ろ――
自分が感じたことに顔を熱くさせていると、含んでいた水が彼の口の奥に流れ込み、コクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
やった! 飲んでくれた……!
私はホッとして瞼を開く。
そこには、いつの間に開いていたのか、黒曜石色の瞳が神秘的に輝き私を至近距離で見ていた。
この人の瞳……。動物のように、瞳孔が縦に細長い……?
「……あっ! す……すみませんっ!!」
私の顔が更に熱くなり、勢い良く頭を上げた――つもりだった。
彼の大きな手が私の後頭部を押さえ、頭を元の位置に戻したのだ。
――つまり、私達はまた唇を重ねてしまったわけで……。
「……っ!?」
そしてすぐに、彼の舌が私の口内に入ってきた。問答無用とばかりにその舌が私の舌を絡め取り、強く唾液を吸われる。
……私は彼に口内を貪られながら、ただただ自分の感情に愕然としていた。
さっきも感じたけど……とても気持ち良いのだ。彼との口付けが。
エンディニオ様の時はあんなに気持ち悪くて吐きそうだったのに。
こんな高揚した気持ちは初めてで――
「ぁっ……ん――」
知らずに甘い声が漏れてしまう。
それの所為なのか分からないけれど、彼のキスが更に激しさを増した。
私は無意識におずおずとそれに答えていた。
どんどん溢れ出る初めての快楽にのめり込み、夢中になっていく。
いけないことだと分かっているけれど、欲望に抗えず、徐々に理性を失っていく――
いつの間にか私は彼の上に寝そべり、彼は私の後頭部を押さえたまま背中に片腕を回し、お互いの身体を密着させて。
無言で唇を奪い合い、口の端から流れ出る唾液も構わず、角度を何度も変え、湿った音を立てて貪り合って――
私の喘ぎと彼の息遣いが、シンとしている森の中に響く。
……どれくらいの時間が経ったのだろう。
私の後頭部から彼の手が離れる。そしてゆっくりと彼から唇が離れ、お互いの口に透明な糸が伝う。
それを彼は舌を出し舐め取ると、フッと口の端を持ち上げた。
そこで私はハッとなり顔を上げようとしたけれど、酸素不足なのか身体に力が入らず、クテリと彼の胸に頭を預けてしまった。
そんな私の頭を、彼が目を細めて優しく撫でる。
「……すまない。自制が効かなかった」
声も顔に似合って、低音だけどよく通る心地の良い音を響かせていた。
その声音に、苦しみが無くなっていることに気付いた私は、視線だけを彼の顔に向けた。
先程とは打って変わって、色がつき生気溢れる美形がそこにいた。脂汗も止まったようだ。
ついでに周りを見回してみる。辺りは先程より暗くなっているような……。
取り敢えず、彼に身体の状態を訊いてみよう。
「……あの、こちらこそすみません……。もう……大丈夫そうですか……?」
「あぁ、君のお蔭でな。もう平気だ。ありがとう」
お水が効果あったのかな?
「それは良かったです……。あの、ちなみに今の時間って分かりますか……?」
「そうだな……。もう日も暮れて夕方から夜になる頃だな」
「よっ、夜ぅっ!?」
私がこの森に入ったのは夕方前だから……。
どれだけの時間キスしてたの私達っ!?
プシューッと湯気が出そうになるほど顔を熱くさせた私を見て、彼は小さくクスリと笑った。
そのまま静かに上半身を起こすと、彼は私の身体を引き寄せて胸の中に閉じ込めてきた。
「っ!?」
一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、自分の身体を包み込む、何故か安心出来る温もりに、彼に強く抱きしめられていることに気付く。
慌てて彼の胸に両手を突っぱね、離れようともがいた。
ちょっ……プリヴィという恋人がいるのに何やってるのこの人はっ!?
――って、いやいや私もだけどっ!! あ、あ、あんな激しいキスしちゃって……!!
「だっ、駄目です!! 私は夫がいる身ですので離して下さい……!! さっ、先程のことも、人助けの行動ということでスッパリ忘れて下さいっ!!」
「……夫、だと……? 君、結婚しているのか?」
彼が目を見開いた後、怪訝な表情で私に問い掛ける。グイグイ胸を押しても離してくれない……。
「は、はい、そうです……っ。だから離して――」
「何故だ。どういう経緯で結婚を? そこを詳しく教えてくれないか」
「え……?」
どうして初対面の人にそこまで話さなきゃいけないの?
しかし彼は、真剣な表情で私に訊いている。嘘は言えない雰囲気だ。
初対面の人にする話じゃないけど……と思いつつ、私は口を開いた。
「本当は私の妹に来た縁談だったんです。けれど妹が、『運命的に出会った好きな人と結婚する』と言い出して、その縁談を無理矢理私に押し付けてきました。私は家族から蔑ろにされていたので、早く家を出たくてその縁談を受けたのです」
「……あぁ、成る程。そういうことか……」
え? 何が“成る程”なの?
「その妹の『好きな人』とやらは、とんでもなく罪な奴だな」
――いやいやいやっ、貴方のことですからっ!!
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