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31.ウィンザル男爵家の結末
しおりを挟む「そんな貴方方が、よく堂々と『ワシ達の“家族”』、『今まで育ててきてやった』と言えますね? 妹が貴方の大切にしていた高価な壺を割って隠そうとしたのを注意した時、貴方方は私の言い分を聞かずに、妹を真っ先に信じましたね。そして、『妹に罪を被せるなんて最低で最悪な姉だ、お前はワシ達の家族ではない!!』と仰いましたよね?」
頬を殴られ、ペタンと膝をつき呆然としながら見上げた私に、家族が向けたものは。
憎々しげに私を見下ろす両親の視線と。
啜り泣く真似をする妹の、意地の悪い笑みで。
私は家族に愛されていないと思い知った瞬間だった――
「大事なのは妹だけで、私を“家族”なんて微塵にも思ってなかったくせに……。都合の良い時だけ“家族”面しないでっ!!」
最後は、つい感情が昂って大声を出してしまった……。
けれど、両親には効いたみたいだった。幼い頃から黙って言うことを聞いていた上の娘に睨みつけられながら怒鳴られ、二人は青褪め、汗を流しながらガタガタと震えている。
私は今までずっと両親に従順だった。
口答えをすれば私は家から追い出され、『居場所』が無くなると恐れていたから。
でも、今はもう怖くない。
自分の『居場所』は、自分で作れるから――
「……妹を衛兵に差し出すのがお嫌ならば、慰謝料は確実に戴きます。どうされますか?」
「い、慰謝料を払う……っ! だから、だから衛兵にはどうか……っ」
「そうですか。それともう一つ、レクサールさんに対する損害賠償金ですが」
「そ、損害賠償……っ!?」
素っ頓狂な声を上げた父に、私はわざとらしく鼻で嗤ってみせた。
「どうして驚くのですか? 妹が壊した彼の“大事なモノ”は、貴方方の命じゃ賄い切れないほどの高価なモノだったのですよ? 貴方方が一生馬車馬のように働いても返せない金額になるでしょうか。慰謝料もあるし、これからが大変ですね?」
「……たっ、頼む!! 何でもするから、どうか損害賠償は払える金額にしてくれないか……っ」
父が床に額を擦り付けて土下座をし、母もそれを見て慌てて頭を深く下げる。
「……俺の提案を呑むのなら、損害賠償は無しにしよう」
「えっ!? ほ、本当かっ!?」
レクサールさんの発言に父がガバッと頭を上げ、神様に縋るような顔つきで彼を見た。
「あんたらの下の娘は、あの屑な性格を直さない限り、何度も同じことを繰り返すだろう。よって俺の提案は、今紹介する修道院に下の娘を入れること。その修道院で、下の娘の性根を鍛え直して貰う。この提案を呑めるか?」
「のっ、呑むとも勿論呑むとも! そんなのプリヴィの為でもあるじゃないか……!」
「ではこの紙に書いてある注意事項を読んで、署名をして欲しい。後日、修道院から迎えの者が来るから、それまでに旅立つ準備をしておいてくれ」
「あ、あぁ分かった……!」
父は、レクサールさんにから手渡された紙を受け取ると、いそいそと中身も見ずに署名をした。
「これで本当に損害賠償は払わなくていいんだな!?」
「あぁ、約束は守る」
「ふ、ははは……っ! よしっ!」
父が喜んでいるのを一瞥すると、レクサールさんは私に視線を向け頷いた。
私も頷き返すと、口を開く。
「あと二つ、よろしいですか? ご報告ですが、私はルバロ子爵と離縁致しました。貴方方がうんと甘やかして育てた妹の所為で」
「は……っ!? え……じゃ、じゃあ、毎月うちに送られてきた支援金は――」
「離縁致しましたので、そちらにはもう一切入ってきません。貴方方がうんと甘やかして育てた妹の所為で」
「……っ、ぐっ、ぐうぅ……っ!!」
子爵業の予算の中に、『子爵夫人の実家への支援金』も組み込まれていたのだ。
慰謝料の支払いも、その支援金から出すことを考えていたのだろう。
ウィンザル男爵家は、プリヴィのドレス代や装飾品代、化粧品代その他諸々で、資産は毎月火の車状態だ。ルバロ子爵家からの支援金が無くなれば、きっとここはやっていけなくなるだろう。
最悪、『男爵』の身分の剥奪も有り得る。
……全て両親の自業自得だ。
「もう一つ、私はこの家と縁を切ります。よって、ここから籍を抜かせて頂きます。手続きは私の方でしますので、この紙に署名だけお願いします。勿論いいですよね? 最初から家族でない者が、本当に家族でなくなっても……ね?」
「……っ!!」
自分で言った手前、後には引けないのだろう。私が差し出した用紙に、父は苦々しい表情を浮かべながら署名をした。
「お手数をお掛けました。私と貴方方は正真正銘“赤の他人”になりますので、今後、慰謝料の支払いの時以外は、一切接触したり連絡をしてこないで下さい。これでお話は以上です」
私がゆっくりと立ち上がると、レクサールさんも腰を上げる。
結局、二人して最後まで私に謝罪も何も無かったな……。
でも、それでいい。こちらも余計な情けを掛けなくて済むから。
「見送りは不要です。さようなら、お二人とも。慰謝料を受け取ったら、もう二度と会うことはないでしょうね」
俯き肩を震わせている父と母を背に私達は部屋から出ると、玄関に向かった。
途中お手洗いに行きたいというレクサールさんを廊下で待つ。
すぐに戻って来た彼と、この家の執事に最後の挨拶をし、玄関を出て扉を閉めようとした、その瞬間。
「ギィャアアアァァァッッ!!」
家の中から、この世の終わりのようなとんでもない悲鳴が聞こえ、扉がパタンと閉まった。
「えっ!? な……何っ!? これ……プリヴィの声……っ?」
「大方、大きな虫でも出たんだろう。この屋敷、結構古いからな。修繕する金も無いようだ。さっきも手洗いに行く途中、虫が壁を這っているのを見たぞ。大したことはないだろう」
「そ、そう……?」
レクサールさんは気にした様子もなく、私の肩を抱く。そして顔を下げ、自然に唇を重ねてきた。それはすぐに深い口付けへと変わる。
「ん……っ」
口内をじっくりと堪能され、フワフワとした気持ちになったところで唇が離れる。
「……もう、こんな所で――」
「すまない、君に触れたい想いが我慢出来なかった。お疲れ、フィンリー」
「レクサールさんも……。本当にありがとうございました」
私とレクサールさんはふふ、と微笑み合うと、身体を寄せ合いながら歩き出した。
家の中から、狂ったように泣き叫ぶ妹の悲鳴が止まらないのが気になったけれど、レクサールさんに促され、私達はウィンザル男爵邸を後にしたのだった。
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