私から何でも奪い取る妹は、夫でさえも奪い取る ―妹の身代わり嫁の私、離縁させて頂きます―

望月 或

文字の大きさ
44 / 45

44.愛と懺悔と後悔と ※エンディニオ視点

しおりを挟む



 あれから十年の月日が流れた。
 ボクは変わらず、あちこちの建設現場を周り作業をしている。
 常に外仕事なので、肌は日に焼けて黒くなり、筋肉も格段に付いた。
 以前のボクを知っている者は、今のボクを見たらあまりの変化に同一人物とは思わないだろう。


 一日中動く仕事をし、ヘトヘトになりながら監視付きの寮に帰る。そして順番に共同風呂に入り、食堂に集まり皆でご飯を食べて就寝する。
 毎日がその繰り返しだ。

 性欲はとうの昔に無くなった。帰ったら心身共にグッタリで、そんな欲が湧かないのが実状だ。
 ボクの“性癖”も、連日地獄のように痛い鞭を受け続け、それが絶望のような恐怖へと変わり、いつしか消えてしまっていた。

 あんなに狂ったように情欲を求めていた自分を殺してやりたい。



 その所為で、フィンリーは二度とボクのもとへ戻らないのだから――



 ボクが刺してしまったフィンリーは、あの後一命をとりとめたと親方から聞き、心の底から安堵した。



 ――十年間――その年月は、自分を顧みて、自分と向き合う時間には十分過ぎるほどだった。

 本当に、ボクはフィンリーに酷いことばかりをしていた。


 ボクに初めて抱かれた時、彼女は『処女』だった。終わった後、シーツに付いた朱い染みがそれを証明していた。
 それなのに、ボクは自分の欲を優先し、彼女の身体を労ることなく手荒に抱いてしまった。
 首を左右に振り彼女が流す涙を、快楽から来る涙だと思い違いをして。嫌がる姿は逆に誘っているんだと勘違いをし、歓喜して強引に抱いて……。

 仕事中、ボクが“お仕置き”で鞭を振るわれる時、何度も「嫌だ」「止めてくれ」と切願したけど、親方は「そうかそうか、いいんだな。ならもっと打ってやるよ!」と更に激しさを増して鞭を打ってきた。


 あぁ、あの時のフィンリーは本当に嫌がっていたんだな。
 今のボクのように、懇願しても伝わらない絶望を感じ、痛みと苦しみを味わい、唇を噛んで我慢していたんだな――


 そのことが今更ながらに分かり、無性に自分をボコボコに殴りつけ死にたくなった。



 そして、共に建設現場で働く仲間達との交流が、ボクの愚かで最低な過去の過ちを、更に深く認識させてくれた。


「なぁ、この岩がどうしても動かないんだ。どうしたらいいのか……」
「あぁ、こりゃテコを使わなきゃ駄目だな。見てろよ、せーのっ!!」
「すごいっ、動いた! ありがとう!!」
「ヘヘッ、なぁに、いいってことよ。困った時はお互い様だ」


 相談すれば、親身になって聴いてくれたり、自ら動いて解決してくれる仲間達がいる。
 それがどんなに嬉しいし、頼もしいことか。
 彼等も何らかの罪を犯してここにいるんだろうけど、互いに詮索はしていない。しても意味無いからだ。


 あの頃、フィンリーはボクに何度も取引先のことで相談しようとしていたが、ボクは面倒臭がって彼女に全て任せてしまっていた。

 サイノやデニオスが彼女を手伝ってくれてはいたが、同じ立場ではないから、分からないことも多かったはずだ。
 初めての慣れない仕事で、不安が一杯だったに違いない。
 それをボクは邪険に突っ撥ねて――


 彼女はボクを愛しているんだから何でも赦してくれると、愚かで浅はかなボクは思い込んでいた……。



 日差しが強いある日、少し頭がクラクラきていたけど、軽い体調不良だと思い、ボクは作業を続けていた。


「おいお前、顔色が悪いぞ? もしかして熱中症になってんじゃねぇか? そこの木陰で横になって休みな!」
「え? いや、大丈夫だよ……これくらい……」
「熱中症を舐めるんじゃねぇぞ! いいからさっさと休んでこい! お前の作業は俺達でやっとくからさ。ここでブッ倒れられたら俺達が困るんだよ!」
「あ、ありがとう……」


 ボクの身体を気遣い、休ませてくれる仲間達。

 ボクは、フィンリーの身体を一度も気に掛けていなかった。
 連日子爵家の業務で寝不足になっていても、少しずつ痩せていっても、ボクは彼女を気遣わなかった。
 自分を優先し、彼女の体調関係なく無理矢理抱いていた。



 ――本当に、過去を振り返れば振り返るほど、あの時のボクは大馬鹿で愚かでどうしようもないゴミクズ以下の人間だった――



 最初の頃、自分の何が悪かったのだろうと考えた。


 欲望に身を任せ、プリヴィと不貞をしたから?
 フィンリーの言葉に耳を貸さなかったから?
 彼女に仕事を丸投げして、自分は闇賭博をして遊んでいたから?
 初夜の時、理不尽な約束を彼女にさせたから?


 ……違う。そもそもが全部間違っていた。
 ボクの傲慢で自分本位の、愚かで救えないその考えを全て捨てなければ、フィンリーとは上手くいかなかった。

 そうしなければ、例え彼女がボクを赦してやり直しをしてくれたとしても、また同じことを繰り返し、彼女を沢山傷付けていた。
 彼女の本当の笑顔を見れずに終わっていただろう。


 けれど、今のボクならば――


 ……しかし、刻の水は零れたらもう二度と掬えない。
 時間は決して巻き戻らない。


 心が張り裂けそうなほど彼女を愛していたのに。


 今も……こんなにも愛しているのに……。


 自分自身の愚かな行動の所為で彼女を失い、もう二度とこの腕の中には戻ってこない。

 止め処なく溢れる後悔と苦しみが、常に身体中を焦がしている。


 彼女に会って、今までの愚かな行いを、心の底から誠心誠意謝りたい。
 例え罵倒されても、殴られても、無視されても構わない。

 謝りたい……彼女に――


 だけど、そんな日は決して来ないのだろう。
 ボクは死ぬまでここで働き続けるのだろう。
 それだけの“罪”をボクは犯したのだから。


 ボクの中で、彼女への決して報われない愛と、強い懺悔と、深い深い後悔は、死ぬ間際まで続いていく。


 それがボクの“罪”と“罰”だと、心に刻み込んで――



 ふと空を見上げると、黒い何かが飛んで行くのが見えた。


 ……黒い……龍?


 その瞬間、何故かあの黒髪の男が頭に浮かんだ。
 彼はボクと違い、フィンリーのことをいつも案じ、気に掛けていた。


 彼は、彼女を愛しているのだろう。
 そして、彼女も彼を――


 ……彼なら、彼女を幸せにしてくれるだろう。
 二人は今、幸せな日々を送っているのだろう――


 そう思い、祝福するのではなくチクリとする胸が本当に嫌になるけれど。


 不意に、その黒き龍の背中にフィンリーが乗っていて、ボクに「頑張って」と声援を送る彼女が頭に浮かび、その自分本位な妄想に思わず苦笑をする。



 それでも、その身勝手な空想でやる気の出たボクは、空の彼方へ向かって小さくなっていく黒い龍を見送ると、踵を返し作業へと戻っていったのだった。





しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】21距離をおきたいと言れたので、隣国に逃げたけど、、、

華蓮
恋愛
距離をおきたいと婚約者であるレイト王子から告げられ、その横には、妹がいた。 私のもの全てを奪っていった妹。もう、嫌になり、隣国に渡ったアオイ。

31【完結】王太子を支えるために頑張っていたけど、婚約破棄をされました。

華蓮
恋愛
フロンティアは王太子妃になるための教育を、幼い頃からしていた。 王太子の婚約者になったら、王太子、王妃の実務をら押し付けられたが、王太子のために頑張った。 彼は妹を王太子妃にし、わたしを側妃にすると、、、、

【完結】25妹は、私のものを欲しがるので、全部あげます。

華蓮
恋愛
妹は私のものを欲しがる。両親もお姉ちゃんだから我慢しなさいという。 私は、妹思いの良い姉を演じている。

最強魔術師の歪んだ初恋

黒瀬るい
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。 けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?

冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ
恋愛
結婚三年、子供ができないという理由で夫ヘンリーがずっと身体の関係を持っていた女性マリアを連れてきた。 そして、今後は彼女をこの邸宅の女主として仕えよと使用人に命じる。 正妻のアリーシアは離れに追い出され、冷遇される日々。 離婚したくても、金づるであるアリーシアをそう簡単には手放してはくれなかった。 しかし、そんな日々もある日突然終わりが来る。 それは父親の死から始まった。

【完結】 愛されない私と隠れ家の妖精

紬あおい
恋愛
初恋は心に秘めたまま叶わず、結婚した人まで妹を愛していた。 誰にも愛されないと悟った私の心の拠りどころは、公爵邸の敷地の片隅にある小さな隠れ家だった。 普段は次期公爵の妻として、隠れ家で過ごす時は一人の人間として。 心のバランスを保つ為に必要だった。 唯一の友達だった妖精が、全てを明かした時、未来が開ける。

【完結】23侯爵の跡継ぎのはずですが、突然平民になりましたが。

華蓮
恋愛
ラインスズ侯爵のリサは、後継ぎとして、10歳から、当主教育をさせられ、実務を仕切り、家のための婚約者もいた。 妹のマリは、可愛いから、ニコニコしていたらいい。何もしないで育った。 ある日、突然、妹に婚約者を奪われ、跡継ぎも奪われた。 リサは、どのように幸せになるのか?

【完結】 君を愛せないと言われたので「あーそーですか」とやり過ごしてみたら執着されたんですが!?

紬あおい
恋愛
誰が見ても家格の釣り合わない婚約者同士。 「君を愛せない」と宣言されたので、適当に「あーそーですか」とやり過ごしてみたら…? 眉目秀麗な筈のレリウスが、実は執着溺愛男子で、あまりのギャップに気持ちが追い付かない平凡なリリンス。 そんな2人が心を通わせ、無事に結婚出来るのか?

処理中です...