15 / 51
14.密会現場にて
しおりを挟む「ねぇエイリック。どうしていきなりあの子に構い出したの? 好きなのはわたしなんでしょ? わたしはあの子と別に友達にならなくていいわ。あなただけがいればいいの。今まで通り、わたしと二人でいればいいじゃない」
エイリックにぴっとりと寄り掛かり、ジェニーは鼻に掛かった甘えた声を委員教室に響かせる。
(……パリッシュさんも、エイリック様を名前で呼び捨てですか……。もう完全に恋人気取りな二人ですね……)
「勿論君の事は好きだよ。けど、僕に全く構って貰えなくなったアーシェルが、寂しさの余り僕の気を引こうと『婚約解消』なんて馬鹿げた事を言い始めたんだ。したくないだろうに、無理に僕にそっけなくしたりね。それは絶対に阻止しないといけない事なんだ。彼女がもう二度とそんな事を言わないように、今は彼女を構うのを許してくれないか」
「…………」
「そんな拗ねた顔をしないでくれよ。僕が少しでも優しくしたら、彼女はすぐに機嫌が直って、今まで通り僕に懐くから。だって彼女、僕の事をすごく好きだしね。その後はずっと君の傍にいるよ。ね?」
『いやいやいやっ、違いますーーっ!! だから何でそんな解釈になってるんですかーーっ!!』
『君にあんなに突き放されたのに、自信過剰の塊のような男だな』
「何よ……そこまであの子と結婚したいの? あんな地味で存在感が薄くて平凡を顔にベタベタと塗ったような子と? わたしの方がずっと可愛いでしょ? 美形なあなたとお似合いなのはわたしなのよ」
(う、うわぁ……。傷付く言葉の総出演です……。自分で自分を「可愛い」と言うパリッシュさんもなかなかですが……)
その瞬間、アーシェルの背後にとてつもない冷気を感じ、彼女の身体がブルリと大きく震えた。
そろそろと顔を上げると、怖い位無表情のレヴィンハルトの額に、青筋が幾つも立っている。
『ろ、ローラン先生……?』
『あの小娘……。死なない程度に業火の炎で満遍無く暖めてやろうか……』
『せっ、先生っ!? 物騒な台詞は駄目ですよっ!?』
『“実行”はいいのか』
『台詞以上に駄目ですーーっ!!』
「勿論、君の方が可愛いさ。けれど、結婚は彼女でなきゃ駄目なんだ」
「は? 何でよっ!? わたし、あなたの妻になりたいのに! わたしなら立派な公爵夫人になれるわっ!」
「彼女は……いや、理由は言えないけど……家の為に、両親の為に、そして僕の為にも、僕を愛する彼女が必要なんだ。君は『愛人』として、僕の傍に置いて誰よりも一番に愛してあげるから、それで我慢してくれないか?」
『う、うわあぁ……。自分を好きな女性に、ものすっごく最低な事を堂々と言っていますね……。あぁ……どうして私、あんな人が好きだったんでしょう……。自分で自分を思いっ切り平手打ちしてやりたいです……』
『君の身体が傷付く事は止めてくれ。しかし、奴の本性が分かって良かったじゃないか。これで心置きなく屑箱に捨てられるだろう?』
『く、屑箱に捨て……。――ふふっ、はい……そうですね』
「……。けど……あの子が死ねば、わたしがあなたの妻になれるのよね?」
突然の不穏で物騒な言葉に、アーシェルはギクリと身体を強張らせた。
「おいおい、怖い冗談は止めてくれ」
「ねぇ、そうなんでしょ?」
強い口調で再度問うジェニーに、エイリックは戸惑いながらも頷く。
「あ、あぁ……。まぁ、もしも彼女がいなくなったらそうなるかな」
「じゃあわたし、公爵夫人に――あなたの妻になれるわ」
「アーシェルがいなくなるって? そんな縁起でもない事を言わないでくれよ」
エイリックはジェニーの台詞を冗談だと思って笑ったが、アーシェルは、彼女が意味深にニヤリと口の端を大きく持ち上げたのを見逃さなかった。
その嘲笑いに異様な悍ましさと不気味さを感じ、アーシェルの身体全体に震え上がる程の寒気が走る。
「…………」
ジェニーの笑みが普通のそれでは無い事にレヴィンハルトも気付いたようだった。
彼の眉間に、大きく皺が寄せられる。
「……そうね、ごめんなさい。あなたの事を愛しているから、ついあの子に嫉妬をしてしまって……」
「ははっ、そうかそうか。可愛いな、ジェニーは。僕も君を愛しているよ」
「じゃあ、いつものようにキスして?」
「あぁ、勿論さ」
「ふふっ。嬉しいわ、エイリック」
『……っ! ローラン先生っ!』
『あぁ、任せろ』
そして二人はアーシェルとレヴィンハルトが見ている前で抱き合い、唇を重ねた。
しかしそれはすぐに終わった。エイリックから顔と身体を離したのだ。
「……いつもたったこれだけ……。もっとしたいのに……」
「ここは学園内で、教室だ。突然先生が入ってくるかもしれないから警戒しないと。ここの扉は鍵が付いてないからね」
「それならわたし、学園の外であなたと会いたいわ……」
「それは駄目だ。外では誰が見ているか分からないしね。僕の両親に君との関係を知られるのはまだマズいんだよ」
『あれだけ生徒達の前で堂々とくっついてるのに変な所で警戒心持ってますねっ!? ――せ、先生っ! 一瞬でしたけど大丈夫でしたか!?』
思わず小声で突っ込みを入れてしまったアーシェルは、慌ててレヴィンハルトに問い掛けた。
彼はしっかりと『写真機』を手に持っていて、小さく口の端を持ち上げる。
『大丈夫だ。ちゃんと写した。証拠はしっかりと取ったぞ』
『……あぁ、良かった……』
アーシェルはホッと息をつく。
(……私が二人の関係に毎日悩んで泣いて苦しんでいる時も、二人はこうやって抱き合って口付けを交わして、愛を囁いていたんですね……)
それを思うと、過去の自分が本当に可哀想で、チクチクと胸が痛む。
過去に戻れたら、「そんな人、盛大に捨てていいんですよ。だから悲しまないで」と、泣いている自分を抱きしめてあげたかった。
「…………」
顔を伏せた自分の頭を、レヴィンハルトは何も言わずそっと撫でてきて。
アーシェルは思わず涙が出そうになり、グッと堪えた。
『……行くぞ、アーシェル嬢。これ以上二人を見る必要はない』
『……はい』
レヴィンハルトは俯くアーシェルの肩を軽く叩き、静かに扉を閉めてその場を離れた。
アーシェルはレヴィンハルトの後を付いていきながら、ジェニーが言った言葉を思い返していた。
(……パリッシュさんのあの台詞……。本当に冗談だったんでしょうか……? 冗談にしては――)
「……アーシェル嬢。まだ時間はあるか?」
「え? あ……はい、大丈夫です」
「今すぐに寄りたい所があるんだ。本当は行きたくないが……緊急を要するから仕方ない。一緒に来てくれ」
「……? は、はい、分かりました」
アーシェルは首を傾げながらも、真剣な表情のレヴィンハルトに付いて行ったのだった。
991
あなたにおすすめの小説
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
孤独な公女~私は死んだことにしてください
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】
メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。
冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。
相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。
それでも彼に恋をした。
侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。
婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。
自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。
だから彼女は、消えることを選んだ。
偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。
そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける――
※他サイトでも投稿中
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる