婚約解消しましょう、私達〜余命幾許もない虐遇された令嬢は、婚約者に反旗を翻す〜

望月 或

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29.“彼”のいる隣国へ

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 『録音器』の会話から、ジェニーはエイリックに婚約者がいる事が分かっていて睦まじ合っていた事が分かり、彼女にも慰謝料が請求出来るとの事だった。

 相手に釘を刺す為に、支払いは期待出来なくとも請求はしておいた方が良いとの助言を受け、アーシェルは頷いた。


 ジェニーの実家を調べると、彼女は隣国のウォードリッド王国の男爵令嬢だった。
 彼女は一人でこのオルドリッジ王国に来て、女子寮に入りヘイワード学園に通っていたのだ。

 ディオールがパリッシュ男爵家に慰謝料請求の通知書を送って暫くすると、謝罪の文と請求額通りの慰謝料の金額が、特殊取扱便で届いた。


 そして、ジェニーはヘイワード学園から姿を消した。恐らく、今回のあらましを知って激怒した親に呼び戻されたのだろう。



 アーシェルの転園と自国からの転出は、未成年の場合親の署名が必要なので、レヴィンハルトは牢に入っている全身包帯姿のレイノルズ侯爵のもとへと赴いた。
 レイノルズ侯爵は、自分をこんな状態にしたレヴィンハルトに酷く怯え、彼が一睨みするだけで身体を震わせ、すぐに転園届と転出届に署名を書いた。

 レヴィンハルトは早速、それぞれヘイワード学園と町の役所に提出した。
 学園には、同時に自分の退職届も出した。


 ディオール経由でオルティス公爵からも慰謝料を受け取ったアーシェルは、ディオールに何度も礼と感謝を伝え、感慨に浸る間もなくレヴィンハルトと共に自国を離れ、隣国のウォードリッド王国へと旅立ったのだった――



-・-・-・-・-・-・-・-



 一方その頃、エイリックは学園内で肩身の狭い思いをしていた。
 今回の『婚約解消』のあらましが学園中にあっという間に広まり、彼は生徒達から嘲笑と侮蔑の目に晒されていたのだ。


(ジェニーがいなくなったのはどうでもいい。けど、何でアーシェルまでいないんだ!?)


 エイリックは眉間に皺を寄せ、唇を噛みながら学園長室を訪れ、彼に問い質す。


「学園長先生、僕の婚約者のアーシェルはどうしてずっと学園に来ていないんですか? 彼女の家には何故か誰もいないし、両親は何も教えてくれないんです。彼女は一体何処に行ったんですかっ! 先生なら知っているでしょう!?」
「は? こ、婚約者……? 君は彼女と『婚約解消』したのでは――」
「していません! あれは手違いです! 学園長先生、答えて下さい! アーシェルは今何処ですかっ!?」


 この王国で立場が強く、学園に多大な寄付をしているオルティス公爵家の跡継ぎに強くは出れず、学園長は額にダラダラと汗を掻きながら素直に白状してしまった。


「か……彼女は、隣国のウォードリッド王国の学園に転園したんだ」
「て、転園っ!? 隣国!? この国から出て行ったって事ですか!?」


 エイリックは愕然とし、暫くその場で立ち尽くしてしまう。


「……逃さない……。絶対に逃さないよ、アーシェル。君は僕と一緒になるんだ。それが運命なんだ。君は僕と結婚して、僕を幸せにするのが運命さだめなんだ――」


 エイリックが親指の爪を噛みながらブツブツ呟き部屋を出て行くのを、学園長はただただ茫然と眺めていたのだった……。



-・-・-・-・-・-・-・-



 隣国のウォードリッド王国への移動手段は、徒歩か、馬車を乗り継いで行くか、野宿込みで隣国に直行向かう馬車があり、急いでいるアーシェルとレヴィンハルトは、野宿込みの直行馬車の旅を選んだ。

 馬車の中で色んな景色を眺めている間は楽しかったが、発作が起きると一気に辛さが勝ってしまう。
 レヴィンハルトはそれを踏まえ、馬車では常にアーシェルを自分の腕の中に置き、彼女にケープを掛けていた。
 そして、アーシェルの発作が起きる直前に、自分達に『音声遮断』の術を掛け、彼女を隠すように抱き込む。
 間も置かず素早くハンカチを彼女の口に当て、発作が過ぎるまで優しく背中を擦るのだ。

 周りから見ると、彼は恋人を人目憚らず溺愛し甘やかす男で。
 馬車の他の乗客は、そんなレヴィンハルトを冷やかしたが、彼はフッと美麗に微笑み、


「えぇ、とても大事な子なので。いつでもすぐ傍にいたいのです」


 ……と、あっけらかんと口にし、周りを苦笑させ、アーシェルを真っ赤にさせたのだった。



 野宿の時も、レヴィンハルトはアーシェルを離さなかった。発作の回数が日に日に増えているので、すぐに対処する為だ。


「すみません、ローラン先生……。何度も御迷惑をお掛けしてしまって……」


 レヴィンハルトの胸の中で、毛布に包まれたアーシェルが申し訳無さそうに謝ると、彼は首を横に振った。


「気にするな。あと、俺はもう『先生』じゃない。あの時のように『レヴィン』と呼んでくれ」
「あ……はい。レヴィン、さん……。ありがとうございます」
「あぁ」


 レヴィンハルトは目を細めて優しく微笑むと、アーシェルを深く抱き込み、彼女の頭頂部に顔を埋めた。
 アーシェルは、彼の胸の心地良い暖かさに、いつの間にか眠ってしまっていたのだった。



-・-・-・-・-・-・-・-



 翌朝早々に出発した馬車は、お昼過ぎにウォードリッド王国へと到着した。
 王都が最終地点だった馬車は、その入り口付近に乗客を降ろして走り去っていった。


「ここが……ウォードリッド王国の王都……。皆、生き生きとして……とても活気がありますね」
「あぁ、治安も良く住み易い場所だ。君もすぐに気に入ると思う」
「はい!」


 賑わう店や人を眺めながら笑顔で頷いたアーシェルに、レヴィンハルトも微笑む。


「ずっと馬車に揺られて疲れただろう? 何処かで一息つくか?」
「いえ、私……セルに、――この国の王子様のセルジュ殿下に、一刻も早くお会いしたいです。ここからお城行きの馬車って出ていますか?」


 アーシェルの質問に、レヴィンハルトは複雑な表情を見せ、やがて小さく頷いた。


「……俺も、君を城に連れて行きたかったんだ。早速行こうか。ここからなら、俺の“瞬間移動の術”が使える。すぐに城に行けるぞ」
「えっ?」
「……アーシェル嬢。を知って、俺を責めても恨んでも全く構わない。……すまない……」
「……レヴィン、さん……?」


 レヴィンハルトはそう言うと、怪訝に眉根を寄せるアーシェルを引き寄せて肩を抱き、“瞬間移動の術”を使ったのだった。




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