30 / 51
29.“彼”のいる隣国へ
しおりを挟む『録音器』の会話から、ジェニーはエイリックに婚約者がいる事が分かっていて睦まじ合っていた事が分かり、彼女にも慰謝料が請求出来るとの事だった。
相手に釘を刺す為に、支払いは期待出来なくとも請求はしておいた方が良いとの助言を受け、アーシェルは頷いた。
ジェニーの実家を調べると、彼女は隣国のウォードリッド王国の男爵令嬢だった。
彼女は一人でこのオルドリッジ王国に来て、女子寮に入りヘイワード学園に通っていたのだ。
ディオールがパリッシュ男爵家に慰謝料請求の通知書を送って暫くすると、謝罪の文と請求額通りの慰謝料の金額が、特殊取扱便で届いた。
そして、ジェニーはヘイワード学園から姿を消した。恐らく、今回のあらましを知って激怒した親に呼び戻されたのだろう。
アーシェルの転園と自国からの転出は、未成年の場合親の署名が必要なので、レヴィンハルトは牢に入っている全身包帯姿のレイノルズ侯爵のもとへと赴いた。
レイノルズ侯爵は、自分をこんな状態にしたレヴィンハルトに酷く怯え、彼が一睨みするだけで身体を震わせ、すぐに転園届と転出届に署名を書いた。
レヴィンハルトは早速、それぞれヘイワード学園と町の役所に提出した。
学園には、同時に自分の退職届も出した。
ディオール経由でオルティス公爵からも慰謝料を受け取ったアーシェルは、ディオールに何度も礼と感謝を伝え、感慨に浸る間もなくレヴィンハルトと共に自国を離れ、隣国のウォードリッド王国へと旅立ったのだった――
-・-・-・-・-・-・-・-
一方その頃、エイリックは学園内で肩身の狭い思いをしていた。
今回の『婚約解消』のあらましが学園中にあっという間に広まり、彼は生徒達から嘲笑と侮蔑の目に晒されていたのだ。
(ジェニーがいなくなったのはどうでもいい。けど、何でアーシェルまでいないんだ!?)
エイリックは眉間に皺を寄せ、唇を噛みながら学園長室を訪れ、彼に問い質す。
「学園長先生、僕の婚約者のアーシェルはどうしてずっと学園に来ていないんですか? 彼女の家には何故か誰もいないし、両親は何も教えてくれないんです。彼女は一体何処に行ったんですかっ! 先生なら知っているでしょう!?」
「は? こ、婚約者……? 君は彼女と『婚約解消』したのでは――」
「していません! あれは手違いです! 学園長先生、答えて下さい! アーシェルは今何処ですかっ!?」
この王国で立場が強く、学園に多大な寄付をしているオルティス公爵家の跡継ぎに強くは出れず、学園長は額にダラダラと汗を掻きながら素直に白状してしまった。
「か……彼女は、隣国のウォードリッド王国の学園に転園したんだ」
「て、転園っ!? 隣国!? この国から出て行ったって事ですか!?」
エイリックは愕然とし、暫くその場で立ち尽くしてしまう。
「……逃さない……。絶対に逃さないよ、アーシェル。君は僕と一緒になるんだ。それが運命なんだ。君は僕と結婚して、僕を幸せにするのが運命なんだ――」
エイリックが親指の爪を噛みながらブツブツ呟き部屋を出て行くのを、学園長はただただ茫然と眺めていたのだった……。
-・-・-・-・-・-・-・-
隣国のウォードリッド王国への移動手段は、徒歩か、馬車を乗り継いで行くか、野宿込みで隣国に直行向かう馬車があり、急いでいるアーシェルとレヴィンハルトは、野宿込みの直行馬車の旅を選んだ。
馬車の中で色んな景色を眺めている間は楽しかったが、発作が起きると一気に辛さが勝ってしまう。
レヴィンハルトはそれを踏まえ、馬車では常にアーシェルを自分の腕の中に置き、彼女にケープを掛けていた。
そして、アーシェルの発作が起きる直前に、自分達に『音声遮断』の術を掛け、彼女を隠すように抱き込む。
間も置かず素早くハンカチを彼女の口に当て、発作が過ぎるまで優しく背中を擦るのだ。
周りから見ると、彼は恋人を人目憚らず溺愛し甘やかす男で。
馬車の他の乗客は、そんなレヴィンハルトを冷やかしたが、彼はフッと美麗に微笑み、
「えぇ、とても大事な子なので。いつでもすぐ傍にいたいのです」
……と、あっけらかんと口にし、周りを苦笑させ、アーシェルを真っ赤にさせたのだった。
野宿の時も、レヴィンハルトはアーシェルを離さなかった。発作の回数が日に日に増えているので、すぐに対処する為だ。
「すみません、ローラン先生……。何度も御迷惑をお掛けしてしまって……」
レヴィンハルトの胸の中で、毛布に包まれたアーシェルが申し訳無さそうに謝ると、彼は首を横に振った。
「気にするな。あと、俺はもう『先生』じゃない。あの時のように『レヴィン』と呼んでくれ」
「あ……はい。レヴィン、さん……。ありがとうございます」
「あぁ」
レヴィンハルトは目を細めて優しく微笑むと、アーシェルを深く抱き込み、彼女の頭頂部に顔を埋めた。
アーシェルは、彼の胸の心地良い暖かさに、いつの間にか眠ってしまっていたのだった。
-・-・-・-・-・-・-・-
翌朝早々に出発した馬車は、お昼過ぎにウォードリッド王国へと到着した。
王都が最終地点だった馬車は、その入り口付近に乗客を降ろして走り去っていった。
「ここが……ウォードリッド王国の王都……。皆、生き生きとして……とても活気がありますね」
「あぁ、治安も良く住み易い場所だ。君もすぐに気に入ると思う」
「はい!」
賑わう店や人を眺めながら笑顔で頷いたアーシェルに、レヴィンハルトも微笑む。
「ずっと馬車に揺られて疲れただろう? 何処かで一息つくか?」
「いえ、私……セルに、――この国の王子様のセルジュ殿下に、一刻も早くお会いしたいです。ここからお城行きの馬車って出ていますか?」
アーシェルの質問に、レヴィンハルトは複雑な表情を見せ、やがて小さく頷いた。
「……俺も、君を城に連れて行きたかったんだ。早速行こうか。ここからなら、俺の“瞬間移動の術”が使える。すぐに城に行けるぞ」
「えっ?」
「……アーシェル嬢。真実を知って、俺を責めても恨んでも全く構わない。……すまない……」
「……レヴィン、さん……?」
レヴィンハルトはそう言うと、怪訝に眉根を寄せるアーシェルを引き寄せて肩を抱き、“瞬間移動の術”を使ったのだった。
1,459
あなたにおすすめの小説
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
孤独な公女~私は死んだことにしてください
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】
メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。
冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。
相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。
それでも彼に恋をした。
侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。
婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。
自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。
だから彼女は、消えることを選んだ。
偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。
そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける――
※他サイトでも投稿中
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる