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9.迫りくる危機
しおりを挟む「全く、あの役に立たない馬鹿娘めっ! 多大な『聖なる力』を産まれ持ってきたから、気味悪い目を持った不気味な娘でも大事に育ててやって、その力と侯爵家の安泰を引き換えに陛下に嫁がせたのに、力を譲渡した途端離縁されおって! 王后になった妾のように、もっと色目を使って陛下を誘惑して子を成せば良かったものを!! そうしたら簡単に離縁なんぞされなかっただろうに……! クソッ!!」
イシェリアがいなくなった執務室に、ロウバーツ侯爵の苛立った罵声が響く。
イシェリアが産まれた時、侯爵と侯爵夫人は驚いた。
自分達や先代達の瞳の色ではなく、不気味に妖しく輝く黄金色の瞳だったからだ。
産まれたその子に気味悪さと怖れを感じながら、何か特別な魔力があるんじゃないかと思ったロウバーツ侯爵は、イシェリアを連れて大神殿に行き、上位の神官に訊いてみたのだ。
すると、彼女は偉大なる『聖なる力』を持っていることが分かり、それは稀に見る“特殊なもの”であることも分かった。
その力は自分では使えず、“契りを交わした者”に譲渡されるものだ、と。
通常は身体全体に魔力が流れているのだが、イシェリアの場合、球体の形に濃縮され身体の子宮内に留まっているとのことだった。
“契りを交わす”――すなわち“口付け”か“性交”だ。
それを神官から聞いたロウバーツ侯爵は、侯爵家の外れにある温室にイシェリアを幽閉し、世話役は女性の使用人のみで、他には誰にも会わせずに十七年間そこで生活をさせた。
そして当時もうすぐ王になるコザックに謁見し、イシェリアの『聖なる力』のことを話したのだ。
「その力があれば、貴方様は今よりもっと強大な力を持ち、国民達からの尊厳と栄光を高めることが出来ますぞ」
……と。
コザックはその話に勢い良く喰い付き、イシェリアが成人になる十八歳に、彼女と政略結婚することになったのだ。
但し、『聖なる力』の譲渡は、譲渡される者との“相性”や、魔力の問題が出てくる。
例えば相手が『闇』属性者だと、相反する力の為に互いに反発し、精神と身体がどういう状態になるのか分からないのだという。良くない状態になるのは確からしい。
魔力も少ないと、契りを交わした途端、強力な『聖なる力』に飲み込まれて魔力が暴走し、良ければ廃人、最悪な場合命を落としてしまうかもしれない、とのことだった。
ロウバーツ侯爵とコザックは、上位の神官からそんな話を聞かされ、結婚当日のイシェリアとの『初夜』は無しとなった。
そしてコザックは、魔力を高める為に大神殿に定期的に通い、神官からの祝福を受けることになる。
神官の許しが出るまでは、イシェリアに対して“口付け”と“性交”は絶対禁止となったのだった。
「最近になって、ようやく神官の許しが出たのかもしれませんわ。だから子を成すことは難しかったのかもですわね」
「それが駄目でも、二年間も一緒にいたのなら、陛下の心を射止めることも出来ただろうが! あの馬鹿娘の所為で、『子を成せず、妾に陛下を取られ王妃を失脚した哀れな女』として、この国一番の滑稽な噂になってしまうではないか! ロウバーツ侯爵家の名にタップリと泥を塗りおって……!!」
ロウバーツ侯爵の怒りが収まらない。鬱憤を晴らすように執務机をバンバン叩く。
「あの馬鹿娘が生きている限り恥じた噂が立ち、侯爵家の尊厳は下がる一方だ……。――あぁ、そうだ。勘当なんて生温いものじゃなくて、もういっそのことこの世から消してしまおうか……? そうだ、そうしよう。『傷心を癒やす為に旅に出た途中で賊に襲われ殺された』ことにすればいい。侮蔑ではなく哀れみの目で見られる方が、何かと都合が良いからな。同情心で色々と手や金を貸してくれる者も現れるだろう。何て良い考えなんだ、グフフッ」
ロウバーツ侯爵の不穏な言葉に、夫人と令息はギョッと目を剥いた。
「あなた、それは本気で仰ってますの……?」
「それって……アイツを“殺す”ってことか、父さん……?」
「あぁ、そうだ。暗殺業を生業としている組織を知っているから、儂が手配しておく。我がロウバーツ侯爵家に汚点を残す者はいらないからな。お前達だって周りから後ろ指をさされるのは嫌だろう?」
ロウバーツ侯爵の言葉に、最初は戸惑っていた二人も大きく頷いた。
「確かにそうだな。あんな穀潰しの気色悪いヤツの為に俺が陰口叩かれるのは嫌だし。さっさと殺して平穏を取り戻そうぜ」
「周りの目を気にしてお茶会に行けなくなるのは困りますわ。早く実行をお願いしますわね」
「分かった、早速手配しよう」
三人は意地汚く嗤い合い、ロウバーツ侯爵はすぐさま手配を始めたのだった――
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