前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜

望月 或

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8.ロウバーツ侯爵家にて

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「はあぁッ!? 国王陛下と離縁して戻ってきただとぉッ!? 何やってんだ貴様はッッ!?」


 ロウバーツ侯爵家の執務室に、喚きに近い怒声が響き渡る。
 中にいるのはイシェリアと、彼女の父である頭の薄いロウバーツ侯爵、彼女の母である無駄に豪勢な髪型をしているロウバーツ侯爵夫人、そして彼女の兄である意地悪い性格がよく出ている顔つきのロウバーツ侯爵令息だ。

 アーテルはイシェリアの顔の横でパタパタと浮かんでいる。勿論彼女以外には誰も見えない。


「ハッ! 役立たずはどこに行っても役立たずだな」


 ロウバーツ侯爵令息がイシェリアを見下ろし、鼻で嘲笑う。


「はぁ……。侯爵家の恥晒しですわ。戻ってこなくてもよろしかったですのに……。恥ずかしいったらありゃしない……」


 ロウバーツ侯爵夫人が溜め息をつきながらぼやいている。


『……なぁ、コイツら、ハリセンで思いっ切りバシバシバシってブッ叩いていーか?』
(ふふ、気持ちだけ受け取っておきますね――って、もしかして……『浄化』した時の頭を叩かれた衝撃ってハリセンでしたかっ!?)
『おぅ。すっげぇ効いたろ?』
(……高位の種族で威厳のある【精霊】の武器がハリセン……。【精霊】の住まう【精霊界】では、常にツッコミが入っているんでしょうか……。ボケは足りているんでしょうか……)


 イシェリアは実家に帰る道中、アーテルから【精霊】や【精霊界】のことを色々と訊いたのだ。


「この馬鹿娘がッ!! 今すぐ陛下に復縁を申し込んでこい!! まだ間に合うだろう!?」


 物思いに耽っていると、ロウバーツ侯爵がとんでもないことを言い出した。


「……残念ですが、お父様。国王陛下には他に、『一番』愛する女性が傍にいたのです。その方を正妻である王后にすると。なので私は不要となりました」
「ハアァッ!? 何だって!? ――では、もう渡して用無しになってしまったと、そういうことか……」


 ロウバーツ侯爵がブツブツと何かを言っているが、イシェリアには小さくてよく聞き取れなかった。


「……分かった。貴様は陛下にとって不要な存在になったと、そういうことだな」
「そういうことです」
「なら、侯爵家も貴様のような不要者はいらんッ! 侯爵家から勘当だッ! どこへでも好きな所にいくがいい!! 但し、貴様に渡せる物や金は一個も一銭も無いからなッ!!」


(……やっぱりそうきましたね……)


 予想通りの展開に、イシェリアは心の中で苦笑を漏らした。


「ははっ! ザマーミロだな。もう戻ってくるなよ、穀潰しが!!」
「この恥晒し娘っ! さっさと出て行きなさいな!!」


 侯爵に続いて、畳み掛けるように侯爵令息も侯爵夫人もイシェリアに辛辣な言葉を掛ける。


『うあぁーっ! コイツら、メッッチャクチャブッ叩きてえぇーっっ!!』


 アーテルが憤りの叫びを上げている。
 イシェリアは自分のことのように怒るアーテルに感謝をしながら顔を伏せ、小さく頭を下げた。


「……分かりました。今すぐ出て行きます。今までお世話になりました」
「ふん、侯爵家の恥がッ! 二度とその顔を儂に見せるなよッ!!」
「…………」


 ロウバーツ侯爵の言葉を背中に受けながら、イシェリアは執務室を出た。



「――お嬢様!!」



 その時、心配で様子を見守っていた執事と使用人達がイシェリアのもとに駆けつけてきた。


「お嬢様、大丈夫でしたか……?」
「えへへ、勘当されちゃいました」
「かっ、勘当ぉっ!?」


 頭を掻いて笑うイシェリアの言葉に、その場にいた全員が一斉に驚き、次々と悲嘆の声を上げる。


「そ、そんな……っ!?」
「何て酷い……! お嬢様を勘当だなんて……っ!」
「この侯爵家は、毎月お嬢様が送って下さっていたお金で何とか保っていたのです。それが無くなった今、この家はどうなってしまうのでしょう……」


 イシェリアは、王妃に割り当てられる予算を捻出して、侯爵家に毎月支援金として送っていたのだ。他は慈恵事業として使っていた。


「……こんなどうしようもない侯爵家を昔からずっと支えてくれた皆さんに、感謝の言葉をいくら伝えても足りません。特にゼッタさんは、父や母の代わりに、侯爵領の民の為に沢山動いてくれて、どれほど感謝の気持ちを伝えればいいのか……」
「いいえ、いいのですよ、お嬢様。お嬢様が王妃になられた後も、侯爵領を住み易くする為に色々と対策をして下さったではありませんか。それに比べたら大したことではございませんよ」


 ロウバーツ侯爵家の執事であるゼッタは、そう言うと優しく笑みを返してくれた。


「ゼッタさん、そして皆さん……本当にありがとうございます。ささやかですが、私から贈り物があります。良かったらどうぞ受け取って下さい」


 イシェリアはそう言って微笑むと、使用人全員にそれぞれ一枚の紙を配った。
 使用人達はそれを見ると、一様に目を見開く。


 そして全員が涙ぐみ、イシェリアを次々と抱きしめていったのだった。



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