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35.王の“愛”

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 メローニャがいなくなり、シンと静まり返った部屋に、フレデリックの溜め息の音が聞こえた。


「……次は兄上が大人しく罪を償う番ですよ。身に覚えは十分あるでしょう?」
「…………」


 コザックは下を向き、何も答えない。フレデリックはもう一度深い息を吐くと、重たい口を開き話し始めた。


「……兄上は王になられてから、まだ妾で王族ではないメローニャに、国庫金を勝手に使い金品を与えています。それと同様に、兄上の私用にも国庫金を使っていますね。二人合わせるとかなりの金額になります。巧妙に隠していたようですが、会計管理も手を付けていたイシェリアには隠し切れなかったようですね。その証拠をまとめた書類は、彼女が作成してくれていました」
「……イシェリアが?」


 イシェリアの名前に反応し、コザックが顔を上げる。


「はい。ですが彼女は告発しようとした訳では決して無く、その状況が続くようなら、証拠の書類を見せて諌めようと思っていたそうです。そんな日が来ないことを祈り、彼女は金庫にそれを仕舞っていました。暗証番号は、『この国の建国年』。“初心に返って頑張って欲しい”の願いを込めて……ね」
「…………」


 コザックはそれを聞き、無言でイシェリアの方へと顔を向けた。彼女はそれに気付き、目を逸らすように顔を伏せる。


「……この国では、奴隷を売ったり買うことを禁ずる『奴隷禁止法』が定められており、破ると重い罰が下されます。ですが兄上は王になられる以前、何人もの奴隷を隣国から買い、その者達に非道な暴行を加え、飽きたら捨てていますね。その購入代も勝手に国庫金を使って。激しい暴行の末死亡した者もいます。けれど、その者は秘密裏に消されていますね。生き残った者達は恐怖に震え、兄上の名前を聞くのも嫌だという怯えようだったのですが、身の安全を保証すると伝えたところ、漸く証言をしてくれました」


 そこで、コザックの口から小さく舌打ちが漏れた。


「奴隷を買う行為は、一年前まで続いていますね。それからは購入した経歴が無い……。イシェリアに『洗脳魔法』を掛けてから無くなった……?」
「イシェリア……。――そうだ、イシェリアと話がしたい。なぁイシェリア、君は私を愛しているんだろう? 私の罪を軽くするように取り計らってくれないか?」


 コザックの懇願するような声音に、イシェリアはフルフルと首を左右に振った。


「出来ません。それに、私は陛下を愛していません」
「ハァッ!? そんなのは嘘だッ!! くそっ! また『洗脳』が解けたのか!? メローニャめ、あれほど強く掛けろと言ったのに……! あの役立たずが……ッ!!」
「陛下、私は」
「その気味悪い黒髪の男に何か吹き込まれたんだな!? そんな怪しい男の言うことは一切聞くなッ!! 君は私だけを信じて、私の言うことだけを聞いていればいいんだッ!!」
「聞いて下さい、陛下」
「あんなに私のことを『愛している』と言っていたじゃないか。私も君のことを心から愛しているよ。気付いたんだ、私が『一番』に愛する人は君なんだって――」
「違いますっ!!」


 コザックの言葉を、イシェリアは大声で否定して遮った。
 そんな大声を出した彼女は初めてだったので、コザックは驚き言葉を止める。


「陛下は、私のことを『愛玩用の人形』としか思っていません!! だから可愛がりもするけれど、傷つけたりするのも全く構わないんです!! 何をしても問題ない、自分の“所有物”だと思っているから……。陛下の言う“愛”は、本当の“愛”ではありません!! ……私を……愛してなんかいません。私も、陛下を愛していません……」


 瞳に涙を滲ませ、カタカタと震えながらも懸命に言葉を伝えようとするイシェリアの身体を、ユーリが労るように優しく抱きしめる。


「……おい黒髪、私のイシェリアから離れろ。その子に勝手に触れることはこの私が許さん」
「……こんなにこの子が一生懸命訴えたのに、まだそれを言うんですか。やれやれ、大馬鹿丸出しですね。本当にゴミクズ未満ですね。いい加減“罪”を認めてさっさと牢獄に入って下さいよ。さっきからグダグダと耳障りで煩いったらないです」


 ユーリがイシェリアを抱きしめながら呆れ口調で言うと、コザックは彼をギッと強く睨みつけ、不意にイシェリアの方を向くと猫撫で声で彼女に言葉を投げた。


「イシェリア……。そんな気色悪い男に構う必要は無い。私とずっと一緒にいよう? な?」


 イシェリアはそのコザックの問い掛けに、震える唇でキッパリと言った。



「陛下、もう私に構わないで下さい。二度と私の前に姿を見せないでっ!!」



 コザックはイシェリアの返答に大きく両目を見開かせ、やがて顔を伏せた。


「……そうか……。――分かった……。罪を認め、牢獄に入ろう。だがその前に、最後にイシェリアの顔をよく見たい。イシェリア、私の傍に来てくれないか? 君一人で来て欲しいんだ……。本当に……本当に何もしないから……。ただ、愛しい君の顔を近くで見るだけ……。私の最後の……一生一度のお願いだ。頼む、イシェリア……」


 酷く意気消沈した様子で、コザックは眉尻を下げイシェリアの顔を仰ぐ。
 身体もすっかり弛緩しており、抵抗する気は完全に失せたようだ。

「…………」

 イシェリアはユーリを見上げ、微かに頷く。
 ユーリは溜め息をつくと頷き返し、彼女の身体をそっと離した。


「お前達、念の為にしっかりと兄上を押さえ付けていてくれ。絶対に離すんじゃないぞ」
「畏まりました!」


 イシェリアはフレデリックにも礼の意味も込めて頷くと、ソロソロとコザックのもとへ歩き始めた。


 彼女が目の前に来た瞬間、コザックは素早く顔を上げ、騎士の顔に唾をペッと勢い良く吐き掛けた。


「うわっ!?」


 騎士は驚き上半身を上げ、コザックの身体を離してしまった。その隙をつき、コザックは懐に隠し持っていた短剣をもう一人の騎士に斬りつける。


「くっ!?」


 騎士は辛うじてその一撃を避けたが、コザックを完全に解放してしまった。
 彼の顔に大きく歪な笑みが浮かぶ。
 素早く立ち上がると、驚き固まっているイシェリアの身体を乱暴に抱き寄せ、腕の中に捕えてしまった。


「あっ!?」
「――あぁ……あぁ!! やっぱり君の温もりと匂いと柔らかさは堪らないなぁ! フフッ……改めて感じたよ。やはり私は君を心から愛してると。だって君といつまでも一緒にいたいし、君の血肉を貪り尽くしたいほどに君を欲している。これを“愛”と言わず何て言うんだい?」
「いやっ!! 離し――」
「イシェリア? 君と二人、誰も追い掛けて来ない遠い国へ行って、一生一緒に暮らそう。そこで君を調教して、もう二度と私から逃げる気なんて起こさないようにしてあげるよ。君の白く美しい肌に、鮮やかな赤い色はとてもよく映えるんだ。毎日、朝から晩までたっぷりと可愛がってあげるよ。君の『処女』は逃してしまったのは残念でならないが、まぁいい……。君の血と涙を一日中味わえるのだから……。ははっ、最高じゃないか! ――あぁ……今からすごく愉しみだ……。フ……フハハハッ!!」


 コザックがイシェリアを深く抱きしめて密着している為、剣を向けることも、魔法を掛けることも出来ない。
 彼女も確実に巻き添えを喰らってしまうからだ。


 コザックは高らかに嗤いながら、懐から『移動ロール』を取り出した。何かあった時の為に、いつも忍ばせて持ち歩いていたのだ。



 そして彼は、口の両端を歪に持ち上げた満面の笑顔で、『移動ロール』をバサッと大きく広げた――



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