イージスの盾

櫃間 武士

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第1章「ジョニー、自殺する」

06

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 俺は社員食堂のテーブルの上に仰向けに倒れ、胸の上には体重260ポンドのリックがまたがった。

 リックは思いっきり上半身を後ろにそらすと、俺の首に巻きつけた鎖を引っぱった。

 周囲から声にならない悲鳴があがった。

 俺は首の骨が折られ、下手をすれば首がもぎ取られるだろう。

 誰もがそう考えた。

 だが、俺はまったくのノーダメージであった。

 金ノコでも切断できない超合金のステンレス製の鎖が俺の首を絞めつけていたが、少しも息苦しくなかった。

 それどころが、自分の上に乗った巨体の体重も感じていなかった。

 目には見えないが、シールドのような物が俺の全身を覆い、外からのどんな攻撃も完全に防いでくれていた。

 俺はじっくりと冷静にリックを下から観察していた。

 プライドをずたずたにされ、必死の形相で俺の首を締め上げている。

 所詮、腕力に頼るしかない愚鈍な奴だ。

(いつまでもこんなヤツの相手をしていられるか!)

 俺はリックの両耳を掴んで固定すると、リックの鼻ッ先に頭突きをかました。

「グゲッフッ!!」

 リックの鼻骨が折れて、ひしゃげた。

 鼻を押さえるためにリックが鎖から手を放した隙に、俺は逆にリックの上に馬乗りになった。

「ルールを破ったのはそっちが先だからな!」

 そう言って、俺は狙いすましてリックの顔の中心に肘打ちを食らわせた。

 これなら、俺のような力のない素人でも、大きな攻撃力を与えることができる。

 鎖はまだ俺の首にまきついている。

 何の効果もないのに、リックはバカの一つ覚えのように鎖を必死になって引っ張っていた。

 俺が何度も何度も肘を振り下ろしているうちに、リックの顔は鮮血に染まり、周囲に血が飛散した。

 だが、俺の身体についた返り血ははじかれて、服にはシミ一つついていない。

 それに、いくら殴っても肘はまったく痛くならなかった。

 俺は疲れもしていないし、汗一つかいていない。

 しかし、俺にはやはり暴力沙汰は向いていないようだ。

 最初の頃こそ、俺を長年痛めつけていたリックを殴れて気分がスカッとしたが、正直言って、もう殴るのにも飽きてきていた。

(これなら、何時間でもこうしていられるなあ…………)

 俺は漠然とそんなことを考えながら肘を振り落としていた。

「ジョニー!!もうやめて!!」

 マリーが悲痛な声を上げ、俺はハッと我に返った。

 とうの昔に、リックは動かなくなっていた。

(ヤバイ!殺しちまったか?)

 俺はリックの襟首を掴んで揺さぶった。

「ウッ……………ウッ………………………………」

 かすかにリックがうめき声をあげた。

 俺はホッとして、襟首を離した。

 リックの後頭部がテーブルの上に落ち、ゴンと鈍い音がした。

「ウソだろ…………。リックさんがやられちまったよう!」

 茫然としているカートに向かって俺は手を差し出した。

「おい!手錠の鍵をよこせ!」

 カートはビクビクしながら胸ポケットから鍵を取り出すと、俺の手のひらにそっと載せた。

「やれやれ…………」
 
 俺は肩をすくめると、自分の左手にはめられていた手錠を外した。

 俺はふと、思いついて、その手錠をカートの右手にカチャッとはめてみた。

「な、何するんだ、てめぇ!」

「大事なボスと仲良く手をつないでいな!」

「――――こ、こ、こ、こんなマネして、タダで済むとおもうなよ!俺たちにはフィフス・ストリートがついているんだからな!!」

 カートが必死に凄んだ顔を作って俺を睨みつけたが、カートはポケットモンキーのような顔をした小男なので、よけいに滑稽に見えた。

 俺はカートを無視してテーブルから降りると、マリーにフォークを突きつけているスティーブにゆっくりと近寄った。

 そして、まだ目の前で起こったことを理解できず、固まったままのスティーブの手から、ヒョイとフォークを取り上げた。

「てめぇ………!!」

 スティーブが俺を恫喝しようと、大口を開けた。

 俺はスティーブの口めがけて、ポイッと手錠の鍵を放り込んだ。

「ングッ!?」

 スティーブは目を白黒させて、思わず鍵を飲み込んでしまった。

「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ………!」

 スティーブが顔を紅潮させて咳き込んでいる隙に、マリーは彼の手を振りほどいて逃げ出し、俺の胸の中に飛び込んだ。

「ジョニー…………!無事でよかった…………!」

「言っただろう。俺には超能力があるって」

「だってぇ…………」

「これで、職場のダニ掃除も終わった。俺も安心して、この工場を辞められるよ」

「ジョニーッ!?」

「――――さようなら…………」

 マリーは俺の手を離すまいときつく握りしめた。

 だが、俺の手は、マリーの手の中から手品のようにスルリと抜けた。
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