イージスの盾

櫃間 武士

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第4章「ジョニー、娘と添い寝する」

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「やれやれ!やっと眠れるぜ!」

 俺は自分のベッドの上にバタッとうつ伏せに倒れこんだ。

「毛布、掛けてくれよ」

 俺はセラベラムについ、そう頼んでしまった。

 ベッドの脇に立つセラベラムは、毛布をつかもうするのだが、彼女の指は毛布をすり抜けてしまう。

「そうか。お前、物に触れないんだな」

 俺はベッドの上に起き上がって、セラベラムの腕を掴んだ。

 白くて細い華奢な腕だ。

 暖かい体温も感じた。

「こうして、俺はお前の腕を掴むことができるのに……、やっぱりお前はただの幻なんだな」

「うふふ!私に触れられるのはパパだけですもの」

 俺は目をパチクリとした。

「なんかどんどん人間らしくなっていくなあ、お前……」

「いけませんか?」

 セラベラムはしょんぼりと悲しげな表情で、俺を上目づかいで見つめた。

 どんどん表情も豊かになってきているぞ。

「い、いや!別に文句を言ってるわけじゃねぇよ。ただ、今更だけど……」

 俺はまじまじとセラベラムの顔を見つめて尋ねた。

「お前、なんで、天使の恰好してるんだ?」

「この姿は、パパが毎日見ていた天使の姿を借りました」

「俺が毎日見ていた………?」

 セラベラムは黙って、部屋の壁を指さした。

 指が指し示す先を目で追うと、壁に銃弾の跡があり、床に壊れた額縁が落ちていた。

「そうか!!忘れてたぜ!!」

 あの額縁は俺がこのベッドに座って、ピストル自殺をしようとした時に壊した物だった。

 俺は自分のこめかみを撃ったが、その弾をはじいてあの額縁に当たったんだ。

 その時、俺は初めて自分が不死身の身体になったことに気づいたのだ。

 俺はベッドから飛び降り、床に落ちたままになった小さな額縁を拾い上げた。

 額縁のガラスは割れ、中の絵にも銃弾の穴が空いていた。

 その絵は、三人の美しい天使たちが楽器を奏でながら歌っている物だった。



 小さな文字で、「ウィリアム・アドルフ・ブグロー 天使の歌」と説明書きが書いてある。

 これはハイスクール時代、恋人のマリーとの初デートで行った近所の美術館――金がなかったんだよ――で買った記念の品だ。

 ずっと昔から壁に掛けていたので、すっかりその存在を忘れていた。

「この姿ならパパも警戒せずに、仲良くしてくれると思ったので、感覚器官を通さずに直接パパの脳に私のイメージを構築しました」

「ふーん………?ま、細かい説明は後にしてくれ!ともかく、俺は寝る!」

 俺は自分で毛布をかけると、ベッドの上に横たわった。

 すると、セレベラムが翼を畳んで、もぞもぞと毛布の下に潜り込んできた。

「な、なんだよ!?俺はもう寝るんだぞ!」

「一緒に横に居させて下さい」

 そう言って、セラベラムは俺の胸の上に頭を乗せて、抱きついてきた。

 セラベラムの温かい体温と柔らかい胸の感触、トックントックンと脈打つ心臓の鼓動、ほろ甘い肌の匂いさえ感じられ、本当にここに彼女の身体が存在するみたいだった。

「しょうがねぇなあ…………」

 俺はひどい疲労から、泥のような眠りに押し流された。





 気が付いたら、俺の身体は漆黒の宇宙空間に浮かんでいた。

 俺の傍らには、大きく翼を広げたセラベラムが宙に浮いていた。

 俺たちの背後には細かくちぎれた白雲に覆われた青い地球が浮かんでいる。

「なんだ、こりゃあ!?」

「パパの夢の中です」

「何だ夢かよ!静かに寝かせてくれよ!」

「パパの身体はちゃんと休息を取っていますから、安心して下さい。口で説明するより、この方が分かりやすいと思って、パパが寝るのを待っていました」

「しちめんどくせーなぁー!俺はマンガ読んでても、ややこしい説明は飛ばして読まねぇんだ。とっとと終わらせてくれよ!」

「もしもパパが、自分たちが生まれ育った地球が、意思を持ったひとつの生命体だと知ったらどうしますか?」

「とりあえず、話しかけてみるな」

「人間の声なんか小さすぎて、地球は気づきませんよ」

「じゃあ、月にでっかい文字を書いてみる!」

「さすがはパパです!!」

 地球のそばに、ポンと月が現れた。

 月の中央には「I LOVE YOU」の文字が刻まれている。

「これなら、地球も気づいてくれます。何しろスケールが違いすぎて、コミュニケーションを取るのも一苦労です」

 俺はセラベラムの言ってることを理解しようとあれこれ想い巡らせた。

「つまり、俺が地球で、お前が月だと言いたいのか?」

「さすがはパパです!」

「と言うことは、俺の体内には小さな知的生命体が何十億匹も住んでいて、お前はそいつらが造ったのか?」

「さすがはパパです!!実際には40兆程ですが」

「だったらお前を造った小さな人間ってのは…………」

 俺の目の前には、表面に複雑な形をした突起物が幾つも付いているガラスのように透き通った球体が現れた。

「これが、パパの体内で暮らしているナノレベルの知的生命体の姿です」

「ウゲェ!!ウィルスじゃねぇか!こいつらが、俺の身体の中にウジャウジャいて、俺を守ったり、お前のイメージを操作したりしているのか!?」

「さすがはパパです!!!」

「お世辞はもういい!」

「お世辞じゃありません!私たちはみんな、パパのことを愛しています!!」

 母なる地球か。なるほど。セラベラムが俺のことを「パパ」と呼ぶわけだ。
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