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エピローグ
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静かな雨が緑の丘や樹をほの白く煙らせる。
墓石が丘の斜面に沿って規則正しく並んでいる。
雨傘をさした喪服姿の大勢の参列者が、一つの真新しい墓石を囲んで影のようにひっそりと佇む。
「――彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」
牧師の荘厳な声が丘に響き渡る。
大勢の人たちがすすり泣き、嗚咽する。
「主よ。我々のために雄々しく戦い、人生の旅路を終えたジョニーを、あなたの御手にゆだねます」
参列者一同が「アーメン」と俺のために祈りを捧げてくれた。
やがて、葬儀も終わり、あれだけ大勢いた参列者も潮が引くように散っていった。
「自分の葬儀に参列するなんて、趣味がわるいですよ、パパ」
俺の頭上をセラベラムがふわふわと浮遊している。
俺は黒いレインコートを着用し、深々とフードを被って顔を隠している。
俺は自分の名前の刻まれた墓石を前にして、しばらく突っ立っていた。
「――俺のオヤジが殺された時、フィフス・ストリートを恐れて誰も葬儀に参列してくれなかった。それは寂しいものだった。俺は思ったんだ。自分が死ぬ時はこんな葬儀は絶対に嫌だと……」
「パパはフィフス・ストリートを命がけで倒したヒーローですからね。ハリウッドスター並みの参列者でしたよ。これで満足したでしょ。そろそろ帰りましょう」
「帰るって、どこへ?俺は死んだことになっているんだぞ!」
俺は苛立ちを覚え、踵を返すと急ぎ足で墓地を後にした。
停留所で俺は一人、雨に打たれながら、バスが来るのを待っていた。
「ご機嫌ななめですね。でも、パパみたいな特異能力者が生きてるとバレたら、たちまち拘束されて、利用されるだけですよ」
「わかってるさ。だから誰にも知らせず、俺は消えるんだ。今度のバスが来たら、西でも東でもどこでも行くさ…………」
「ニューヨークの五番街に行きますか?それとも日本の秋葉原に行きますか?」
「お前もジョークも言えるようになったな。笑えんが……」
降り続いていた雨が、糸の切れたようにふっと止む。
薄明光線が雲の細い隙間から、ひとかたまりに流れほとばしる。
眩い光線の柱が放射状に地上へ降り注ぐ。
俺は思わず足を止めて、空を仰ぎ見た。
柔らかな日ざしの下では、生も死も同じくらい安らかなように感じられた。
「美しい…………」
涙がぐっとこみ上げ、俺は声を詰まらせた。
「セラベラム。あの雲の隙間から太陽の光がさす現象をなんて言うだった?」
「光芒ですか?太陽柱と言います」
「いや、そうじゃなくて…………」
と、突然背後から、聞き覚えのある女性の声がした。
「天使の梯子ですね…………。きれい…………」
俺は興奮で胸が激しく波立つのを感じた。
ゆっくりと振り返る。
そこには、喪服姿のマリーが立っていた。
(セラベラム!どうして、知らせなかった!?)
俺は声に出さずにセラベラムを責めた。
(私はパパに危害を加える敵の存在しか知らせませんよ。マリーさんはパパに危害を加えないでしょ)
いや!十分俺は、精神的ダメージを受けているぞ、セラベラム。
「――――雨がやんだようですね」
そう言って、空を見上げながらマリーは傘を閉じた。
ブロンドの長い髪にブルーアイ、天使のようなマリーの顔を久方ぶりに見た。
少し痩せて、やつれている。
俺の葬儀の時に泣いたのだろう、目が赤く腫れあがっている。
可愛いマリー。
彼女に悲しい思いをさせた、それだけが気掛かりだった。
雨が止んだのに、いつまでもフードを被っているのはおかしい。
俺は思い切ってフードを外して、顔をさらけ出した。
――――人間の細胞は日々、新しく生まれ変わる。
肌や髪なら1ヶ月もたてば全く作り変え、別人に生まれ変わることができる。
セラベラムに作り変えてもらった俺の新しい顔を見ても、マリーは俺がジョニーだとは気が付かなかった。
マリーは俺の隣で静かにバスを待っていた。
やがて、バスが来た。
バスに乗りこんだマリーが振り返り、バス停の残る俺に向かって不思議そうに尋ねた。
「乗らないのですか?」
俺は笑顔を作ると、無言で首を振った。
そして、走り去るバスを、俺は祈りを込めて見送るのだった。
墓石が丘の斜面に沿って規則正しく並んでいる。
雨傘をさした喪服姿の大勢の参列者が、一つの真新しい墓石を囲んで影のようにひっそりと佇む。
「――彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」
牧師の荘厳な声が丘に響き渡る。
大勢の人たちがすすり泣き、嗚咽する。
「主よ。我々のために雄々しく戦い、人生の旅路を終えたジョニーを、あなたの御手にゆだねます」
参列者一同が「アーメン」と俺のために祈りを捧げてくれた。
やがて、葬儀も終わり、あれだけ大勢いた参列者も潮が引くように散っていった。
「自分の葬儀に参列するなんて、趣味がわるいですよ、パパ」
俺の頭上をセラベラムがふわふわと浮遊している。
俺は黒いレインコートを着用し、深々とフードを被って顔を隠している。
俺は自分の名前の刻まれた墓石を前にして、しばらく突っ立っていた。
「――俺のオヤジが殺された時、フィフス・ストリートを恐れて誰も葬儀に参列してくれなかった。それは寂しいものだった。俺は思ったんだ。自分が死ぬ時はこんな葬儀は絶対に嫌だと……」
「パパはフィフス・ストリートを命がけで倒したヒーローですからね。ハリウッドスター並みの参列者でしたよ。これで満足したでしょ。そろそろ帰りましょう」
「帰るって、どこへ?俺は死んだことになっているんだぞ!」
俺は苛立ちを覚え、踵を返すと急ぎ足で墓地を後にした。
停留所で俺は一人、雨に打たれながら、バスが来るのを待っていた。
「ご機嫌ななめですね。でも、パパみたいな特異能力者が生きてるとバレたら、たちまち拘束されて、利用されるだけですよ」
「わかってるさ。だから誰にも知らせず、俺は消えるんだ。今度のバスが来たら、西でも東でもどこでも行くさ…………」
「ニューヨークの五番街に行きますか?それとも日本の秋葉原に行きますか?」
「お前もジョークも言えるようになったな。笑えんが……」
降り続いていた雨が、糸の切れたようにふっと止む。
薄明光線が雲の細い隙間から、ひとかたまりに流れほとばしる。
眩い光線の柱が放射状に地上へ降り注ぐ。
俺は思わず足を止めて、空を仰ぎ見た。
柔らかな日ざしの下では、生も死も同じくらい安らかなように感じられた。
「美しい…………」
涙がぐっとこみ上げ、俺は声を詰まらせた。
「セラベラム。あの雲の隙間から太陽の光がさす現象をなんて言うだった?」
「光芒ですか?太陽柱と言います」
「いや、そうじゃなくて…………」
と、突然背後から、聞き覚えのある女性の声がした。
「天使の梯子ですね…………。きれい…………」
俺は興奮で胸が激しく波立つのを感じた。
ゆっくりと振り返る。
そこには、喪服姿のマリーが立っていた。
(セラベラム!どうして、知らせなかった!?)
俺は声に出さずにセラベラムを責めた。
(私はパパに危害を加える敵の存在しか知らせませんよ。マリーさんはパパに危害を加えないでしょ)
いや!十分俺は、精神的ダメージを受けているぞ、セラベラム。
「――――雨がやんだようですね」
そう言って、空を見上げながらマリーは傘を閉じた。
ブロンドの長い髪にブルーアイ、天使のようなマリーの顔を久方ぶりに見た。
少し痩せて、やつれている。
俺の葬儀の時に泣いたのだろう、目が赤く腫れあがっている。
可愛いマリー。
彼女に悲しい思いをさせた、それだけが気掛かりだった。
雨が止んだのに、いつまでもフードを被っているのはおかしい。
俺は思い切ってフードを外して、顔をさらけ出した。
――――人間の細胞は日々、新しく生まれ変わる。
肌や髪なら1ヶ月もたてば全く作り変え、別人に生まれ変わることができる。
セラベラムに作り変えてもらった俺の新しい顔を見ても、マリーは俺がジョニーだとは気が付かなかった。
マリーは俺の隣で静かにバスを待っていた。
やがて、バスが来た。
バスに乗りこんだマリーが振り返り、バス停の残る俺に向かって不思議そうに尋ねた。
「乗らないのですか?」
俺は笑顔を作ると、無言で首を振った。
そして、走り去るバスを、俺は祈りを込めて見送るのだった。
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続きが楽しみです(^ω^)
ありがとうございます。
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