イージスの盾

櫃間 武士

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エピローグ

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 深夜三時だというのに、いまだにパトカーや救急車のサイレンがあちらこちらでけたたましく鳴り響いている。

 俺がフィフス・ストリートのアジトをぶっ壊してから、まだ二十四時間たっていない。

 まだまだ街の治安は落ち着いてはおらず、周囲は騒然としている。

 俺は病院の向かいに建つマンションに忍び込むと、屋上に上がった。

 マンションの屋上から飛び降りると、歩道で反動をつけてジャンプする。

 そして、俺は道向かいの病院の五階の窓に音もなくしがみついた。

 そっと窓を開けると、俺はクラウが集中治療を受けている病室に忍び込んだ。

 部屋の中の空気は薬品や、病人の吐く息で重く淀んでいた。

 クラウに接続されたバイタルサインの測定機器が、規則正しい信号音を響かせている。

 セラベラムはベッドで眠るクラウの胸の中に頭を突っ込んで体内を調べている。

「クラウの様子はどうだ?」

「体温、脈拍、呼吸、血圧………。現在、すべてのバイタルは安定しています。でも、脊髄が損傷しています。一生、車椅子ですね」

 相変わらず、俺以外の人間には人情味のカケラもない口調だ。

「治せないのか?」

「私の仲間を百億個ほどクラウディアさんの体内に移住させたら、ゆっくりと体内から細胞を修復して、元通りなります」

「よかった!」

 俺はホッと安堵のため息をついた。

「だが、お前たちは俺の体内から出たらすぐに死ぬんじゃなかったのか?」

「パパの遺伝情報を受け継いだ者の体内になら生存可能だと、言ったでしょ」

「ちょ、ちょっと待て!どういう意味だ………?」

「クラウディアさんは、パパの子供を妊娠しています」

「そんなバカな!」

「身に覚えはあるでしょ」

「しかし、俺とクラウはあの晩一度限りだぞ。そんなドンピシャで妊娠するなんて………」

 頭の中でピンと弾ける音がした。

「お前たちか!?お前たちの仕業だな!」

「はい。私達がせっかくの受精の機会を見逃すわけないでしょ」

「――――まいったなあ!」

 俺は当惑して頭を抱えた。

「クラウは俺の子供なんか欲しがるか?」

「大丈夫です。クラウディアさんの脳下垂体からオキシトシンを分泌させています。オキシトシンは分娩中や授乳中に母親の脳内から血中へと分泌される神経伝達物質の一つです。別名『愛着ホルモン』または『絆ホルモン』と呼ばれる母性行動を誘導するホルモンです」

「――――つまり、クラウに母性愛を植えつけているのか?」

「今までパパが触れた女性達も同様に、パパに強い母性愛を抱き、精神的支配下に置かれたのですよ」

「それで女にしか効果がなかったのか」

「パパが男性にもてても、私たちは移住できませんからね」

 と、廊下から看護士の急ぎ足のスリッパの音がバタバタとした。

 病室のドアの隙間からそっと外の様子を伺うと、パイプ椅子に座った警護の警官が居眠りをしていた。

 まあ、もうクラウを狙うヤツはいないから安心しているのだろうが。

「そうそう。既にクラウディアさんの銀行口座には、多額の養育費を振り込んでいますから、ご安心下さい」

「そんな金、一体どこにあるんだよ!?」

「トレビノの口座から………」

「やっぱりそうか!お前、手回しがよすぎるぞ!」

「それは賞賛しているのですか?それとも、非難しているのですか?」

 俺は怒るでも呆れるでもなく、どこか達観した気持ちになってきた。

「どうしてお前ら、そんなに仲間を増やしたいんだ?えっ?地球を征服でもするつもりか?」

「愚問ですね。人類はどうしてそんなに子孫を残し、増えたがっているのですか?一緒です」

「生物の本能というわけか………」

「将来のことなど私たちにもわかりません。でも、この世に生を受けたからには、例え故郷の星が滅んでも、私たちは生きるためにあがき続けます」

「わかったよ。どのみち、クラウを治すためには、他に選択肢はないようだ。どうやって、お前の仲間をクラウの体内に移動させるんだ?」

「簡単です。お互いの粘膜を接触させてください。粘膜を通じて移住します」

「粘膜を接触って………?」

「生殖行為をお願いします」

「できるか!」

「――――仕方ありませんね。でしたら、接吻でもかまいません」

「ま、それなら………」

 俺はクラウの付けている酸素マスクを外し、唇を近づけた。

 クラウの唇に、そっと自分の唇を重ねた。

「もっと強く、深く!舌を差し込んで!ディープキスでお願いします」

  やがて、クラウは体の内側から灯がともったような温かな表情に変化していった。

 俺はひと仕事終わったような安堵感に包まれた。
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