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第一章
2話
しおりを挟む「司春蕾様ですね?」
「貴方は…」
「符 磊(フー レイ)と申します。今年から下級文官として王に仕えております」
声をかけてきた磊は、春蕾と同じ年か年下に見えたが、凛とした真面目そうな男であった。
しかし、その身なりはとても王宮に仕える文官とは言えないほど質素で、飾り気もなかった。
今年から仕えているということは、着任式で一緒だったはずだが、あまり印象にない。
「こちらを拾いまして」
「すまない」
受け取った本には確かに春蕾の名が書かれていた。
「春蕾様は兵法書がお好きなのですね」
「そういうわけでは…」
「実は私もこの本が好きでよく読んでいました。実際の戦には怖くて出られなかった甲斐性なしですが」
困ったように笑う磊に蕾はかけてやる言葉が見つからなかった。春蕾も同じであったからだ。
父や兄には、武力ではなく対話で戦を終わらせるなどと豪語していたが、実際のところは、戦に出るのが怖かったのだ。
「磊、私たちは良き友になれるかもしれないな」
「ぇ…私が、春蕾様の友に…?」
「あぁ。だから、そんなに気負わなくて良い。もっと楽に話してくれ。友としてこれから頼む」
磊は空いた口が塞がらず、目をぱちぱちとさせていた。それもそのはず。崔国で有名な名家出身である春蕾が、無名の家出身のただの下級文官に友だと言うのだ。普通ならあり得ない。
「わ、私などでよろしければ!」
「あぁ。よろしく頼む」
こうして初めてできた友は、夢見心地で帰って行った。
それから数ヶ月が経ち、
崔国はまた戦に勝利した。
久しぶりに武官が揃って帰郷すると聞き、王宮では盛大な式典が催されることとなった。数百名の文官、武官がずらりと勢揃いした様子は圧巻だった。
父が王の前と歩いてゆく。
春蕾も宮殿の端に並んでその姿を見ていた。とても誇らしい気持ちになるのと同時に、少し肩身が狭い。
そして、父の次に呼ばれたのは、春蕾の兄の名だった。兄もまた、父に次ぐ武功をあげていた。
「最後に、雷飛龍将軍、前へ。雷飛龍将軍は司梓豪将軍の第一軍長として、戦の先陣を切り、またしんがりを務めた。敵の将を打ち取り、崔国の勝利に貢献した」
そう読み上げられると、王宮の中にどよめきが起こる。
将軍になって僅か数年で父の軍長を務め、また大きな武功をあげたのだ。これは崔国史上最も早い出世であり、普通ではあり得ないことで、人間の所業ではないと怯える者もおり、化け物か何かでは無いかと声が聞こえてくるほどだった。
「またあの男が…?」
「人間ではない。いつか国を乗っとるやも知れぬ」
「雷家の長男だからと贔屓されすぎではないか?」
「武功をあげられたのも家柄のおかげであろう」
「化け物だ…」
ヒソヒソと文官たちが嫌味を並べている間に、雷飛龍は堂々と王の前に歩み出て跪いた。
周りの文官武官達たちは、ほぼ全員が不服そうにその様子を見つめており、春蕾も最初はそうだと思った。
しかし、父は部下を家柄で判断するような人間ではない。実力者を長として抜擢するのが父のやり方なのだ。
それ故に飛龍の実力が確かなのは認めざるを得なかった。それに比べて春蕾はまだ宮殿の端に追いやられている身。
「父上も兄上もあんなに慕われて、春蕾様も誇らしいでしょう。私にもあんな父や兄がいたらと、羨ましいです」
「あ、あぁ…そうかもしれないな」
磊は素直に祝福してくれているのに、春蕾は複雑だった。
しかし、まだまだ合わせる顔がないと思っていた矢先、兄の婚姻が正式に発表された。
婚姻の相手は上級武官の娘で、春蕾や颯懍の幼馴染だった扬蓮花(ヤン レンファ)。蓮花は崔国一の絶世の美女と言われており、彼女には何十人もの求婚者がいたと言う。春蕾もかつて恋をした相手だった。
それから1週間後、2人の式は司家にて盛大に開かれた。
参列者は上級から下級まで、集まった貴族は数百人を超え、また民衆からも慕われていた2人には、民からも様々な贈り物が届いた。
しかし、貴族の中には、崔国で1、2を争う出世頭である兄の第二夫人を狙う者や絶世の美女を一目見ようと集まってきた輩も多かった。
「兄上!蓮花もおめでとうございます」
「あぁ。ありがとう。」
「ありがとうございます。春蕾様」
兄の隣で微笑む彼女は、まるで天女のような美しさで参列した者達は、言葉を失い、その珠のように輝く美貌に釘付けになっていた。
それは、春蕾も同じだった。
幼い頃から共に過ごした2人が一緒になることが嬉しくもあり、1人残されたようで少し寂しくもある。
しかし、誰から見ても間違いなく2人は理想の夫婦であった。
幸せそうに笑う2人を心から祝福し、用意をしていた余興のために一度部屋に戻った。
賑やかな場所から切り離されたように静寂が広がる部屋で、春蕾は姿見に向かっていた。夜鈴がギュッと腰紐を締めると、困ったように眉を下げた。
「夜鈴、少し苦しい…」
「申し訳ございません。解けぬようにと…」
「私も久しぶりだからか、少し緊張している…剣を握るのはいつぶりだろうか…」
「しかし、本当にこれをお着けになるのですか?」
「あぁ。私が剣を振るえると思われては、文官としての立場がなくなってしまうからね」
「ではなぜ剣舞を?」
「あの2人は私の剣舞をいつも褒めてくれた。だから、2人が1番喜ぶものを、と」
そう言うと、夜鈴はそれ以上は何も聞かず面纱を手渡した。春蕾はそれを着けて顔を隠すと、花の髪飾りで留めて夜鈴から剣を受け取った。
宴会場に戻ると、招待客は皆騒がしく酒を飲んでいた。春蕾は横目でその様子を見ながら外に出て、ひとり中庭の中央に立った。
その日は特に満月が美しく輝く夜だった。
1人の武官がいつの間にか中庭に現れた踊り子を見つけ、次第にその存在に気が付いた皆の視線が集まってくる。
春蕾は目を閉じ、大きく深呼吸をする。
大丈夫。この面纱と闇夜の中であれば、誰も私が司春蕾だとは気づくまい。
闇の中、一筋の月の光だけが踊り子の姿を映し出す。
剣を水平に保ち、地面を蹴って軽やかに飛び上がる。ひらりと長い髪や袖や裾が振れ、まるで一輪の花のように咲き乱れた。
蝶のように音もなく軽やかに宙を舞い、穏やかな時が流れているように見える姿だが、それに反して手元の剣は目にも止まらぬ速さで踊り子の身体の周りを行き来していた。
その細い体から繰り出される圧巻の剣捌きは、何年も戦場を渡り歩いた武将にも勝る神業だと誰もが思ってしまうほどに速く、強く、そして美しかった。
時折、月の光が剣に反射して星の光のように眩く瞬く様は、まさに人間がなせる技ではない。あれは神の巫女に違いない。
誰もが瞬きを忘れ、その剣舞に魅入ってしまっていた。
最後に天高く飛び上がり、音も立てずに着地した踊り子は、皆に深く礼をして剣を鞘に収めた。
それから数秒後、やっと割れんばかりの拍手と歓声が上がった。
春蕾は足早にその場を去る。
正体を知られてはならない。
正面で見ていた兄上と蓮花だけが、この美しい剣舞の踊り子の名を知っていた。
剣舞を終え、礼をして顔を上げた時、2人と目が合った。
兄上は深く頷いてくれた。春恋も素晴らしかったとばかりに温かな笑みを贈ってくれた。
春蕾は、ただこの2人のためだけに舞ったのだ。だから、他の連中の感想など必要なかった。
「待て!」
宴会場の廊下を駆け抜けて屋敷の裏に回ろうとしていた時、背後から声が聞こえた。
しかし、春蕾は足を止めなかった。
「待てと言っている!」
走りながら後ろを振り返ると、すぐ後ろをあの雷飛龍が追ってきていた。
まるで戦場で馬に乗って駆ける武人のように後を追ってくるその迫力に、思わずヒッと声を上げる。
ガシッと腕を掴まれ、動きを止められた。春蕾は必死に振り解こうとするが、ビクともしない。
「暴れるな。殺しはしない」
「っ」
「先程の剣舞は誰に習った」
「…」
「あの剣捌き、ただの踊り子とは思えぬ。お前は誰だ?」
「…」
「武家の娘か?」
娘…?
いや、私は男だ。そう言い返してやりたかったが、正体を知られてはまずい。司家と敵対するこの男には特に。
もしバレたら、なぜ戦に出ないのかと問われかねない。強制的に戦場へ向かわされるかもしれない。そうなれば、自らの手で人を殺めなければならなくなる。それだけは避けたい。
「何も答えぬつもりか。フッ…」
飛龍は春蕾の腰に腕を回し、ぐっと体を引き寄せた。
「近くで見るとなお美しい。お前が気に入った。顔を見せろ」
そう言って面纱に手を伸ばす。春蕾は、一瞬力が弱くなった瞬間を見計らって飛龍の胸を突き飛ばし、持っていた剣を引き抜いた。
「この私と剣でやり合う気か?面白いではないか」
「っ」
「命知らずな女は嫌いではない。お前を私の妾にしてやろう」
飛龍も剣を引き抜き、楽しそうに構えた。しかし、2人の剣が交わることはなく、両者が剣を構えて距離をとった隙に、春蕾は衣を翻して闇の中へと消えた。
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