剣舞踊子伝

のす

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第一章

12話

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飛龍はただぼんやりと眺めていた。





あれはよく晴れた日のこと。
手入れをされた庭には沢山の庚申薔薇(チャイナローズ)が咲き乱れ、春の訪れを告げるヒバリやメジロが木の枝から鳴き声を響かせていた。




視線の先には、木刀を勢い良く振り下ろし、鍛錬をする1人の少年の姿があった。




「飛龍?どうした、疲れたか?」

「いや…」



少年らの父たちは、今まさに戦場で血を流して戦っているというのに、この温かで平和な時間が流れている事にどこか違和感を覚えていた。


共に鍛錬をする2人の勇ましい姿の裏に弛まぬ努力の形跡が色々な場所にいつくも見える。
額を流れる汗を拭った手にはいくつもの潰れたマメ。身体中に付いたあざや傷。


「飛龍、そろそろ一戦交えるか?」

「あぁ。臨むところだ」


2人は深く礼を交わし、木刀を持って対峙した。


ヒュッと風が吹き、髪がふわりと靡く。
その瞬間、2人の木刀が交わり、大きな音を響かせた。


「くっ…相変わらず重い剣だなっ…」

「っ!そっちこそ厄介な剣捌きだっ…」


剣の腕は少年の方が上だが、力の強さでは飛龍の方が上だった。
一度距離を取って体勢を立て直し、相手の出方を待とうとするが、そんな隙を与えないとでも言うように、次々と技が繰り出される。

飛龍はそれをなんとか避けながら、力で剣を跳ね除ける。


そして、今度はこちらが剣を振り下ろしたその瞬間…少年は石に躓き、大きな尻餅をついた。


「うわっ!痛てて…」

「大丈夫か?」

「あぁ。飛龍の威圧感にやられてしまったようだハハハ」


さっきまでの張り詰めていた空気の糸がプチンと切れたのか、2人は腹を抱えて笑い出した。

そんな時、1人の少女が駆け寄ってきた。


「兄上!」

「お、どうした?今日は先生に稽古をつけてもらう日ではなかったか?」

「私は剣など習いたくないです!」


颯懍にしがみつく少女は、どうやら稽古から逃げ出して来たらしかった。

兄に声をかけられても少女は兄の胸に顔を擦り付けて離れるのを嫌がった。
流石は武官の名門。司家では女も剣術を磨くのだなと、飛龍は思った。


しばらくその少女の泣き言に付き合ってやっていた颯懍だったが、このままでは自分たちも稽古ができないと困った顔をこちらに向けてくる。
飛龍は近くにあった桃色の花を手折ると、棘を全て切り落としてから少女の前に差し出した。


「ほら、もう泣くな。これをやろう」

「わぁ…!綺麗…ありがとう!」



ふいに向けられた笑顔は、太陽の光に照らされて、手折った花に負けないほど明るく美しくキラキラと輝いていた。
幼いながら整った顔立ちと無邪気なその姿に一瞬見惚れたのは言うまでもない。



それから時は流れ、司家と雷家はどちらの子の方が先に出世するかを競い合うようになり、だんだんとその溝が深くなっていった。

あの日以来、司家に出入りすることはなくなり、少女が誰なのかを聞くこともできなくなった。

しかし、戦場で倒れそうになった時、いつも助けてくれたのはあの時の少女の笑顔で、思い出すたびに自覚するほど彼女への気持ちは大きくなっていたが、戦友であり、ライバルであり、あの少女の兄である颯懍にはずっと言えずにいた。

それに彼が一緒になった戦場で話すのは、養子に迎えた弱気な弟である春蕾と許婚の蓮花の事ばかり。
なぜかあの少女の事は、彼の口から一度も聞いたことがなかった。




さらに時は流れ、武官の中でもその地位を確実なものへとする中で、彼女の面影を探して数々の女の心を奪い、抱いたが、彼女以上に心を奪ってくれる者は誰もいなかった。

いつしか飛龍は、崔国1の好色家と呼ばれるようになっていた。















そして、颯懍の婚礼の儀。





月明かりに照らされ、美しく剣舞を舞った1人の娘に、また心を奪われた。



間違いない。
あの時の少女だと確信した。
飛龍が昔手折った花と同じ、桃色の庚申薔薇の髪飾りを付けていたから。






「ずっとお前を恋慕っていた」

「っ!」

「あの日、私に笑顔を向けた時から、お前に惚れていたのだろう」

「…」

「妾にすると言ったが、訂正する。お前を私の妻にする。必ず。」



飛龍はもう一度抱きしめる腕に力を込めたが、その腕は別の男によって剥がされる事になる。



「飛龍将軍。私の妃に何をしているのかな?」



そこには満面の笑みの太子殿下が立っていた。その貼り付けたような笑顔だが、目は全く笑っていない。
片方の手が腰の剣に添えられていることから察するに、この妙に感じる殺気は気のせいではないらしい。



「太子殿下。この娘は私が先に目をつけていた娘です」

「今は私の妃だが?」

「沢山いる妃の1人でしょう?」

「飛龍将軍も、沢山いる遊び相手の1人であろう?」

「今回の反乱を未然に防いだ褒美に譲って頂いても良いのでは?」

「それは出来ぬ相談だな。この妃は特別なのだ」



笑顔のまま睨み合う2人にあわあわと動揺を隠せない夜鈴に、苦笑いの劉帆と磊。そして、また大変な事になったと頭を抱えて大きなため息をつく春蕾。


「あの…」


夜鈴が恐る恐る声をかける。


「「なんだ」」


その声に同時に振り返る太子と飛龍。


「その…恐れながら申し上げますが…そう言うのは本人のお気持ちも大事かと…」

「「何」」


磊も夜鈴に続いて言う。


「だから…その…妃殿下のお気持ちも考慮した方が良いかと…」


そのごもっともな言葉に太子と飛龍は一瞬顔を見合わせると、今度は春蕾に向かってこう言った。


「「……お前/其方はどちらを選ぶのだ」」







戦いは終わったのではなく、今まさに開戦を迎えようとしていた。


















結局あの後、皆んなで王宮に戻ったのだが、春蕾が太子と飛龍のどちらの馬に乗るかでまた揉めたのは、言うまでもない。
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