剣舞踊子伝

のす

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第一章

11話

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「春麗大丈夫か?」

「太子殿下…」

「おいで。心配したぞ」


温かい胸の中に抱きしめられ、微かに香る花のような甘い香りに包まれる。
その安心からか、身を委ねたくなる。

その時、太子殿下から引き剥がすように首根っこを掴まれて、今度はそのまま後ろから抱きしめられた。


「春蕾、剣舞の踊り子を連れて来なかったな?」

「なっ!!離せ!」

「口答えするな。お前は私のものだ」









ハッとして目が覚める。
暗い部屋の中、春蕾は柱に手と体を縛り付けられていた。
ここへ来てどれくらいの時間が経ったのだろう。

窓もなく、朝なのか夜なのかも分からない。ぐぅぅと腹が鳴り、喉が渇く。
一体いつからここにいたのだろう。
唯一ここから出られる扉の外からは人の気配がしているので、ここは厳重に見張られているらしい。







誰か来る…





少しずつ近づいて来る足音に身構えた。
もういっそ自分が男であるとバラすか。妃ではないと偽るか。
いや、そんな事をしたら直ぐにでも命を落としてしまう…。賢明な判断ではない。どうすれば…。


「んふふふ…」


扉を開けたのは大臣だった。
前に見た時よりもずっとご機嫌で、鼻歌まで歌っている。

大臣は春蕾に近づくと、顎を掴んで顔を近づけ、得意げに言った。



「んふふ。お前はやはり私を王座に導く天女であったか」

「…っ」

「お前の名を出した時のあの者たちの顔ときたら…実に滑稽であったぞ!ははは」




天女だと?馬鹿馬鹿しい。私は男だ。

大臣を睨みつけ、ふいっと顔を背けて顎を掴んでいる手を振り払う。こんな時でも目の光は失わず自我を保つ春蕾に、大臣はふむ…と少し考えた。



「女にしては随分と肝が座っている。妃だからか…司家の者だからか…」



普通の人間ならば、こんな死地に立たされた時、震えて助けを求めるか、縋って命乞いをするか、泣き叫ぶかするはずだ。
それなのにこの女は一言も発さず、ただこの状況を静かに耐え忍ぶだけ。
大臣は大した女だと笑った。



「名はなんと言う」

「…」

「ふむ…答えぬか。妃の中で唯一、名も家柄も何もかも噂が出回らない訳だ。」

「っ」

「良かろう。明日の夜には太子を殺し、その罪を司家に着せてやるつもりだ。」

「なっ!」

「王は司家の一族全員の処刑を言い渡すだろう。一族処刑後に身寄りの無くなった罪人の子であるお前を、私が生涯可愛がってやろう。名はその時に知ればよい。」

「!」

「ついでにあの煩わしい雷飛龍と兪劉帆も太子の暗殺を企てた共謀者として処刑してやる。邪魔者がいなくなれば、あとは王を殺すだけだ。ははは!」



この男…本当に国を乗っ取る気だ…そればかりか司家、名だたる将軍たちをも滅ぼそうとしているなんて。
その後、私を生涯可愛がるだって?想像しただけで身震いする。こんな男に飼われるくらいなら飛龍に飼われる方がよっぽどマシだ。
早くこの男の企みを誰かに知らせなくては。

大臣が出て行ってから、縄を擦り合わせたり、手首を回してみたりしたが、簡単には抜け出せそうにない。

ここを出る頃には国が変わってしまっているのだろうか……そんな悪い考えが頭をよぎる。

その時、扉の外が騒がしくなり、また誰かの足音がこちらに向かってくる。



ドンっ…バタっ…



外で数回鈍い音がしたあと、突然扉が開いた。真っ白な眩しい光が差し込み、目を瞑った瞬間、誰かが春蕾の縄を切った。



「春蕾様っ」

「夜…鈴…どうして…」

「太子殿下は後から来られます。飛龍将軍と劉帆将軍が潜入していますので合流しましょう。早くこちらへ!」



春蕾は急いで立ち上がり、夜鈴と共に部屋を脱出した。
部屋の入り口に倒れていた見張りは夜鈴が1人で倒したのだろう。本当に夜鈴こそ大した女だ。

2人は広い屋敷の中を駆け抜けていく。
そんな慌ただしい足音に気づいた屋敷の者たちが、次々に声を荒げて剣を持って後を追ってきた。



「女が逃げたぞ!」

「追え!!ぐはっ」



バタンっ…



人が倒れる音が聞こえて、咄嗟に後ろを振り返った。そこには覇気をまとった劉帆が立っていた。
宴会で見たおちゃらけた彼とは違い、春蕾でも一瞬足がすくむほど、将軍としての威圧感が溢れ出していた。
劉帆は流れるように追手をどんどんと斬り倒し、春蕾に向かって叫ぶ。



「妃殿下!お逃げください!ここは私が!」



その声に背中を押され、2人はまた走り抜けていく。このだだっ広い屋敷はどこまで続くのか。何度も角を曲がって扉を開いて駆け抜けてきたのに、まだ玄関に辿り着かない。


その時、物陰から追手が飛び出してきて、春蕾に飛び付いた。
いきなりで避けきれず、追手と共に床に転がり、すぐさま男が馬乗りになって春蕾を押さえつける。




「春蕾様!」



足を止めた途端に追ってきた者たちによって周囲を囲まれてしまった。
すると今度は夜鈴が持っていた刀を引き抜き、男顔負けの剣術を披露する。
それはかつて春蕾が教えた剣舞を模倣した動き。技術面では春蕾に及ばないが、夜鈴も立派な剣士だった。


「春蕾様!先にお逃げください!」


男を自分の上から引き剥がし、蹴りを入れたところで夜鈴が叫ぶ。


「早く!」


武器を持たない自分は無力で、ここにいる事でむしろ夜鈴足を引っ張るだけだと判断した春蕾は、急いで立ち上がり今度は1人で駆け出した。

しかし、また新たな追手の足音はずっと後ろで聞こえていて、それは止まれば命がないということを示していた。
劉帆と夜鈴が身を挺して戦ってくれている今、自分が殺されるわけにはいかない。




早くここから逃げねば!!



ドンっ



「ぅっ」



角を曲がったところで誰かとぶつかった。


「おや。お前から私に飛び込んでくるとは。随分と急いでどこへいく?剣も持たず、1人では逃げることもできんぞ?」


慌てて距離を取ろうとするも、大臣は春蕾の細い腰に手を回してズイと身を寄せ、春蕾の顎を掴み、まじまじと顔を見た。


「もう私の手からは逃げられんぞ?んふふ」


まるで酒に呑まれた愚かな酔っ払いのように、後ろに回した手でいやらしく春蕾の尻を撫でた。


「私に触るな」


春蕾は一瞬のうちに男の腰から剣を奪い、その首元に剣先を向けた。



「何っ」







「妃殿下!」



聞き慣れたその声に後ろを振り返った瞬間、今度は剣を握った手を捻り上げられ、後ろから短剣を首元に突きつけられた。
春蕾が奪った剣は手を離れて床に跳ね、キリリと痛む手首に顔を歪める。



「痛っ!」

「これはこれは飛龍将軍。私の屋敷に何の用ですかな?」

「その娘から手を離せ」

「太子殿下はどこです?約束を破られたと言うことは、妃はどうなっても良いと?」


飛龍に見せつけるように春蕾の耳元でそう言うと、真っ白な首筋に舌を這わせた。春蕾はその気持ち悪さに顔を歪めてぶるりと体を震わせる。


「離せ」

「ん?」

「離せと言ったのだ」


飛龍の血を這うような低い声と殺気に、大臣は一瞬後ずさる。


「この女のために将軍自ら命を差し出すと言うなら離してやっても良いですぞ?」

「……構わぬ」



飛龍はちらと春蕾を見た後、剣を遠くに投げ捨て、その場に膝立ちになり、首を垂れた。
束ねた長い髪の間から筋肉がついた凛々しく太い首が無防備に晒された。


何故そんなことをするのか、春蕾には理解できなかった。

好色家であり、性格に難がある面を除いて、飛龍はこの国にとって必要な存在だと言う事は、文官である春蕾は十分理解をしている。
そんな人の命を太子殿下のいち妃のために犠牲にするなど勿体ない。

そもそもなぜ私のために、そうも簡単に命を差し出せるのか。




「飛龍将軍!」



春蕾が戦意を感じなくなった飛龍に声をかけたが、反応が全くない。
それと同時に大臣は乱暴に春蕾を突き飛ばし、待っていたとばかりにニヤリと笑って、飛龍の首を目掛けて剣を振り上げる。



しかし、それが振り下ろされることはなかった。



「貴様!!邪魔をするな!」

「飛龍将軍!お逃げください!」



どこからともなく現れた磊が大臣に剣を振るわせまいと腰をしがみ付いて叫んだ。
飛龍はその声にハッとして目に光が戻った。



バタンっ


しかし、大臣は磊を乱暴に剥がして床に引き倒すと、今度は磊に目を向けて勢いよく剣を振り下ろした。


「邪魔をするな!小僧!!!」

「うわっ!」

「磊危ない!!」


キンッ


「劉帆将軍!!」



磊の頭上、僅か15cmほどの所で劉帆の剣が大臣の剣を受け止めた。それと同時に春蕾の前を飛龍が通り過ぎ、大臣に剣を振るった。


足を切られ、痛みにのたうち回り、情けなく声を上げる大臣を冷たく見下ろし、剣に付いた血をサッと振るい落とす。



「ぁああああぁぁあ!!!!!」

「ここで殺しても良かったが、お前の処遇は太子殿下が決める」



兵たちが大臣を縛り上げ、連れ行く。
やっと全てが終わって危機が去り、劉帆もホッとため息をついて立ち上がった。



「無事か?」



春蕾の元へやってきた飛龍は、すっと手を差し出した。春蕾は戸惑いながらもその手を掴んで立ち上がる。それと同時に飛龍に抱きしめられた。



「無事でよかった…」

「…っ」

「やっと見つけた…」

「ぇ…」



春蕾の肩に顔を埋めるようにして抱きつく腕に、離すまいと力が込められる。
春蕾が男の姿をしている時とは全く違う飛龍の態度にどうすれば良いか分からないまま、春蕾は自身の手のやり場に困っていた。

すると、春蕾にしか聞こえない小さな声で、顔を肩に埋めたままの飛龍が語りかけた。



「ずっと探していた。お前だけを」

「ぇ…」



嘘だ。
この国の民なら知っている。
雷飛龍という男がどれほど好色家で、これまで数え切れないほどの女と噂になってきたことか。
ずっとお前だけ?呆れた。こんな都合の良い嘘で女たちを騙してきたのだろう。



「私の事など忘れたか?」



その問いかけに春蕾は首を傾げる。
昔この男と知り合いだったと?
そんなわけあるはずない。司家と雷家は対立しているので、当然仲良くした記憶もない。

それに、飛龍が探している女だが、そもそも司家には女兄妹すらいない訳で。
一体誰と勘違いをしているのだろうか。






「もう15年も前の事だ。お前は忘れてしまったかもしれぬな」
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