3 / 14
一
王都の滅びと始まりの前夜(3)
しおりを挟む
一筋、たいまつが木々のあいまを縫うように線を描きながら山を下りていく。エルストである。なんと野性的な姿だろうか。これがサムであれば、彼なら魔法の杖の先端を明るくさせ、たいまつの代わりにしたものであるが、エルストは、火打ち石で起こした火を木の棒に点けることしか手段を取れなかった。
山小屋のあるドラゴンの肉体は大きい。その肉体を下山しきるころには空にきっと朝日が昇っていることだろう。それでもエルストは構わなかった。何日かけてでも、二年前炎に焼かれた王都を目指す心持ちだった。
それが途絶えたのは中腹にまで下りてきたころだった。途中、エルストの付近でとつぜん爆音がしたのだ。
エルストはさっと青ざめる。エルストの下山に気づいたサムか、もしくは万が一にもサード・エンダーズか。後者ならば身の危険を感じてならない。このときエルストの、かつて奮い立っていたはずの気持ちはあっという間に〝危険〟に怯える弱小なものへと堕落していった。
だがエルストは恐怖とほんの少し残った好奇心を頼りに、爆音がしたほうへ足を延ばし始める。無造作に、生えるがままに生えた木々の鋭い枝や草を掻き分けながら、音のしたほうへと歩いていく。なるべく足音を立てないようにエルストは気をつけていたがこの闇夜のことだからきっと響いてしまうだろう。暗闇は人間の聴覚を敏感にさせるほか恐怖心も悠々と煽ってくる。
それでもエルストの心では、一歩進むたびに、好奇心が恐怖を強打するように膨れ上がっていくのだった。エルストにも不思議だった。「殺してやる」そんな気持ちも徐々に芽を再生させていた。しかしその思惑は、意外な形で摘み取られてしまうのである。
「あちちちち……」
エルストは額を強張らせた。エルストの勘と王都で過ごした記憶による性別を判別するための偏見が間違っていなければ今聞こえたのはおそらく少女の声である。
あたりを黒煙が占領している。たいまつはもはや頼りになどなっていない。なぜなら煙の濃さが強く、また周囲の地面や粗雑に荒れた木の枝ににちらちらと火が舞っているからである。まるで真っ暗な地面に火のついたロウソクが点在しているように見えた。しかし幻想的では全くなく、懐疑的な表情をしているエルストの輪郭がぼんやりと火の色に照らされている。
「参ったな~……ただの結界魔法だったかな、これ。ここじゃなかったのかな……ここだと思ったんだけどなあ、あの〝ありか〟……」
やはり少女の声だ。エルストが思うにあれは独り言である。
エルストの心の中ではいつしか、サード・エンダーズが爆音を起こした犯人であるという可能性は瞬く間に消え去っていた。
「誰?」
エルストはついに少女に尋ねた。
「えっ? 人?」
エルストは、地面に舞う火の上に立ち上がる、赤いマントを羽織った少女の姿を見た。
少女がエルストへと歩み寄っていく。ふたりの距離が近づくにつれ、エルストの目は、少女のあどけなさそうな顔立ちと丸い瞳を映すようになる。
「あなたがこの山に結界魔法を張ってた人ですか?」
少女はエルストに向かってそんなことを言った。
「結界魔法? 山に?」
エルストは訊き返す。途中、煙のせいで噎せた。
「え、違うの? じゃあもしかして、あなたのほかにも誰か人間がいるんですか、こんな山に」
少女はいかにも怪訝そうな表情をした。それはたしかにエルストに見えていた。少女は丸い瞳を細めてエルストの持つたいまつとエルスト自身の顔を見比べている。
「なんのこと? 君はいったい誰なの? 君がさっきの大きな爆発音をさせたんじゃないの?」
押し問答のようだったがエルストには続けざるを得なかった。少女はしばらくのあいだ表情という表情を固まらせ、エルストを直視したまま何かを考えているようにしていた。やがて気を取り直したようにこう語り始める。
「私はベル」
そしてそう名乗るのだった。
「ベル・テン。ちょっと目的があって〝あるもの〟を探してます。それを探すためにここに来ました、お邪魔してます」
「〝あるもの〟って?」
「国教の神様エオニオ様が使えたっていう魔法……〝最強の魔法〟。誰が相手であっても絶対に……殺せる魔法」
ベルがそう言った直後、火の粉に燃やされた木の枝が音を立てて地に落ちた。
山小屋のあるドラゴンの肉体は大きい。その肉体を下山しきるころには空にきっと朝日が昇っていることだろう。それでもエルストは構わなかった。何日かけてでも、二年前炎に焼かれた王都を目指す心持ちだった。
それが途絶えたのは中腹にまで下りてきたころだった。途中、エルストの付近でとつぜん爆音がしたのだ。
エルストはさっと青ざめる。エルストの下山に気づいたサムか、もしくは万が一にもサード・エンダーズか。後者ならば身の危険を感じてならない。このときエルストの、かつて奮い立っていたはずの気持ちはあっという間に〝危険〟に怯える弱小なものへと堕落していった。
だがエルストは恐怖とほんの少し残った好奇心を頼りに、爆音がしたほうへ足を延ばし始める。無造作に、生えるがままに生えた木々の鋭い枝や草を掻き分けながら、音のしたほうへと歩いていく。なるべく足音を立てないようにエルストは気をつけていたがこの闇夜のことだからきっと響いてしまうだろう。暗闇は人間の聴覚を敏感にさせるほか恐怖心も悠々と煽ってくる。
それでもエルストの心では、一歩進むたびに、好奇心が恐怖を強打するように膨れ上がっていくのだった。エルストにも不思議だった。「殺してやる」そんな気持ちも徐々に芽を再生させていた。しかしその思惑は、意外な形で摘み取られてしまうのである。
「あちちちち……」
エルストは額を強張らせた。エルストの勘と王都で過ごした記憶による性別を判別するための偏見が間違っていなければ今聞こえたのはおそらく少女の声である。
あたりを黒煙が占領している。たいまつはもはや頼りになどなっていない。なぜなら煙の濃さが強く、また周囲の地面や粗雑に荒れた木の枝ににちらちらと火が舞っているからである。まるで真っ暗な地面に火のついたロウソクが点在しているように見えた。しかし幻想的では全くなく、懐疑的な表情をしているエルストの輪郭がぼんやりと火の色に照らされている。
「参ったな~……ただの結界魔法だったかな、これ。ここじゃなかったのかな……ここだと思ったんだけどなあ、あの〝ありか〟……」
やはり少女の声だ。エルストが思うにあれは独り言である。
エルストの心の中ではいつしか、サード・エンダーズが爆音を起こした犯人であるという可能性は瞬く間に消え去っていた。
「誰?」
エルストはついに少女に尋ねた。
「えっ? 人?」
エルストは、地面に舞う火の上に立ち上がる、赤いマントを羽織った少女の姿を見た。
少女がエルストへと歩み寄っていく。ふたりの距離が近づくにつれ、エルストの目は、少女のあどけなさそうな顔立ちと丸い瞳を映すようになる。
「あなたがこの山に結界魔法を張ってた人ですか?」
少女はエルストに向かってそんなことを言った。
「結界魔法? 山に?」
エルストは訊き返す。途中、煙のせいで噎せた。
「え、違うの? じゃあもしかして、あなたのほかにも誰か人間がいるんですか、こんな山に」
少女はいかにも怪訝そうな表情をした。それはたしかにエルストに見えていた。少女は丸い瞳を細めてエルストの持つたいまつとエルスト自身の顔を見比べている。
「なんのこと? 君はいったい誰なの? 君がさっきの大きな爆発音をさせたんじゃないの?」
押し問答のようだったがエルストには続けざるを得なかった。少女はしばらくのあいだ表情という表情を固まらせ、エルストを直視したまま何かを考えているようにしていた。やがて気を取り直したようにこう語り始める。
「私はベル」
そしてそう名乗るのだった。
「ベル・テン。ちょっと目的があって〝あるもの〟を探してます。それを探すためにここに来ました、お邪魔してます」
「〝あるもの〟って?」
「国教の神様エオニオ様が使えたっていう魔法……〝最強の魔法〟。誰が相手であっても絶対に……殺せる魔法」
ベルがそう言った直後、火の粉に燃やされた木の枝が音を立てて地に落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
どうぞ添い遂げてください
あんど もあ
ファンタジー
スカーレット・クリムゾン侯爵令嬢は、王立学園の卒業パーティーで婚約もしていない王子から婚約破棄を宣言される。さらには、火山の噴火の生贄になるように命じられ……。
ちょっと残酷な要素があるのでR 15です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる