Ender's war~亡国王子の復讐譚~

急行2号

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イスヒス帝国(4)

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 この老人は誰なのか。エルストにはそれらしき人物に心当たりはない。二年前、自分に仕えていた老執事はいたが、このように険しい顔なんてしていなかったし、瞳の色も別物だった。そしてこの異様な右腕など――


「腕?」


 エルストは、なにか、胸に引っかかるものをおぼえた。


「へへへ。ははは。〝殺したい相手〟が二人も現れやがった。まったく今日はツイてんなあ」


 テレーマは剣を肩にかけて笑っている。絨毯の炎は広がりを増している。熱気と左脛の痛みのおかげでエルストの額には汗が滲むばかりだ。


「宮廷魔法使いは?」
「へっ?」


  老人に話しかけられたのはエルストだった。エルストは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「君には宮廷魔法使いはいないのかね」
「あ、いる……います! 助けに行きたい!」
「行こう」 


 老人はエルストの背中を押した。ところがエルストの左脛に激痛が走る。


「怪我をしているのか」


 顔を歪めたエルストを不思議に思い、老人はエルストの足を確認する。老人は己がまとう麻のマントのすそを左の人差し指で撫でた。すると、撫でた部分に切り込みが入る。ちょうど包帯のようになった麻の布切れを、老人は、人差し指を杖のように振って魔法を起こし、くるくるとエルストの傷口に巻き付けた。


「ま、魔法」


 礼を言うよりもまずエルストの口を突いて出たのは魔法に対する驚きだった。ベルが宮廷魔法使いとなって日も浅く、かつてサムも自分の前では必要最低限の魔法しか使っていなかったため、エルストにとって魔法はまだまだ縁の遠いものである。


「てめえらはここでくたばれってんだッ! セカンド・エンドの恨みを忘れてやったわけじゃあねえぞ!」


 テレーマがエルストを見逃してやるはずはなく、なにやら叫びながら次々と狙撃魔法を放ってくる。絨毯の炎を越えてやってこようとする火の玉を前に、老人は右腕をかざす。先ほど長いものが見えたのはエルストの見間違いだったのだろうか。老人の右腕は、しわくちゃな、ただの人間の腕である。


「マギラス」


 老人はなんとその場にいながら絨毯の炎をあやつり始めた。


「ダ!」


 絨毯から浮かび上がった、まるで火のドラゴンと化した炎は、老人の意のままに、テレーマが放った火の玉をも取り込みながらテレーマへと襲いかかる。エルストには火のドラゴンがこぶしを振りかざしているように見えた。


「うおっ! くっそッ」
「今のうちだ。さあ行こう。牢屋かね?」


 火のドラゴンがテレーマへと直撃することも待たず、老人はエルストを連れて謁見の間をあとにした。謁見の間に充満していた熱気は廊下にも伝わっていた。いや、このエルストの先を走る老人の魔法が謁見の間に発生していた熱気を拡大させたのだ。

 エルストは目の前の老人が登場したことに困惑しながらも、ベルたちのいる牢屋への道案内をした。道中、援助の知らせを受けたイスヒス兵が立ち塞がってきたため、エルストは剣を手放せずにいた。もっとも、イスヒス兵の多くは、老人の魔法により壁に打ちつけられていたが。


「ベル!」


 牢屋に辿り着いたエルストは老人をよそに叫びだす。


「あれ……ベル? ベル!」


 ところが、ベルやエルスト、赤毛の少女が入れられていたはずの檻はもぬけの殻だった。それどころか鉄格子はこなごなに砕けている。ただごとではないことが起こったのだろうということはエルストの目にも明白だ。


「いないのかね」


 老人は周囲を警戒しながらエルストに尋ねた。エルストは答える。


「わからない……けどここにはいない。無事……だといいけど」
「その檻を見て無事だと思えるのは素晴らしい精神だな」
「だって何が起きたのかさっぱりじゃないか!」


 エルストはむきになった。老人は砕け散った檻や鎖を指す。


「居場所に心当たりはないのかね? この様子だとそのベルとやらは逃げ出したようだが」
「知らないよ! アギだって奪われてるし……いや……アギ。待てよ。もしかしたらベルはアギを取り返しに行ったのかも」
「どこへ?」
「さ、さあ?」


 エルストと老人は顔を見合わせた。



「謁見の間って……ココですよね? うー、城の中は詳しくないのに、私」


 一方、ベルは赤毛の少女とともに牢屋を抜け出し、こそこそと身を潜めながら謁見の間へと到着していた。ベルは無防備である。赤毛の少女もまた装備品などはない。ふたりとも、ただそれぞれワンピースをまとっているだけだ。あたりはランプがあるとはいえ、やや薄暗い。


「なんかすっごく暑いし、なんかイスヒス兵はやたら倒されてるし……エルスト様、無事かなあ、んも~。ここにはいないのかなぁ? 皇帝と会うっていうから、てっきり謁見の間かと思ったのに……」


 愚痴っぽく吐き出すベルの肩を赤毛の少女が小突く。


「あの、加工済みドラゴンは取り返しにいかなくてもよかったんですか? あなた、王立魔法学園の生徒か何かだったんでしょう? 牢屋であんなに叫んでいたじゃないですか」


 赤毛の少女の腕もまたベルの手足のように傷ついている。赤毛の少女はベルと同じように脱獄していた。


「私だってアギを助けに行きたいですよう」


 ベルと赤毛の少女は謁見の間の扉に隠れ、広間の内部を覗き見ている。


「でも私、エルスト様の宮廷魔法使いになっちゃったし」
「えっ。あなた、宮廷魔法使いなんですか?」

「ええ、まあ」


 赤毛の少女はベルのうしろに身を屈めている。廊下のあちこちにはイスヒス兵が突っ伏している。気絶しているか、死んでいるかのどちらかだ。


「魔法……使い……」
「ん?」


 ベルはうしろを振り向く。


「今、何か言いました?」


 ベルに尋ねられた赤毛の少女はきょとんと目を丸めた。その直後、ベルらのそばに倒れていたイスヒス兵のひとりが身をよじりながら起き上がる。


「貴様らァ!」
「きゃあ!」


 赤毛の少女が悲鳴をあげた。そしてはっとしたように口を手で覆う。


「あいつ! 私たちを牢屋に入れたイスヒス兵だ」


 ベルが体勢を整えた。


「オスキタティオっ」


 ベルに人差し指を突きつけられたイスヒス兵は、その場にふたたび倒れこもうとする。ベルが放ったのは催眠魔法だった。ところが、倒れこむ間際、何者かの剣によって胸を一突きにされた。

 目の前で人殺しがおこなわれた。ベルは一瞬、その光景を受け入れられずに思考が停止する。


「あー、疲れた……プロトポロのやつ、やってくれるぜ。そしててめえら。ここを誰の城だと思ってんだ? 誰の許可を得てここにいる」


 イスヒス兵を刺したのは、謁見の間の奥から現れた長い黒髪の持ち主、テレーマだった。テレーマに刺されたイスヒス兵は血を吐きながら絶命した。テレーマは、己の部下を殺したのだった。


「え、なに、こいつ……」


 ベルは赤毛の少女を庇い立つようにしながらテレーマを凝視する。


「〝こいつ〟? おい。この国を統べる男になんて口の利き方だ」


 テレーマはベルを睨んだ。テレーマは、顔の右半分、いや、右半身が黒ずんでいる。黒髪もところどころ焦げついている。テレーマから放たれる異臭にベルは思わず鼻を塞ぐ。何かを焼いたようなにおいだ。


「テレーマ皇帝……陛下……」


 赤毛の少女はすでに怯えきっている。この男が皇帝なのか、とベルはようやく知る。


「てめえらは何モンだ? その様子じゃ……あー、なんだかムカつく予感がひしひしとするぞ。むかむかする。ひょっとしてエルストとかいう王子の関係者か?」
「エルスト様を知ってるんですか!」
「エルスト〝様〟ね。てめえの忠誠心は俺には向いていねえことがはっきりしたぜ」
「エルスト様はどこ!?」
「知らねーよ。一緒に探しに行くか? それとも不敬罪でここで死ぬか?」


 テレーマはベルらに剣を向けた。ベルは息を呑む。忘れてはいけない。今のベルは無防備なのだ。アギの魔力を借り、テレーマに立ち向かうような強力な魔法は使えない。いや、使えるが、それはベルの寿命を大幅に縮めるのと同義だ。ドラゴンと違い、魔法を使いすぎた人間は死んでしまうのである。


「あんたの前でなんて死んでたまるか。べーっだ!」


 だがベルは魔法を使った。腕の先から炎を放出した。ベルが生みだした炎が狙うのはテレーマである。


「おいおい! いま炎魔法なんか使うんじゃねーよ。炎にムシャクシャしてんだ俺は!」


 テレーマはなんと炎の中を突進してきたではないか。ベルの胸に悪寒が走る。斬られる、そう思った瞬間、うしろから腕を引かれた。


「逃げましょう、いけません!」


 果敢にもベルの腕を引いたのは赤毛の少女だった。赤毛の少女はベルを連れ、血相を変えて走り出す。


「な、なんで! まだエルスト様の居場所、聞きだしてません!」


 ベルは腕を引かれるままに走りつつも赤毛の少女に抗議した。赤毛の少女は叫ぶ。


「相手はあの皇帝なんですよ! 私の弟のように殺されてしまう! そんなのだめです。殺されてはだめッ」


 ベルはしばしのあいだ言葉を失う。迫りくるテレーマの鬼のような形相をベルは一瞥した。エルストやアギの居場所などはまだわからないが、それでもあの男なんかに殺されたりはしたくない、と、そう思った。


「ティフロポディ! ダ!」


 しかしテレーマはあくまでもベルらを取り逃がすつもりはなく、殺す対象として見ているようで、その場で勢いよく壁を叩き、ベルらの目の前に石壁から這い出たドラゴンのようなものを生みだした。先ほどプロトポロが絨毯の炎からドラゴンを生みだしたときのようであった。いまドラゴンの体を覆うのは炎ではなく石壁だが、きっと似た魔法に違いない。

 石壁のドラゴンは、まるで意志をもっているかのようにベルらに向けてこぶしを振りかざす。


「いや!」


 赤毛の少女が喚く。ベルはとっさに手を突き出した。


「バルク!」


 ところがベルの魔法ではこの石壁のドラゴンは砕けなかった。檻や鎖よりも頑丈らしい。ベルの魔法によって巻き起こった砂埃を突き破るように、石壁のドラゴンのこぶしがベルらに接近する。


「うぐっ」


 赤毛の少女を庇ったベルが、そのこぶしを脇腹に受けた。


「いった……」


 ベルが呻いている。その隙にも、石壁のドラゴンはふたたびこぶしを振り上げた。後方からはテレーマも迫ってきている。赤毛の少女は涙目になりながらベルの肩をさする。


「ティフロポディ・ズィオ!」


 ベルが叫んだ。するとベルの足もとから二頭のドラゴンが生みだされた。石床から生まれたドラゴンらはやはり頑丈で、一頭はテレーマへ、もう一頭はテレーマの生みだした石壁のドラゴンへと素早く近づき、そしてそれぞれ噛みついた。


「てめえ……ははは。寿命が惜しくねえのかよ?」


 石床のドラゴンに片腕を噛みつかれたテレーマは笑っている。


「すごい。こんな魔法、ふつうの人ではとても……」


 赤毛の少女はドラゴンたちを見ながら呟いた。


「ワープしますよ……」
「えっ? どこへ……」


 脇腹の痛みに顔を歪めるベルは赤毛の少女を連れ、謁見の間前廊下から姿を消した。
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