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三
イスヒス帝国(5)
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城中に待機していたイスヒス兵が次々と襲ってくる。城内を老人とともに走るエルストは左脛の痛みを噛みしめながらイスヒス兵に立ち向かっていく。エルストが剣を振りかざした直後、目の前のイスヒス兵が壁際に移動した。老人が束縛魔法を使ったのである。エルストは立ち止まり、剣を下ろした。息を切らしながら老人を見る。老人はベルのように杖や加工済みドラゴンを持っていないようであるのに、ためらいもなく魔法を使っている。もう死んでしまうのではないかとエルストは心配するが、老人が倒れる気配はない。それよりも、魔法の強力さに、エルストは若干の苛立ちをおぼえていた。
「そういえば……名前。あなたの名前、まだ聞いてなかった。僕はエルスト。あなたはなんていうの?」
「プロトポロ」
「へえ。変わった名前なんだね」
「悪いかね?」
「ううん。いい響きだと思うよ。庇ってくれてありがとう、プロトポロ。あなたの目的は……知らないけど」
「君は魔法を使わないのかね?」
「使いたくても使えないんだよ」
エルストは剣を廊下に突き立てる。どうやら歩くことさえ困難らしい。プロトポロは腕組みをし、黙ったままエルストを待つ。ふたりはアギの居場所をしらみつぶしに探している最中だ。手当たり次第、帝国軍の拠点と思われる部屋を回っている。かつて魔法騎士団の本拠地だった建物が今ではイスヒス帝国軍の拠点となっているらしいのだ。我が物顔で城を闊歩するイスヒス兵が、エルストにとっては腹立たしいことこの上ない。
「私が探してこようか?」
プロトポロが言った。動き出す様子のないエルストに痺れを切らしたのかもしれない。
「いいや。僕も行く。ベルたちと合流しなきゃ」
エルストはふたたび歩き出した。アギがいる場所に、きっとベルもいると信じている。
帝国軍の武器庫らしい部屋に来た。見張りの兵を、プロトポロが気絶させた。
「アギ!」
エルストはようやく安堵することができた。目の前には、テーブルの上でいびきをかくアギがいる。すやすやと心地よさげに眠るアギの鼻ちょうちんをエルストは勢いよく叩き割る。
「ふごっ」
アギが目を覚ました。アギのそばにはエルストがまとっていた青いローブや武器、赤毛の少女の黄色いストールもある。もちろんアギは帽子、マント、ナップサック、杖など〝一式〟そろっている。
「お……おー! 王子や! なんやえらい久々におうた気がすんな! アギさん怖かったでぇ~。王子が助けにきてくれたんか?」
「そんなことよりベルは? どこ?」
「ん? ベル? さあ、おうてへんで」
「そんなあ……」
「なんや王子はベルと一緒やあらへんのかいな」
「色々あってさ」
エルストは床に腰をおろし、テーブルにうなだれた。そのまま肩で息をする。これからエルストはベルを探しにいかねばならない。もしもベルたちがテレーマに見つかったら、彼女たちは無事では済まないだろう。
プロトポロは部屋の中をうろうろと物色している。
「ところでこのジジイは誰や? めちゃめちゃ白髪やないかい」
「プロトポロ。僕を助けてくれた」
「噛みそうな名前やな、プロトポ……」
アギがプロトポロの名前を呟いた瞬間、プロトポロの叫び声が響く。
「伏せろ!」
「えっ?」
その直後、武器を並べた棚の物陰から白い光がきらめいた。爆音が響き、重い衝撃がエルストとアギを襲う。テーブルが仰向けになり、あたりは一瞬にして散らかる。エルストはついに剣を手放さざるを得なかった。
「ゲホッ」
舞い上がった粉塵にエルストは咳き込む。なんとか生きているが、体の節々を強打した。煙の向こうでは、プロトポロが、やはり蛇のような腕で何者かの首を絞めている。やがて粉塵がおさまり、エルストはその〝何者〟かの顔を見ることができた。
「え……ウソだろ」
「なんや? なんや!? 誰かおるんか!?」
エルストは目を疑った。思わず涙が溢れ出たのは、なにも砂埃のせいではない。転がって仰向けになっているアギからはその姿は見えないのだろう。いや、見えていたとしても、それが〝誰か〟なのかは、この場においてはエルストしか知らないだろう。
◇
「んあーッ! 誰もいない! いると思ったのにー! エルスト様のバカー!」
時を同じくしたころ、ベルと赤毛の少女は彼らが捕えられていた牢屋に後戻りしていた。ベルはてっきりエルストがここにいると踏んでワープしたのであったが、その読みはいささか遅すぎたらしい。エルストとすれ違いになっていることをこのベルは知るよしもない。
「お腹イターイ……」
ベルは床にうずくまっている。先ほどテレーマが生み出した石壁のドラゴンに殴られた箇所が容赦なく苦痛を発しているのだ。
「あ、あの……どうしましょう……私、どうしたらいいんでしょう……魔法ではケガや病気を治癒することはできませんし……」
赤毛の少女はおろおろしている。
「うぐぐ……こうなったら片っ端から城の中をワープしてってエルスト様とアギを探すしか……」
「ええっ? そんなことしたら寿命が尽きてしまいます!」
「へへ……ですよねぇ……でもほかに方法は……」
ベルが魔法を使おうとしたとき、ベルらの前に何やら黒い影が現れた。ベルらは背筋をこわばらせた。テレーマに見つかったかもしれない。そんな恐怖と焦りがベルらの胸を侵食していく。そしてゆっくりと振り向く。
「だ……誰?」
ベルは眉を曲げた。ベルの目には、トカゲのような、蛇のような、ドラゴンのような姿をした誰かが映っている。
◇
「この者を知っているのかね、エルスト?」
プロトポロは首を絞め上げる手にいっそう力を込めながら言った。そのまなざしは鋭い。
「知ってるもなにも……その人は……」
エルストの声は震えている。プロトポロに捕らえられている者もまた、息苦しさから金髪を小刻みに震わせていた。
「僕の母上だ……」
「そういえば……名前。あなたの名前、まだ聞いてなかった。僕はエルスト。あなたはなんていうの?」
「プロトポロ」
「へえ。変わった名前なんだね」
「悪いかね?」
「ううん。いい響きだと思うよ。庇ってくれてありがとう、プロトポロ。あなたの目的は……知らないけど」
「君は魔法を使わないのかね?」
「使いたくても使えないんだよ」
エルストは剣を廊下に突き立てる。どうやら歩くことさえ困難らしい。プロトポロは腕組みをし、黙ったままエルストを待つ。ふたりはアギの居場所をしらみつぶしに探している最中だ。手当たり次第、帝国軍の拠点と思われる部屋を回っている。かつて魔法騎士団の本拠地だった建物が今ではイスヒス帝国軍の拠点となっているらしいのだ。我が物顔で城を闊歩するイスヒス兵が、エルストにとっては腹立たしいことこの上ない。
「私が探してこようか?」
プロトポロが言った。動き出す様子のないエルストに痺れを切らしたのかもしれない。
「いいや。僕も行く。ベルたちと合流しなきゃ」
エルストはふたたび歩き出した。アギがいる場所に、きっとベルもいると信じている。
帝国軍の武器庫らしい部屋に来た。見張りの兵を、プロトポロが気絶させた。
「アギ!」
エルストはようやく安堵することができた。目の前には、テーブルの上でいびきをかくアギがいる。すやすやと心地よさげに眠るアギの鼻ちょうちんをエルストは勢いよく叩き割る。
「ふごっ」
アギが目を覚ました。アギのそばにはエルストがまとっていた青いローブや武器、赤毛の少女の黄色いストールもある。もちろんアギは帽子、マント、ナップサック、杖など〝一式〟そろっている。
「お……おー! 王子や! なんやえらい久々におうた気がすんな! アギさん怖かったでぇ~。王子が助けにきてくれたんか?」
「そんなことよりベルは? どこ?」
「ん? ベル? さあ、おうてへんで」
「そんなあ……」
「なんや王子はベルと一緒やあらへんのかいな」
「色々あってさ」
エルストは床に腰をおろし、テーブルにうなだれた。そのまま肩で息をする。これからエルストはベルを探しにいかねばならない。もしもベルたちがテレーマに見つかったら、彼女たちは無事では済まないだろう。
プロトポロは部屋の中をうろうろと物色している。
「ところでこのジジイは誰や? めちゃめちゃ白髪やないかい」
「プロトポロ。僕を助けてくれた」
「噛みそうな名前やな、プロトポ……」
アギがプロトポロの名前を呟いた瞬間、プロトポロの叫び声が響く。
「伏せろ!」
「えっ?」
その直後、武器を並べた棚の物陰から白い光がきらめいた。爆音が響き、重い衝撃がエルストとアギを襲う。テーブルが仰向けになり、あたりは一瞬にして散らかる。エルストはついに剣を手放さざるを得なかった。
「ゲホッ」
舞い上がった粉塵にエルストは咳き込む。なんとか生きているが、体の節々を強打した。煙の向こうでは、プロトポロが、やはり蛇のような腕で何者かの首を絞めている。やがて粉塵がおさまり、エルストはその〝何者〟かの顔を見ることができた。
「え……ウソだろ」
「なんや? なんや!? 誰かおるんか!?」
エルストは目を疑った。思わず涙が溢れ出たのは、なにも砂埃のせいではない。転がって仰向けになっているアギからはその姿は見えないのだろう。いや、見えていたとしても、それが〝誰か〟なのかは、この場においてはエルストしか知らないだろう。
◇
「んあーッ! 誰もいない! いると思ったのにー! エルスト様のバカー!」
時を同じくしたころ、ベルと赤毛の少女は彼らが捕えられていた牢屋に後戻りしていた。ベルはてっきりエルストがここにいると踏んでワープしたのであったが、その読みはいささか遅すぎたらしい。エルストとすれ違いになっていることをこのベルは知るよしもない。
「お腹イターイ……」
ベルは床にうずくまっている。先ほどテレーマが生み出した石壁のドラゴンに殴られた箇所が容赦なく苦痛を発しているのだ。
「あ、あの……どうしましょう……私、どうしたらいいんでしょう……魔法ではケガや病気を治癒することはできませんし……」
赤毛の少女はおろおろしている。
「うぐぐ……こうなったら片っ端から城の中をワープしてってエルスト様とアギを探すしか……」
「ええっ? そんなことしたら寿命が尽きてしまいます!」
「へへ……ですよねぇ……でもほかに方法は……」
ベルが魔法を使おうとしたとき、ベルらの前に何やら黒い影が現れた。ベルらは背筋をこわばらせた。テレーマに見つかったかもしれない。そんな恐怖と焦りがベルらの胸を侵食していく。そしてゆっくりと振り向く。
「だ……誰?」
ベルは眉を曲げた。ベルの目には、トカゲのような、蛇のような、ドラゴンのような姿をした誰かが映っている。
◇
「この者を知っているのかね、エルスト?」
プロトポロは首を絞め上げる手にいっそう力を込めながら言った。そのまなざしは鋭い。
「知ってるもなにも……その人は……」
エルストの声は震えている。プロトポロに捕らえられている者もまた、息苦しさから金髪を小刻みに震わせていた。
「僕の母上だ……」
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