エミリーと精霊

朝山みどり

文字の大きさ
1 / 18

01 エミリーの誕生日

 大広間の天井は、初夏の光を受けて金箔の葡萄蔓がほんのりと輝き、燭台の炎は昼でも消さずに揺らめいていた。八歳の誕生日を迎えた令嬢のために、侯爵家の料理人は今朝から休みなく働き続け、白磁の皿には鹿のパテや川魚のテリーヌ、蜂蜜と香草の香る焼き菓子が並ぶ。親戚と、領内の旗のもとに集う傘下の貴族たちは、紋章のついた肩掛けをひるがえし、互いの家の近況を囁き合っていた。話題の多くは、今日、侯爵家の次女エミリーがどの精霊と契約するかだ。

「長女のシャーロット様は火炎オオカミ。長男のヘンリー様は溶岩大蛇。三女のエミリー様も・・・期待できますなぁ」
「火の精霊王の眷属は間違いないでしょうなぁ」

 笑いまじりでうなずきあう。侯爵は紅の礼服に身を包み、胸には燃えさかる不死鳥の紋章。夫人は真珠を編みこんだ髪を結い上げて美しかった。火の精霊こそ、この家の象徴だと誰もが信じて疑わなかった。

 やがて合図の鐘が鳴る。楽師が弦を止め、会話が波のようにしずまる。淡い水色のドレスに身を包んだエミリーは、両手を腹の前で重ね、練習通りの礼として腰を折った。彼女の頬は緊張で赤い。けれど、その目は勇気を張り付けたようにまっすぐだった。

 エミリーは優秀だ。家庭教師はみな、太鼓判を押した。マナーも非の打ちどころがない。

 神官が清めの香を焚き、契約の文言を唱える。古き言葉が落ちてゆく。祈りのさなか、戸外から風が吹きこみ、燭台の炎がそろって細くなった。ざわ、と客の背筋に小波が立つ——そのとき。

 小さな光がエミリーの前に現れた。光はすぐに消えエミリーの肩に奇妙なものが乗っていた。それは銀色のエナメル?のようだった。緑に金屑を散らしたような目が二つ、客たちを眺めていた。形は普通にトカゲだった。生きているのか?動いていた。精霊なのか?こんな精霊いるのか?
ざわめきが広がった。

 「根・・・・・・・者を・・・・・」トカゲが重々しく言ったが、聞き取れたものはいなかった。

 「・・・トカゲ?」誰かの囁き。笑いをこらえる喉の震え。
 「トカゲに見えますなぁ」
 「色は銀、目は緑・・・精霊でしょうか」別の誰かが、学識を誇るように判定する。

 侯爵は杯を握る指をわずかに震わせ、一瞬だけ笑みの筋を引きつらせた。夫人は口元の扇を硬く閉じ、扇面の内側に浮いた血の気を押し隠す。
 「あら、エミリー気分が悪いのね。緊張しすぎたのね」と夫人の声がすると、侍女がすっとエミリーに近寄った。二人は部屋を出て行った。

 楽師が合図を受けて音を戻す。給仕たちは機敏に料理の皿を運ぶ。客たちは息を合わせて、侯爵家の精霊を話題にした。

 「ここにお邪魔するとき、屋敷の上で舞う不死鳥は毎度の楽しみです」
 「ご令嬢のオオカミは輝きが増しましたか?」
 「ご令息の大蛇は他を寄せ付けませんね」
口々に侯爵家の精霊を褒める客たち。
 
 その輪の外側に、もう一つの視線の輪があった。侯爵の弟、ブリーズ子爵である。彼は長身で、隙のない衣装をさりげなく着崩すのが巧い。笑みはいつも半歩引き、誰の肩にも軽すぎず重すぎず手を置く。彼は杯を傾けながら、眼差しだけは忙しく動かす。誰が眉をひそめ、誰が目を伏せ、誰が賛辞の言葉に息を合わせつつ舌の奥に苦みを残しているか。
 ブリーズ子爵の精霊は赤炎のキツネ。最近、尾の数が増えて五本になった。子爵夫人の精霊は焔キノコ。エミリーより三か月年上の娘ルーシーの精霊は青炎のフクロウ。

 子爵は表向きは兄の侯爵を立てているが、兄の失墜を狙っている。
 「子爵閣下」彼に近づいたのは、小領主二家の当主だ。
 野心を持った小心者だ。
 「あの青炎のフクロウ」
 「娘のフクロウのこと?」子爵は気取らぬ調子で受ける。
 「ええ、青炎のフクロウは、見事でした。ご本家ですのであれ以上のものを期待してましたが、がっかりですな」
 「侯爵閣下はあの方をこれからどう扱うのでしょうかね」

 軽口が笑いを誘い、笑いが距離を詰める。子爵はそこで、思い出したように首を傾げる。

 「ところで諸君。国の南部の火事は耳にはいっているであろう?」
 「えぇ、火の精霊があばれたとか・・・」
 「呆れますなぁ、自分の精霊を支配できないなど」
 そういいながら、二人は大げさに首を振って嘆いてみせる。


 一方、奥の回廊は薄暗く、客間から廊下に洩れる音が遠雷のように震える。エミリーは侍女に伴われ自室に戻った。
 「お嬢さま、お着替えを」侍女は手際よくドレスを脱がせると普段着を着せると部屋を出て行った。

 トカゲはテーブルの上で静かにしている。
 「あなた、精霊なの?ここが家だと思ってくれる?」

トカゲは尻尾をわずかに揺らし、首をかしげた。
 正直、このトカゲが現れた時、エミリーはがっかりした。こんな精霊を呼んだ自分が情けなく涙が出そうになった。今もこんなはずじゃないと思う。今頃は誕生日を祝われて精霊を褒められて笑っているはずだったのに・・・
 
 トカゲはテーブルの上でじっとして、エミリーを見つめていた。
 その緑の目を見ると、緑の中に金色の粒が混じって輝いていた。
 じっと見ていると、悲しい気持ちが消えていった。
 エミリーを指先でトカゲにさわった。すべすべで温かい。

 「あなたは精霊さんでいいのよね。名前を誰も知らない。精霊さん。だけどわたしの精霊さん。仲良くしましょう」

 緑の目が一度だけきらりと光り、トカゲは彼女の指にそっと額を押しあてた。

 「ありがとう。精霊さん」
 
 エミリーは絶対に泣かないと決心した。
感想 4

あなたにおすすめの小説

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。 伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。 ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。 ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。 ……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。 妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。 他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです

唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。 すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。 「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて―― 一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。 今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

あなたの隣に私は必要ですか?

らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。 しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。 そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。 月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。 そんな状況で、アリーシアは思う。 私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。

愛しているこの想いが届かない

ララ愛
恋愛
大好きな婚約者には愛する人がいるらしい それを知っても諦められず自分がみじめでもどんなに悲しくても側にいたかった でも笑いかけてもらえない自分が愛されない自分が限界になった時お別れすることを 決めました