エミリーと精霊

朝山みどり

文字の大きさ
6 / 18

06 エミリーとルーシー

 わたしは、学園の寮の石造りの部屋に腰を下ろし、窓越しに差し込む淡い朝の光を眺めていた。屋敷にいたときよりも質素な机と寝台、石の冷たさがむしろ心地よい。ここでは、家の鋭い視線や皮肉混じりの笑い声から逃れられるのだから。
 けれど、その安堵は長くは続かなかった。入学式の広間で肩に乗った小さなトカゲを見せたときに浴びせられた笑い声――「侯爵家の娘が、あんな精霊?」「冗談でしょう」という囁きは、まだ耳の奥に残っている。耐えることには慣れている。屋敷で散々経験したことだから。だけど、学院には新たな試練が待っていた。
 それは、従姉のルーシーだった。

 ルーシーをわたしは同じ年。一緒の入学だ。彼女の精霊は青炎のフクロウ。鮮やかな炎の羽を広げて飛び立つその姿は、生徒たちの憧れを集めていた。
 入学初日から、彼女はわたしにぴたりとつきまとった。
「本家の恥が同じ学年にいるなんて、本当に耐えられないわ。その分わたしが能力を示さないとね」
 人前でも遠慮なくそう言う。取り巻きの女生徒たちが顔を見合わせ、口元を押さえて笑う。
「本来なら生徒会に入るのは本家のエミリーのはずなのに。能力を認められたのはわたしよ。これで、誰もがどちらがブリーズの誇りを示しているか。一目瞭然ね」
 彼女は大声でそう言いふらし、わたしの存在をあざ笑った。わたしは俯き、ただじっと耐えるしかなかった。反論しても無駄だ。彼女の言葉は正しいのだから。

 やがて、ルーシーは生徒会の一員として活動を始めた。誇らしげに胸を張る姿を、わたしは遠くから見ていた。
 だがその誇りは、すぐにわたしへの負担へと変わった。
「ねぇ、エミリー。これ、まとめておいて。あなた、暇でしょう?」
 山のような文書を抱えて押しつけてくる。会計報告、式典の挨拶文、本来なら生徒会の役員が交代で行うべき仕事だった。
「雑用くらいなら、あなたでもできるでしょう?」
 彼女は周囲に聞こえるようにわざとそう言った。取り巻きの笑い声が背中に刺さる。
 わたしは徹夜でペンを握り、震える指で文字を綴った。仕上がった書類は翌朝、彼女が涼しい顔で会長に差し出す。
「さすがルーシーさん、完璧ですね」
 褒められるのは彼女。わたしの存在はないものとして扱われる。
 ときには、式典の演説文まで押しつけられた。必死に推敲し、言葉を磨き上げる。
 壇上でそれを朗々と読み上げるのは会長だった。
 彼はルーシーにお礼を言う。
 「良かった。君に頼んで。わたしが書くと堅苦しくなってしまうからね」
 「そうですね。格調高すぎますものね。親しみと品のバランスを考えましたの」とルーシーが答えるのを下を向いて聞いた。  
 「よかったわね。少しは役に立てて」
 後で彼女が耳元で囁いたとき、わたしはただ唇を噛みしめた。


 夜、寮に戻ると小さなトカゲが机の上に跳ね上がった。
 緑に金の粒を散らした瞳が、わたしをまっすぐに見上げている。
「……わたし、間違ってないわよね?」
 問いかけても、精霊は答えない。ただ尾をゆらし、そっとわたしの指に額を寄せる。
 その温もりに触れると、張り詰めていた心が少しだけ緩む。誰も認めなくても、この小さな存在だけはわたしを見てくれている。
 ルーシーや姉の影に隠れて「役立つ凡庸」と笑われても、机に向かう時間だけは裏切らない。わたしはペンを握り直し、文字を綴る。役に立つことでしか存在を証明できないとしても、わたしは書き続ける。

 ある日、生徒会室の窓から夕陽が差し込み、書き上げたばかりの文書が橙色に染まった。
 机の端で眠そうに瞬きをするトカゲを見て、わたしは小さく息をついた。
「泣かない。泣いたら、ほんとうに何も残らなくなる」
 心に言い聞かせる。わたしが存在を許されるのは、役に立てる間だけかもしれない。けれど、それだけではない。
 胸の奥に、静かな炎のようなものが灯っているのを感じる。屈辱の中で押しつけられ、笑われても、それを燃料にして積み重ねた努力は、いつか必ずわたしを支えるはずだ。
 ルーシーがどれほど言いふらそうと、笑おうと、わたしは倒れない。
 
 籍を抜かれるはわかっている。わかっているから準備が出来る。

 トカゲと一緒にどこかの町で暮らす自分。なんだか楽しそうに思えて来た。

感想 4

あなたにおすすめの小説

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。 伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。 ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。 ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。 ……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。 妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。 他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

【完結済】25年目の厄災

恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。 だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは…… 25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。