エミリーと精霊

朝山みどり

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10 講堂の騒動

 講堂の空気は重かった。小鬼が暴れていて危ないので、生徒たちは全員ここに集められている。教師の声が響き、ざわざわとした不安を抑えようとしていた。
 壇上の壁にかかる大きな肖像画を見上げると、精霊王のブローチが目に入った。肩にちょこんと座っているわたしのトカゲと、そっくりの形だ。小さな偶然に気がゆるんだ。緊張に押しつぶされそうな胸から、思わず息が漏れた。――笑ってしまったのだ。声にならない、ほんの小さな笑い。

 けれど、その瞬間。
「なにを笑っているの!」
 鋭い声が講堂に響いた。姉のシャーロットの声だ。火炎狼を従えた姿は堂々としていているが、炎の毛並みが、黒ずみ、もつれているように見える。その視線がわたしに突き刺さる。

 周囲が一斉にこちらを見た。
「情けない妹!こんなときに……!」
 姉の非難が続く。
「学院中が不安に包まれているのに、笑うなんて不謹慎だわ!」

 心臓が縮んだ。わたしは慌てて俯いた。けれどもう遅い。
 ルーシーが間髪入れずに声を張り上げた。
「本家の恥ね! やっぱりトカゲの精霊しか持たない人間は、場をわきまえることもできないのよ!」
 青炎のフクロウがばさりと羽を広げるが、炎が小さいのでいつもより、一回り小さい。
 取り巻きの生徒たちがくすくすと笑い、非難の輪は瞬く間に広がっていった。

 生徒会長の低くよく通る声が重なる。
「秩序を乱すのは許されない。静粛にすべき場で笑うなど、責任感に欠けている」
 いたづらに騒ぐから騒ぎになったのにね。
 講堂に響いたその言葉は、決定的だった。会長の炎のクジャクは沈黙していたけれど、会長自身の声は強く冷たかった。

 「根源の精霊王様の絵をよく見て下さい。なにか気が付きませんか?」
 思ったより大きな声が出た。
 「絵がなんだって言うのよ」とルーシーがかみついて来た。
 
 「気が付かないならそれでいいです」とわたしは答えた。

 わたしがそう言うとルーシーが顔をゆがめた。そのルーシーに姉が近づいた。
なにか言ったようだ。ルーシーが一瞬、姉を睨んだがすぐに笑顔になってうなずいた。
 なにをしたんだろう?まぁいいけど‥‥‥
 

  屋敷へ戻ったのは、夕暮れが近いころだった。
 本来は生徒会がやるべき講堂の後片付けをやらされたのだ。
 いなおって魔法で椅子と机を動かして片づけた。
 
 よく考えるとわたしって無能じゃないよね。

 門をくぐると、焦げ臭い匂いが鼻を刺した。庭の花壇には黒く焼け残った跡が点々とあり、芝生の一部は灰に覆われている。

 広間に呼び出されると、父と母、姉、兄、妹がそろっていた。背後の精霊は輝きが増している。

 父の不死鳥は纏う炎が不規則に大きくなったり小さくなったりしているし、落ち着きなく動き回っている。母の焔コウモリは、神経質に羽を閉じたり開いたりしている。
 兄の溶岩大蛇は唸り声をあげ、口から滴る火が絨毯に落ちているが、絨毯にはたっぷりと水を含ませてあるようだ。
 姉の火炎狼は牙を剥いているが、なんと姉に向かって唸っている。
 妹の紫炎のハヤブサは、溶岩大蛇に止まろうとしては火を吹きかけられ、部屋を飛び回りマントルピースの上にとまったが、燭台をなぎ倒した。

 母は右手に包帯を巻いていた。
「……みっともないことをしたそうね?」母の声は硬かった。
「講堂で笑うなんてね」姉が口火を切る。
 父の目が怒りに光る。
「学院中を恥をさらしたそうだな、まだ、我が家門に恥をかかせるつもりか!」

 「このトカゲがブローチに似ていたから可笑しかっただけです」

 その声に呼応するように、おびえたように不死鳥が羽ばたいた。火炎狼は、姉に吠え掛かった。
 焔コウモリは母の顔を羽で打った。
 叱責の声が次々に重なる。兄の大蛇が鎌首を高くあげた。妹のハヤブサが外から窓を揺らした。

 わたしはあきれてしまった。みんな、精霊を抑えられていない。なのにわたしを責める?

 襟元のトカゲが、そっと額を指先に押し当ててきた。温かさが伝わる。

 叱責は長く続いた。最後に父が言い放つ。
「もう二度と、余計な真似をするな。お前は屋根裏で黙っていればいい」
 
 『はい。その火傷の手当てをしたほうがいいですよ。庭でなにが起こったのかも把握してないのは問題ではないですか?』と思いながらいつもなら下げる頭を下げずに部屋を出た。

 
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