エミリーと精霊

朝山みどり

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11 タバサと火の精霊

 僕はドナルド。庭師の家に生まれた末っ子で、バラの精霊と契約している。
 バラの精霊と契約したと聞いた侯爵様はバラ園を作った。
 
 このバラ園は家族が協力して、見事なものになっている。僕の力もたくさん入っているとこっそり自慢に思っている。

 だけど、家族の中では一番下だし、精霊と契約していても経験がないから、水汲みや草取りは僕の仕事だ。
 でも僕はそれで十分だ。バラの精霊が僕に教えてくれることを活かすために必要なことだから。

 けれど、姉のタバサは考え方がちょっと違う。彼女はかまどの精霊と契約した。火を扱う精霊だ。
 侯爵家と同じ「火」に連なるものだと、タバサはいつも胸を張っていた。だったそれだけで威張れるなんてね。

 「いい? あんたのバラなんかより、ずっと実用的なの。お屋敷のかまどに火を入れられるのは私だけ」
 そんなふうに得意そうに言う。これって全然ほんとじゃない。だけど僕は反論しない。だってどうでもいいからね。

 その日、庭師の僕の家に不穏な出来事が起きた。
 夕方、僕は庭の隅でバラの葉を点検していた。夏の日差しで弱った枝に、水をやらなきゃと思っていた時だ。屋敷の裏手から、甲高い悲鳴が聞こえた。
 ――タバサの声だ。

 慌てて駆けつけると、そこには信じられない光景があった。
 火の玉のような小さな影が宙を舞っていた。タバサの精霊だ。炎をまとい、彼女の足元で宙返りしては地面を焼き、芝生をはげちょろけにしていく。
 「熱いっ!」
 タバサが足を押さえて転げ回った。赤く腫れあがった足首には火傷の痕が見えた。

 僕は思わず叫んだ。
 「姉ちゃん、逃げろ!」
 けれど、火の精霊は執拗にタバサにまとわりつき、さらに炎を噴いた。
 芝生がぱちぱちと音を立て、煙が上がる。焦げ臭い匂いが風に乗って広がっていった。

 その時、父さんが走って来て、手にした桶の水を思い切り浴びせかけた。
 じゅうっ、と嫌な音を立てて炎が消える。精霊はぬれねずみのようになり、芝生に座り込んでぶるぶる震えた。

 「どうしてよ……!水をかけるなんて!わたしがいないとかまどに火をつけられないくせに!」
  そう言いながら精霊を拾い上げた。

 けれど父は冷ややかだった。
 「火打石を使えば簡単だ。お前がいなくても火はつけられる」
 その言葉は、タバサの自尊心を真っ二つに折った。

 タバサは顔を真っ赤にし、唇を噛みしめて震えた。
「……そんなこと言わないでよ。火の精霊よ」
 けれど父は容赦なく言葉を重ねた。
「火の精霊だからなんだ?自分の精霊のしつけも出来ないなんて、恥ずかしいことだ」

 母もやってきて、タバサの足を見て小さく溜息をついた。
「また火傷なんて……あんた、どうして精霊に向き合えないの。暴れたら叱るんじゃなく、鎮めなきゃ」
「わかってる! でも、この子が言うこと聞かないんだもん!」
「言うことを聞かないんじゃない。あんたが荒れてるから、精霊も荒れるのよ」
 母の言葉は柔らかかったけれど、タバサには突き刺さるようだった。

 僕は胸が痛んだ。タバサは口をへの字に曲げ、精霊を抱いたまま、怒りをぶつけるように振り払った。
「何でこんな時に言うのよ! 役立たず!」
 最後は精霊に向けて、そう言った。

 小さな火の精霊は、再び火をまとい、タバサの足にしがみついた。
 タバサは慌てて足をバタバタ動かし、手で精霊をつかんで引きはがして、芝生に投げつけた。精霊は勢いを増した火をまとい芝生をころころ転がった。
 「痛い!熱い!」
 焼け焦げた匂いが広がり、タバサの悲鳴が夜気に響いた。

 僕は思わず姉の腕を掴んだ。
「やめろよ! 精霊に八つ当たりなんて!投げるなんて!」
「だって、この子のせいで……!」
 タバサの瞳には怒りと涙が入り混じっていた。

 父が低い声で言った。
「ドナルド、桶をもう一杯。芝生に残った火を消して来い」
 僕はうなずき、水を汲みに走った。振り返ると、タバサが精霊を見下ろしながら泣いていた。
 火傷の痛みよりも、父の言葉と、自分の無力さに泣いているように見えた。

 夜になって、食卓は重苦しかった。
 
 母がタバサの足と手に薬を塗りながら言った。
「お屋敷に知られたら大変よ。火の精霊が暴れるなんて、恥をかくもの」
「……わかってる」タバサは小声で答えた。
 
 父はパンをちぎりながら黙っていたが、最後にぽつりと言った。
「お前が心を立て直さない限り、精霊は従わん。精霊は鏡だ」

 その言葉に、タバサは大声で泣き出した。僕は何も言えなかった。

 その夜、僕は寝床でバラの精霊に問いかけた。
 「姉ちゃんと精霊、どうなるのかな」
 バラの精霊は答えず、ただ花弁を揺らして香りを漂わせた。
 
 僕はそれで心が静まったけど、答えはなにかわからなかった。

 けれど僕にはわかっていた。タバサの心は、まだ燃え盛っている。
 それをどうすることも出来ず、僕はただ祈るようにバラの花びらを見つめるしかなかった。

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