エミリーと精霊

朝山みどり

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12 ルーシー・ブリーズと精霊

 講堂の最後の騒めきはまだ耳に残っている。とても心地よかった。
 登校するなり生徒は講堂に集められた。
 小鬼や野良の火の精霊が暴れていて、危険だからと教師が説明した。
 生徒たちの顔は一様にこわばっていたが、わたしは少し昂揚していた。こういう場こそブリーズ一族の分家の力を見せつける好機だと思ったからだ。

 案の定、退屈そうに壁の絵を眺めていたエミリーがふっと笑った。本人は無意識の小さな笑みだったのかもしれないが、この空気の中でそんな態度を取れば、どう受け取られるかくらい分かりそうなものだ。
 エミリーの姉のシャーロットが即座に声を上げた。
 「なにを笑っているの!」と。炎をまとう火炎オオカミを従えた姿は立派で、誰もが彼女に注目した。
 ついで、視線が一斉にエミリーへ突き刺さった。
 わたしも迷わず声を重ねた。
 「本家の恥ね! やっぱりトカゲの精霊しか持たない人間は、場をわきまえることもできないのよ!」。
 青炎のフクロウがばさりと羽を広げ、わたしの言葉を後押ししてくれた。取り巻きの子たちもくすくす笑った。

 会長も、すかさず
 「秩序を乱すのは許されない」と言った。
 エミリーはもう完全に孤立していた。――よし。これでまた一つ、彼女が「変異」であることを皆に刻みつけられた。
 そう思うと胸の奥がすっとした。
 
 その時、彼女は「根源の精霊王のブローチを見て下さい」と静かに言った。
 なにを言ってるんだと言う空気が広がった。彼女は続きを言わなかった。

 ただ、エミリーの姉のシャーロットから、出しゃばるなと言われた。
 
 「あなたがわたしの尻馬に乗って発言したから、続きが言えなかったわ。わきまえなさい。それとエミリーと本家が一緒だと言うのはやめて頂戴。分家は分家らしく引っ込んでいて」

 優しい笑みでこう言われた。はた目には仲のいい従姉妹同士の会話に見えただろう。ほんと。目障り。
 

 生徒会はシャーロットの先導で片付けをエミリーに押し付けた。
 一人でやるのは負担だが、頭ではなく体を使うだけだ。時間をかければ誰にでも出来ることだ。
 わたしは鼻で笑った。役立つのは雑用のときだけ――その立ち位置が、彼女にふさわしいのだ。

◇◇◇

 家に戻ってすぐに異変に気が付いた。門をくぐった途端、焦げ臭い匂いが鼻を刺したのだ。
 それに芝生のあちこちに黒い染みが残り、温室のガラスは割れていた。

 母の焔きのこが暴れて温室を火事にしたというのだ。なんでも野良の鬼火と一緒になって火の粉をまき散らしたらしい。
 わたしは一瞬、心の中で「きのこだしね」と思ってしまった。
 やはり、父のキツネ、わたしのフクロウに比べるときのこは格が落ちる。だから仕方ない。

 父の赤炎のキツネは炎を大きくしたり小さくしたり、五本の尻尾をバタバタを振っていた。母の焔きのこは天井近くまで伸び上がったかと思うと縮んでちいさなきのこをポンと出したりしている。
 
 今日の精霊たちは活発だ。これぞ登り坂の家の有り様だ。
 精霊の活発さは家の力の証。多少の被害や騒動は、それを示す勲章にすらなる。
 わたしのフクロウも温室の周りを飛んで辺りを警戒している。
 まかせておけば安心だ。

 その場で学院のことを報告した。講堂でエミリーが笑ったせいで場が乱れたのを厳しく非難したこと、そして会長の前で秩序を守った姿勢を見せられたこと――。
 父も母も満足げにうなずいた。「よくやった」と褒めてくれた。母は火傷の痛みに顔をゆがめながらも「お前のフクロウは頼もしい」と言った。

◇◇◇

 その夜、寝室に戻るとどっと疲れが出た。焔きのこの火事も学院の騒ぎも、すべて一日のうちに起こったのだから当然だ。
 机の上に羽ペンと紙を広げる。シャーロットから押し付けられた「学院生活で守るべき注意事項」をまとめるためだ。
 普段からあの会長が口にしていることを新しく仰々しく書くのだが、講堂で片づけをしているエミリーにやらせようと行ってみたら片づけを終えて帰っていた。
 寮まで追いかけるわけにはいかない。
 明日、学院で命じたらいいだろう。そう思ったわたしはベッドに入った。

 

 翌日。いつもより羽ばたくフクロウと一緒に学院に行った。
 昨日の騒ぎで生徒たちの間にはまだ重い空気が漂っていた。鬼火が現れないかとあちこちを見ている。
 そのなかで、わたしの足取りは軽かった。

 教室に行くとエミリーはまだ来ていなかった。普段、早いのに‥‥‥用を言いつけられるのを待っているのに。
  
 結局エミリーは始業ぎりぎりに済ました顔で教室に入って来た。

 そして、わたしに見向きもせずに席についた。
 
 昼休み、わたしはエミリーの目に入る様に教室を出た。そうやれば用事があるのだなと察して目立たぬようについて来る。
 だが、今日はついて来なかった。
  
 すました顔で、食堂に歩いて行った。あわてて追いかけると、のうのうとテーブルに着いて食事を始めていた。
 
 「なにやってるの?」
 「食事ですが」
 「そういうことを言ってるんじゃない。わかっているでしょ。用事があるのよ」
 「おっしゃって下さい」
 は?耳を疑う発言だ。エミリーがこの態度を?
 「トカゲがついてるわたしにどんな用事があるのですか?」
 信じられないエミリーがわたしを馬鹿にしてる。そしてわたしは‥‥‥なすすべがない。
 ここで話すことは出来ない。いつもエミリーはそばに控えていた。
 『なんでも言いつけて下さい』そんな態度でそばにいた‥‥‥

 「お昼食べないのですか?もしかしたら?」と意味ありげに少し笑いながらわたしに問いかけた。

 「余計なお世話よ」と言うとわたしは教室に向かった。こうなったら自分で書くしかない。

 教室の近くに戻って来た時、フクロウが羽ばたいたと思ったら飛び立った。飛び立った先には鬼火が三つ浮かんでいた。

 フクロウは鬼火を咎めるために飛び立ったと思ったが、違っていた。
 
 三つの鬼火とフクロウ。四つの火の精霊は、もつれあいながら学院の上を飛び回った。


 


 
 

 
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