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14 根源の精霊王
精霊の国は、落ち着きを失っていた。
火の精霊王――四大精霊王のひとりにして、最も気性の荒い存在。その振る舞いは日に日に激しさを増し、彼に連なる火の眷属たちまでもが影響を受けている。
本来なら、精霊王たちは均衡を守る。
序列一位にしてすべての根源に連なる「根源の精霊王」。
その次に、大地を司る精霊王。
さらに風を統べる精霊王、水を治める精霊王。火を操る精霊王
彼らが互いに力を合わせ、自然の調和を守るのが常であった。
だが火の精霊王は違った。
その荒ぶる気性は昔から知られていたが、近ごろは特に目に余る。南方の国では、彼の影響を受けた火の精霊たちが制御を失い、大規模な火災を引き起こした。
森と町を焼き払い、民は逃げ惑い、精霊王たちは鎮火と癒しに追われた。
「またか……」
大地の精霊王は岩のような声で嘆き、風の精霊王は羽音を立てるように息を洩らした。水の精霊王は深い憂いを宿して首を振る。
火の精霊王を抑えねばならぬ。抑えるだけなら簡単だ。力づくで封じればよい。
だが、それをすれば人を契約している精霊に影響が出る。だから、様子をみている。
根源の精霊王は静かだったが、胸のうちには嵐が荒れ狂っていた。
やっと見つけた愛しい契約者。すぐにでもそばに行きたい。
だが、他の王たちと火の精霊王の動向を監視し、数多の乱れを調整せねばならない。
精霊界を離れることができないのだ。
「しばし待っていてくれ」
彼は精霊国から人の世界を見下ろしながら、小さな溜息とともにブローチをひとつ送り出した。
銀色の小さな意匠。ローブを止めるそれに愛情を込めてエミリーのもとに届けた。
「くれぐれもよろしく」守ってくれとの思いを込めて。
だが、人に根源の精霊王の気持ちは伝わらなかった。
人々はトカゲを馬鹿にして、エミリーを軽んじた。
火の精霊王の荒々しい在り方に感化され、契約者たちのもとにいる火の精霊が気まぐれに暴れだしていた。主人の言葉に従うより、力を誇示し、炎を撒き散らすことを喜ぶようになっていたのだ。
運の悪いことにエミリーの周りに、火の精霊との契約者が多かった。
火の精霊王の暴威は、ついに許しがたい域に達していた。
人の国では鬼火や火の粉が飛び交い、契約者たちは己の精霊に振り回されるばかり。南の大火事の記憶もまだ冷めやらぬというのに、またもや火の眷属が勝手気ままに炎を吐き、周囲を脅かしていた。
根源の精霊王の我慢は限界だった。
「これ以上は許せぬ」
根源の精霊王の声が、精霊の国に響いた。
彼は長らく力を抑えてきた。火の精霊王を叩けば、その影響は眷属すべてに及ぶ。人と契約している精霊が力を失い、無力に沈む危険があるからだ。
だが、度重なる混乱に、根源の精霊王はとうとう忍耐を絶った。
「己の精霊を抑えられぬ者に、容赦はいらぬ」
根源の精霊王は人間への配慮をなくすと宣言した。
大地が震え、風がざわめき、水が立ち昇った。精霊国そのものが根源の力に呼応した。
「根源よ、やっと出て来たか! 妨げるのはやめろ。我こそが序列の頂点だ!」
炎の咆哮が空気を焼いた。根源の精霊王は静かに目を細める。
「頂点? 序列? 笑止千万。おまえごときが使っていい言葉ではない。ただ己の欲に任せる者にその座はない」
火の精霊王が爪を振りおろすよりも早く、根源の精霊王は水を呼んだ。蒼天の底から幾千もの鎖が立ち上がり、火の翼を絡め取る。水蒸気が辺りを白く染め、耳を裂く音が世界を満たした。火の精霊王は笑う。
「鎖で縛ろうと、我が炎で蒸発させてくれる!」
たしかに幾筋かの鎖は弾け、白い霧に変わった。だがそのたびに新たな水の鎖が生まれ幾重にも巻きついた。鎖はやがて全身を覆い、火の精霊王の身体は地へ叩きつけられた。
地は口を開き、岩が隆起して大きな箱を形づくった。火の精霊王はそこへ封印された。
火の精霊王は怒り狂い、内部で爆ぜるが土の壁はひび割れひとつ見せない。大地の精霊王が涼しい顔で爆ぜる音を数えている。
「根源! このまま我を葬るつもりか!」
今更、なにを言ってるんだ?
「葬りはせぬ。だが人の世も我らの世も、お前なんか不要だ」
根源の精霊王は箱に向かって宣言した。
風の精霊王が風を呼んだ。風はそのうねりで箱を包んだ。そして遠く空の彼方へと投げ飛ばした。
遥かなる虚空に小さな紅点となって消えるまで。皆で見届けた。
……静寂が訪れた。
火の精霊王――四大精霊王のひとりにして、最も気性の荒い存在。その振る舞いは日に日に激しさを増し、彼に連なる火の眷属たちまでもが影響を受けている。
本来なら、精霊王たちは均衡を守る。
序列一位にしてすべての根源に連なる「根源の精霊王」。
その次に、大地を司る精霊王。
さらに風を統べる精霊王、水を治める精霊王。火を操る精霊王
彼らが互いに力を合わせ、自然の調和を守るのが常であった。
だが火の精霊王は違った。
その荒ぶる気性は昔から知られていたが、近ごろは特に目に余る。南方の国では、彼の影響を受けた火の精霊たちが制御を失い、大規模な火災を引き起こした。
森と町を焼き払い、民は逃げ惑い、精霊王たちは鎮火と癒しに追われた。
「またか……」
大地の精霊王は岩のような声で嘆き、風の精霊王は羽音を立てるように息を洩らした。水の精霊王は深い憂いを宿して首を振る。
火の精霊王を抑えねばならぬ。抑えるだけなら簡単だ。力づくで封じればよい。
だが、それをすれば人を契約している精霊に影響が出る。だから、様子をみている。
根源の精霊王は静かだったが、胸のうちには嵐が荒れ狂っていた。
やっと見つけた愛しい契約者。すぐにでもそばに行きたい。
だが、他の王たちと火の精霊王の動向を監視し、数多の乱れを調整せねばならない。
精霊界を離れることができないのだ。
「しばし待っていてくれ」
彼は精霊国から人の世界を見下ろしながら、小さな溜息とともにブローチをひとつ送り出した。
銀色の小さな意匠。ローブを止めるそれに愛情を込めてエミリーのもとに届けた。
「くれぐれもよろしく」守ってくれとの思いを込めて。
だが、人に根源の精霊王の気持ちは伝わらなかった。
人々はトカゲを馬鹿にして、エミリーを軽んじた。
火の精霊王の荒々しい在り方に感化され、契約者たちのもとにいる火の精霊が気まぐれに暴れだしていた。主人の言葉に従うより、力を誇示し、炎を撒き散らすことを喜ぶようになっていたのだ。
運の悪いことにエミリーの周りに、火の精霊との契約者が多かった。
火の精霊王の暴威は、ついに許しがたい域に達していた。
人の国では鬼火や火の粉が飛び交い、契約者たちは己の精霊に振り回されるばかり。南の大火事の記憶もまだ冷めやらぬというのに、またもや火の眷属が勝手気ままに炎を吐き、周囲を脅かしていた。
根源の精霊王の我慢は限界だった。
「これ以上は許せぬ」
根源の精霊王の声が、精霊の国に響いた。
彼は長らく力を抑えてきた。火の精霊王を叩けば、その影響は眷属すべてに及ぶ。人と契約している精霊が力を失い、無力に沈む危険があるからだ。
だが、度重なる混乱に、根源の精霊王はとうとう忍耐を絶った。
「己の精霊を抑えられぬ者に、容赦はいらぬ」
根源の精霊王は人間への配慮をなくすと宣言した。
大地が震え、風がざわめき、水が立ち昇った。精霊国そのものが根源の力に呼応した。
「根源よ、やっと出て来たか! 妨げるのはやめろ。我こそが序列の頂点だ!」
炎の咆哮が空気を焼いた。根源の精霊王は静かに目を細める。
「頂点? 序列? 笑止千万。おまえごときが使っていい言葉ではない。ただ己の欲に任せる者にその座はない」
火の精霊王が爪を振りおろすよりも早く、根源の精霊王は水を呼んだ。蒼天の底から幾千もの鎖が立ち上がり、火の翼を絡め取る。水蒸気が辺りを白く染め、耳を裂く音が世界を満たした。火の精霊王は笑う。
「鎖で縛ろうと、我が炎で蒸発させてくれる!」
たしかに幾筋かの鎖は弾け、白い霧に変わった。だがそのたびに新たな水の鎖が生まれ幾重にも巻きついた。鎖はやがて全身を覆い、火の精霊王の身体は地へ叩きつけられた。
地は口を開き、岩が隆起して大きな箱を形づくった。火の精霊王はそこへ封印された。
火の精霊王は怒り狂い、内部で爆ぜるが土の壁はひび割れひとつ見せない。大地の精霊王が涼しい顔で爆ぜる音を数えている。
「根源! このまま我を葬るつもりか!」
今更、なにを言ってるんだ?
「葬りはせぬ。だが人の世も我らの世も、お前なんか不要だ」
根源の精霊王は箱に向かって宣言した。
風の精霊王が風を呼んだ。風はそのうねりで箱を包んだ。そして遠く空の彼方へと投げ飛ばした。
遥かなる虚空に小さな紅点となって消えるまで。皆で見届けた。
……静寂が訪れた。
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