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16 火の精霊の異変 2
午前の授業が終わると、教室はざわつき始めた。
「炎が消えた精霊たち、皆焼け焦げているんですって。寮で同室の子の精霊を見たって子から聞いたんですって」
「まるで灰の塊を抱えて歩いているようだったそうよ」
「しばらくは登校できないんじゃない?」
ひそひそ声が飛び交う。そして、その声にはどこか恐れと戸惑いの他にほっとした感じが混じっていた。
いつもなら「すごい」と畏敬の念を集める火の精霊が、今や惨めな姿になっている。生徒たちはどう反応すべきか分からないのだ。
わたしは机に視線を落とし、そっと息をついた。
心の奥で、小さな笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。偉そうにしているのに自分の精霊を制御できないなんて‥‥‥
温度が上がりすぎて自分を燃やしちゃった?ってことだろう。
――やっと、静かになった。
比べられることも、笑われることもない。
わたしを押しのけて馬鹿にして存在を主張するルーシーがいない。
だいたい火の精霊ってなんの役に立っていたの?火の粉をまき散らすだけだったじゃない。家の掃除も花壇の水やりもなんにも出来ない!
机の端で、わたしの精霊が丸くなって目を細めていた。授業中もずっと、静かに、ただそこにいた。緑の瞳がときおりきらりと光り、そのたびに胸の奥が温まる。
昼休みになると、生徒たちは食堂へ向かって散っていった。
普段なら火の精霊を従えた生徒たちが威勢よく席を占め、笑い声を響かせる。けれど今日は、その声がなかった。
代わりに、控えめな話し声と食器の触れ合う音だけが広がっていた。
わたしは一人で窓際の席に座り、スープを口に運んだ。孤独は、いつもなら胸を締めつけるはずだ。だが今日は違う。
――これは孤独ではなく、静けさだ。
食卓の上に、精霊がひょいと顔を出した。小さな前足を器の縁にかけ、パンくずを鼻先でつつく。わたしは思わず小さく笑った。
「それはあなたの食べ物じゃないのよ」
囁くと、精霊は尾を揺らして肩に戻った。今、気が付いたけどこれ転移で移動した?
なんか凄い能力。火の精霊なんて飛んだり、走ったりしないと移動できないじゃない。
それにこのトカゲほど可愛くないわ。
周囲の生徒は、火の精霊を持つ友人たちの安否を案じていた。「大丈夫かしら」「戻って来られるのかしら」と声をひそめ合う。
けれどわたしの耳には、その声は遠かった。
今日は、わたしが笑われる日ではない。難癖をつけられる日でもない。
ただ、静かに食事ができる。ごく当たり前の日だった。
放課後、石畳の校庭を歩いていると、ふと気づいた。
――空気が澄んでいる。
いつもは燃える羽音や、炎の残り香のような熱気が漂っていた。火の精霊が集えば必ずそこに火照りが生まれ、校庭は落ち着かない場所だった。
けれど今日は、冷たく澄んだ風が頬を撫でるだけだった。
わたしは思わず立ち止まり、深呼吸をした。肺いっぱいに冷たい空気を吸い込む。胸の奥にまでしみわたり、心まで軽くなった。
「……なんて静かで、心地いいの」
声に出してみると、それは思いがけず素直な響きだった。
肩に小さな重みが乗った。精霊がぴょんと飛び移り、じっとわたしの横顔を見ている。小さな体から伝わる温もりは、炎よりも穏やかで優しい。
街の通りを歩いても、同じだった。いつもなら火の精霊を誇示する貴族の子らが練り歩き、道を赤く照らしていたのに、今日はその姿がない。かわりに、街路樹の影が長く伸び、鳥の声が静かに響いていた。
わたしは小さく笑った。
「今日は、いい日だったわ」
ほんのひとときかもしれない。けれど、火の精霊の不在がもたらしたこの静けさは、確かにわたしを救ってくれた。
空を仰ぐと、夕陽が石畳を茜色に染めていた。肩に乗る小さな精霊の温もりを感じながら、わたしは胸の奥でそっと言葉を結んだ。
こんな日が、ずっと続きますように。
「炎が消えた精霊たち、皆焼け焦げているんですって。寮で同室の子の精霊を見たって子から聞いたんですって」
「まるで灰の塊を抱えて歩いているようだったそうよ」
「しばらくは登校できないんじゃない?」
ひそひそ声が飛び交う。そして、その声にはどこか恐れと戸惑いの他にほっとした感じが混じっていた。
いつもなら「すごい」と畏敬の念を集める火の精霊が、今や惨めな姿になっている。生徒たちはどう反応すべきか分からないのだ。
わたしは机に視線を落とし、そっと息をついた。
心の奥で、小さな笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。偉そうにしているのに自分の精霊を制御できないなんて‥‥‥
温度が上がりすぎて自分を燃やしちゃった?ってことだろう。
――やっと、静かになった。
比べられることも、笑われることもない。
わたしを押しのけて馬鹿にして存在を主張するルーシーがいない。
だいたい火の精霊ってなんの役に立っていたの?火の粉をまき散らすだけだったじゃない。家の掃除も花壇の水やりもなんにも出来ない!
机の端で、わたしの精霊が丸くなって目を細めていた。授業中もずっと、静かに、ただそこにいた。緑の瞳がときおりきらりと光り、そのたびに胸の奥が温まる。
昼休みになると、生徒たちは食堂へ向かって散っていった。
普段なら火の精霊を従えた生徒たちが威勢よく席を占め、笑い声を響かせる。けれど今日は、その声がなかった。
代わりに、控えめな話し声と食器の触れ合う音だけが広がっていた。
わたしは一人で窓際の席に座り、スープを口に運んだ。孤独は、いつもなら胸を締めつけるはずだ。だが今日は違う。
――これは孤独ではなく、静けさだ。
食卓の上に、精霊がひょいと顔を出した。小さな前足を器の縁にかけ、パンくずを鼻先でつつく。わたしは思わず小さく笑った。
「それはあなたの食べ物じゃないのよ」
囁くと、精霊は尾を揺らして肩に戻った。今、気が付いたけどこれ転移で移動した?
なんか凄い能力。火の精霊なんて飛んだり、走ったりしないと移動できないじゃない。
それにこのトカゲほど可愛くないわ。
周囲の生徒は、火の精霊を持つ友人たちの安否を案じていた。「大丈夫かしら」「戻って来られるのかしら」と声をひそめ合う。
けれどわたしの耳には、その声は遠かった。
今日は、わたしが笑われる日ではない。難癖をつけられる日でもない。
ただ、静かに食事ができる。ごく当たり前の日だった。
放課後、石畳の校庭を歩いていると、ふと気づいた。
――空気が澄んでいる。
いつもは燃える羽音や、炎の残り香のような熱気が漂っていた。火の精霊が集えば必ずそこに火照りが生まれ、校庭は落ち着かない場所だった。
けれど今日は、冷たく澄んだ風が頬を撫でるだけだった。
わたしは思わず立ち止まり、深呼吸をした。肺いっぱいに冷たい空気を吸い込む。胸の奥にまでしみわたり、心まで軽くなった。
「……なんて静かで、心地いいの」
声に出してみると、それは思いがけず素直な響きだった。
肩に小さな重みが乗った。精霊がぴょんと飛び移り、じっとわたしの横顔を見ている。小さな体から伝わる温もりは、炎よりも穏やかで優しい。
街の通りを歩いても、同じだった。いつもなら火の精霊を誇示する貴族の子らが練り歩き、道を赤く照らしていたのに、今日はその姿がない。かわりに、街路樹の影が長く伸び、鳥の声が静かに響いていた。
わたしは小さく笑った。
「今日は、いい日だったわ」
ほんのひとときかもしれない。けれど、火の精霊の不在がもたらしたこの静けさは、確かにわたしを救ってくれた。
空を仰ぐと、夕陽が石畳を茜色に染めていた。肩に乗る小さな精霊の温もりを感じながら、わたしは胸の奥でそっと言葉を結んだ。
こんな日が、ずっと続きますように。
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