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18 火の精霊の凋落 2
食堂に仕える使用人たちは、壁際や柱の陰に控えていた。晩餐の片付けに備え、主人たちの背後に立ち、皿や杯の様子を窺っていた彼らは、侯爵家の精霊が突如として強烈に輝きを放った瞬間、思わず身を伏せた。
不死鳥の羽ばたきが視界を白く染め、焔コウモリの翼が影を裂き、大蛇のうねりが床を震わせた。
光は急速に消え、残されたのは煤にまみれた、焼け残り?だった。
煤けた不死鳥は、珍しく声を震わせながら羽根をたたんだ。
焔コウモリは黒ずんで、なかば破れた翼を引きずって夫人に、にじり寄る。
火炎狼の毛並みは焦げ落ち、剥き出しの歯が呻きと共に鳴った。
大蛇は崩れ落ちるように身を横たえ、紫炎のハヤブサは焼けた羽毛を散らした。
その変わり果てた姿に、使用人たちは息を呑み、背中に冷たい汗を流した。
彼らにとって火の精霊とは、常に畏敬すべき存在であり、侯爵家の威光そのものだった。
煌めきと熱をもって人々を威圧する。
だが今、目の前にあるのは、焼けた残骸。煤にまみれ、哀れそのものの姿だった。
「……嘘だろう」
誰かがかすかに呟いた。
その声は、祈りにも似た恐怖の吐露だった。
精霊たちはなおも主人に縋ろうと、煤けた体を震わせながらにじり寄る。焼け焦げた翼を、焦げた体を、必死に差し伸べる。まるで「どうか見捨てないで」と訴えるかのように。
だが侯爵家の人々は、顔をしかめ、一歩退いた。
侯爵は沈黙し、夫人は火傷を押さえながら視線を逸らす。姉も兄も妹も、誰ひとり手を伸ばそうとしなかった。
「……助けないのか?」
陰に控えていた若い下男が思わず口の中でつぶやいた。その隣で年嵩の侍女が青ざめて彼を肘で突き、首を振った。
――言ってはならない。見てはならない。そうでなければ、こののち、どんな処理をされるか?
侯爵は立ち上がり、無言のまま扉へ向かう。夫人が続き、子らも従った。精霊たちを背に残して。
その姿を見た使用人たちは、恐怖に震えた。
煤けた精霊たちの姿への恐怖。
そして、それを当然のように見捨てて去っていく主人たちの冷酷さへの恐怖。
「侯爵家の人々にとって、精霊すら捨て駒なのか」――そんな思いが一瞬でも胸をよぎったことを、誰も口にはしなかった。だがその思いは、食堂の隅々にまで広がり、冷たい影となって人々を縛った。
豪奢な食堂に残されたのは、煤けた精霊の呻き声と、漂う焦げ臭さ、そして人の心に巣食った言い知れぬ恐怖だけだった。
主人の足音が聞こえなくなったのを確かめた年嵩の侍女がてきぱきと指示を出した。
「古いシーツとテーブルクロスがあるから、それを敷いて精霊さんたちを使用人の空き部屋に寝かせましょう。ここにほおっておくわけにはいかないでしょ。布を持ってくるから、精霊さんを運ぶのを手伝って」
命令されるのに慣れた使用人はすぐに動いた。
ことを耳にした他の使用人の手伝って、侯爵家の精霊はとりあえず保護された。
使用人の精霊も恐る恐る火の精霊のようすをみている。怖くないとわかるとそばによっていった。
奥の給仕室。火の落ちたかまどのそばに集まった下女たちは、声をひそめた。
「……見た? 不死鳥のあの姿」
「ううん、見たときはシーツにくるまれていた」
「みたわよ。煤にまみれて震えてた……あれが、侯爵様の守護だなんて」
互いの顔を確かめ合うように頷きながら、次の言葉はためらいがちにこぼれた。
「精霊って、主を守るものでしょう? なのに、あんな……助けを求めるように見えたわ」
「それで……ご当主たちは、見捨てて出て行かれた。精霊に手を伸ばすこともなく」
彼女はその光景を思い出して小さく身を震わせた。
「精霊を置いていくなんて、聞いたことがない。わたしの精霊って大したことないけど‥‥‥大事」
年配の侍女が険しい声を落とした。
「口を慎みなさい。聞かれたら首が飛ぶわ」
だが、そう言いながら無理もないとわかっていた。言わずにはいられない。
「おかしくなったのは火の精霊だけだよね」
「そうだね。知ってる?庭師のところのタバサ。あの娘は火の精霊持ちってことで威張ってたけど、先週だったかな、あの精霊に火傷を負わされたんだ」
「そうなのか?あの方たちも火傷してたよね」
「あぁ、自分の精霊に火傷させられるってことからおかしかったんだよ」
「これから、どうなるんだろうね」
使用人の話は尽きなかった。
不死鳥の羽ばたきが視界を白く染め、焔コウモリの翼が影を裂き、大蛇のうねりが床を震わせた。
光は急速に消え、残されたのは煤にまみれた、焼け残り?だった。
煤けた不死鳥は、珍しく声を震わせながら羽根をたたんだ。
焔コウモリは黒ずんで、なかば破れた翼を引きずって夫人に、にじり寄る。
火炎狼の毛並みは焦げ落ち、剥き出しの歯が呻きと共に鳴った。
大蛇は崩れ落ちるように身を横たえ、紫炎のハヤブサは焼けた羽毛を散らした。
その変わり果てた姿に、使用人たちは息を呑み、背中に冷たい汗を流した。
彼らにとって火の精霊とは、常に畏敬すべき存在であり、侯爵家の威光そのものだった。
煌めきと熱をもって人々を威圧する。
だが今、目の前にあるのは、焼けた残骸。煤にまみれ、哀れそのものの姿だった。
「……嘘だろう」
誰かがかすかに呟いた。
その声は、祈りにも似た恐怖の吐露だった。
精霊たちはなおも主人に縋ろうと、煤けた体を震わせながらにじり寄る。焼け焦げた翼を、焦げた体を、必死に差し伸べる。まるで「どうか見捨てないで」と訴えるかのように。
だが侯爵家の人々は、顔をしかめ、一歩退いた。
侯爵は沈黙し、夫人は火傷を押さえながら視線を逸らす。姉も兄も妹も、誰ひとり手を伸ばそうとしなかった。
「……助けないのか?」
陰に控えていた若い下男が思わず口の中でつぶやいた。その隣で年嵩の侍女が青ざめて彼を肘で突き、首を振った。
――言ってはならない。見てはならない。そうでなければ、こののち、どんな処理をされるか?
侯爵は立ち上がり、無言のまま扉へ向かう。夫人が続き、子らも従った。精霊たちを背に残して。
その姿を見た使用人たちは、恐怖に震えた。
煤けた精霊たちの姿への恐怖。
そして、それを当然のように見捨てて去っていく主人たちの冷酷さへの恐怖。
「侯爵家の人々にとって、精霊すら捨て駒なのか」――そんな思いが一瞬でも胸をよぎったことを、誰も口にはしなかった。だがその思いは、食堂の隅々にまで広がり、冷たい影となって人々を縛った。
豪奢な食堂に残されたのは、煤けた精霊の呻き声と、漂う焦げ臭さ、そして人の心に巣食った言い知れぬ恐怖だけだった。
主人の足音が聞こえなくなったのを確かめた年嵩の侍女がてきぱきと指示を出した。
「古いシーツとテーブルクロスがあるから、それを敷いて精霊さんたちを使用人の空き部屋に寝かせましょう。ここにほおっておくわけにはいかないでしょ。布を持ってくるから、精霊さんを運ぶのを手伝って」
命令されるのに慣れた使用人はすぐに動いた。
ことを耳にした他の使用人の手伝って、侯爵家の精霊はとりあえず保護された。
使用人の精霊も恐る恐る火の精霊のようすをみている。怖くないとわかるとそばによっていった。
奥の給仕室。火の落ちたかまどのそばに集まった下女たちは、声をひそめた。
「……見た? 不死鳥のあの姿」
「ううん、見たときはシーツにくるまれていた」
「みたわよ。煤にまみれて震えてた……あれが、侯爵様の守護だなんて」
互いの顔を確かめ合うように頷きながら、次の言葉はためらいがちにこぼれた。
「精霊って、主を守るものでしょう? なのに、あんな……助けを求めるように見えたわ」
「それで……ご当主たちは、見捨てて出て行かれた。精霊に手を伸ばすこともなく」
彼女はその光景を思い出して小さく身を震わせた。
「精霊を置いていくなんて、聞いたことがない。わたしの精霊って大したことないけど‥‥‥大事」
年配の侍女が険しい声を落とした。
「口を慎みなさい。聞かれたら首が飛ぶわ」
だが、そう言いながら無理もないとわかっていた。言わずにはいられない。
「おかしくなったのは火の精霊だけだよね」
「そうだね。知ってる?庭師のところのタバサ。あの娘は火の精霊持ちってことで威張ってたけど、先週だったかな、あの精霊に火傷を負わされたんだ」
「そうなのか?あの方たちも火傷してたよね」
「あぁ、自分の精霊に火傷させられるってことからおかしかったんだよ」
「これから、どうなるんだろうね」
使用人の話は尽きなかった。
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