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22 マリアの提案 マリア目線
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春の風が、詰め所の窓から書類をめくっていった。
昼過ぎの陽射しは柔らかいのに、伯父の表情はさえない。
机の上には報告書の束と、飲みかけの冷めた紅茶。
わたしはその向かいに腰を下ろして、伯父の仕事が終わるのを待っていた。
「デイジーのことをご存知ですか?」
「あぁ、心無い噂がやまないと聞いている。衛兵も心配している」
伯父が知っているのは良かった。話が速い。
「噂が止まらん。街の女たちが言いふらしている。面白半分な者もいるだろうが、噂を信じる者もいそうだ」
そう言って、眉間を押さえた。
所長としての威厳を保っているけれど、伯父の中にあるのは職務の心配というよりも、ひとりの人間としての痛みだった。優しい伯父は本気でデイジーのことを心配している。わたしは知っていることを話すことにした。
「リーフ夫人がね、まだ言い続けているの。もうデイジーとの婚約はなくなったのにね」
伯父の表情に怒りが加わった。知らなかったのだろう。
「パトリシアさんもお茶会の度に言ってるの。後をつけられた。行った先にいるとか、カイルと一緒に行動してるくせに、そんなことないのは、聞いてる人もわかるけど、相槌を打ってるみたい」
伯父が戸惑っている。元衛兵のカイルがついていながら、そんなことを言われて、プライドが傷ついた見たい。単純なんだから。
「それにね、雑貨屋や古着屋に、デイジーと取引するなって言ってるのよ」
伯父の眉がぴくりと動いた。
「まったく……あの家は、どこまで卑しい真似をすれば気が済む」
拳が机の上で握られる。いいわね。
「このままではデイジーの身が心配」
伯父は考え始めた。でもわからないよね。
わたしは紅茶の湯気を見つめながら、言葉を選んだ。
「伯父様……彼女をこの町から救い出しましょう」
「……救い出す?」
「ええ。王都へ!わたしが戻る時に一緒に連れて行くんです」
伯父の目がわずかに見開かれた。
「お前が、あの子を?」
「はい。王都なら、彼女を縛る噂もない。腕があれば、ちゃんと評価してくれる。それに、仕立て屋を開く場所なら、伯父様の伝手もありますでしょう?」
伯父はしばらく黙ってわたしを見た。
「……お前、あの子のためにそこまで考えていたのか」
「放っておけませんもの。あの人は、誰よりも真面目で優しい。それに腕は一流です。王都に行けばもっと輝くでしょう。この町にはもったいない人です」
「王都でも、彼女はきっと立派にやっていけます。むしろ、ここよりも認められると思います。王都には見る目のある人がたくさんいます」
わたしは身を乗り出して言った。
伯父は眉を寄せたまま、考えている。
「そうかもしれん……だが、あの子は簡単には動かんだろう。自分の手で築いた店がある」
「ですから、逃げるのではなく、才能を伸ばすため。次の場所で挑戦するのだと伝えたいんです」
わたしの言葉に、伯父はゆっくりとうなずいた。
「……お前が言うなら、話だけでもしてみる価値はあるな」
「えぇあります」
「ちょうどいい。明日はデイジーがここに来る日だ」
デイジーが詰め所に現れた。前に見た時よりやつれているが、なぜか綺麗になっている。なんていうか洗われた?
灰色のスカートに白いブラウス。髪は後ろで束ねられて髪飾りが素敵だ。
早速、制服の繕いに取り掛かった所に話しかけた。待てなかったのだ。
「ねぇ、デイジー。前から思っていたのだけど、王都へ行かない?」
「え?王都?」と驚いているが、手は正確に動いている。
構わず、続けた。
「うん、王都で店を出しませんか?わたし、王都へ戻るんです。ですから一緒に」
「えっと王都へですか?」とデイジーが言う。さすがに手は止まっている。
「お店の場所は、二人で納得のいく所を探しましょう。頼って下さいな。一人じゃないのよ」
そう言うと、
「わたしは、これで、デイジー来週もここに来るでしょ。わたしも来ます。急がなくていいから、じっくり相談しましょ。そしたら行くわ」
と立ち上がって詰め所を出た。
伯父が急いでデイジーのそばに行って、
「すまん、言い出したら聞かんやつでな」と言っているのが聞こえた。
昼過ぎの陽射しは柔らかいのに、伯父の表情はさえない。
机の上には報告書の束と、飲みかけの冷めた紅茶。
わたしはその向かいに腰を下ろして、伯父の仕事が終わるのを待っていた。
「デイジーのことをご存知ですか?」
「あぁ、心無い噂がやまないと聞いている。衛兵も心配している」
伯父が知っているのは良かった。話が速い。
「噂が止まらん。街の女たちが言いふらしている。面白半分な者もいるだろうが、噂を信じる者もいそうだ」
そう言って、眉間を押さえた。
所長としての威厳を保っているけれど、伯父の中にあるのは職務の心配というよりも、ひとりの人間としての痛みだった。優しい伯父は本気でデイジーのことを心配している。わたしは知っていることを話すことにした。
「リーフ夫人がね、まだ言い続けているの。もうデイジーとの婚約はなくなったのにね」
伯父の表情に怒りが加わった。知らなかったのだろう。
「パトリシアさんもお茶会の度に言ってるの。後をつけられた。行った先にいるとか、カイルと一緒に行動してるくせに、そんなことないのは、聞いてる人もわかるけど、相槌を打ってるみたい」
伯父が戸惑っている。元衛兵のカイルがついていながら、そんなことを言われて、プライドが傷ついた見たい。単純なんだから。
「それにね、雑貨屋や古着屋に、デイジーと取引するなって言ってるのよ」
伯父の眉がぴくりと動いた。
「まったく……あの家は、どこまで卑しい真似をすれば気が済む」
拳が机の上で握られる。いいわね。
「このままではデイジーの身が心配」
伯父は考え始めた。でもわからないよね。
わたしは紅茶の湯気を見つめながら、言葉を選んだ。
「伯父様……彼女をこの町から救い出しましょう」
「……救い出す?」
「ええ。王都へ!わたしが戻る時に一緒に連れて行くんです」
伯父の目がわずかに見開かれた。
「お前が、あの子を?」
「はい。王都なら、彼女を縛る噂もない。腕があれば、ちゃんと評価してくれる。それに、仕立て屋を開く場所なら、伯父様の伝手もありますでしょう?」
伯父はしばらく黙ってわたしを見た。
「……お前、あの子のためにそこまで考えていたのか」
「放っておけませんもの。あの人は、誰よりも真面目で優しい。それに腕は一流です。王都に行けばもっと輝くでしょう。この町にはもったいない人です」
「王都でも、彼女はきっと立派にやっていけます。むしろ、ここよりも認められると思います。王都には見る目のある人がたくさんいます」
わたしは身を乗り出して言った。
伯父は眉を寄せたまま、考えている。
「そうかもしれん……だが、あの子は簡単には動かんだろう。自分の手で築いた店がある」
「ですから、逃げるのではなく、才能を伸ばすため。次の場所で挑戦するのだと伝えたいんです」
わたしの言葉に、伯父はゆっくりとうなずいた。
「……お前が言うなら、話だけでもしてみる価値はあるな」
「えぇあります」
「ちょうどいい。明日はデイジーがここに来る日だ」
デイジーが詰め所に現れた。前に見た時よりやつれているが、なぜか綺麗になっている。なんていうか洗われた?
灰色のスカートに白いブラウス。髪は後ろで束ねられて髪飾りが素敵だ。
早速、制服の繕いに取り掛かった所に話しかけた。待てなかったのだ。
「ねぇ、デイジー。前から思っていたのだけど、王都へ行かない?」
「え?王都?」と驚いているが、手は正確に動いている。
構わず、続けた。
「うん、王都で店を出しませんか?わたし、王都へ戻るんです。ですから一緒に」
「えっと王都へですか?」とデイジーが言う。さすがに手は止まっている。
「お店の場所は、二人で納得のいく所を探しましょう。頼って下さいな。一人じゃないのよ」
そう言うと、
「わたしは、これで、デイジー来週もここに来るでしょ。わたしも来ます。急がなくていいから、じっくり相談しましょ。そしたら行くわ」
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