手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり

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第十九話 橋が通った日

澄み渡る冬晴れの朝だった。王領になってから、何年だろうか?この地の住民は冬の薪に不自由しなくなった

さて、太陽が中ほどに上がった頃、冷たい川の水面に白い光が跳ね返り、川岸に集まった人々の顔を照らした。
今日、領地を横切る川には新しい橋が架かる。
それは、ジーク・アドレーが提案し、エリザがかつて夢見た構想を引き継いだものだ。
王領になってすぐ、橋の隣りに新しい橋が架けられた。そして古い橋を掛け替えた。

今度の橋は鉄とコンクリートを使った実験的なもので、製作中から視察が多かった。
そして今日の開通式典には王族も出席している。華やかな楽隊の演奏が朝の空気を震わせていた。

シスレー家の四人は、橋の袂の人混みの中に混じっていた。
粗末な外套を身にまとい、領民と同じように足元の泥を避けながら立っている。
祖父は杖を突き、やや俯いて息を整えていた。
テリウスはその隣で無言のまま、遠くの橋の中央に立つ人物を見つめていた。
ラーラと義母は寄り添うように立っていたが、今日は誰も口を開かず、ただじっと視線を前に向けていた。

橋の中央では、淡い色の外套を翻す一人の女性が、王室の要人と並んでいた。
エリザだ。
古い橋をジークと一緒に見て、もう一本橋を作ったらと助言されて何年経っただろう。
あの頃の彼女には、家族がいた。そしてその家族が彼女の足をひっぱたのだ。
だが今は、自らの足で立ち、アドレーの補佐として新たな計画を進め、この橋を形にした。

誰かが小声で言った。
「領主様は追い出されたのに、橋はあの人の・・・」

それを聞いたテリウスは、一瞬だけ目を閉じた。
悔しさとも羨望ともつかぬ苦い感情が喉の奥を焦がす。
祖父もまた、口元を固く結び、エリザの姿から目を逸らせなかった。

王室の旗が風にたなびく。
豪奢なマントを羽織った王族の若い王子が、橋の開通を告げる言葉を朗々と読み上げた。
王室の力は落ちたけれど、こういった式典に花を添える役割は大きい。
黄金の鋏が差し出され、橋の端にかけられた白いリボンが切り落とされると、集まった人々からどよめきと拍手が起こった。

エリザは、その王子に一歩も引かず、真っ直ぐに視線を返していた。
誰かに守られるのではなく、対等に声を持つ者として。
王子の言葉が礼儀以上に踏み込んだものになると、エリザはかすかに首を傾け、口元だけで静かに笑い、反論を返した。
その声は遠くの四人には聞こえない。
だが、その場に漂う張り詰めた空気が、確かに彼女が臆することなく王室の人間と対峙していることを物語っていた。
そして、領民はその姿に誇りと感じるのだ。

祖父は杖を握る手に力を込めた。
ラーラが思わず視線を祖父に向けたが、何も言わなかった。
義母はその横で息を飲み、遠くの娘の背中を凝視していた。
テリウスだけが小さく笑った。
敗北の苦笑ではない。
ほんの少しだけ、遠い昔の温かさに触れたような、わずかな誇りの残り香を噛みしめるような笑みだった。

拍手が次第に大きくなる。
橋の中央で、エリザはアドレーと短く言葉を交わし、そのまま王子に礼をした。
周囲の人々が手を伸ばし、橋を渡る許しを乞うと、エリザは一歩脇に退き、笑顔で手を広げた。
まるで自分のものではなく、すべて領民のためにあるのだと示すように。

シスレー家の四人は、流れ込む人波に押されるように橋の近くまで歩みを進めた。
橋のたもとに立つエリザと目が合う。
彼女は一瞬だけ、こちらを見た。
何の怒りも嘲りもない。
ただ「あなたたちも渡ればいい」とでも言いたげな、淡い眼差しだった。

祖父はその目を受け止めきれずに、視線を逸らした。
テリウスは胸の奥がひりつくのを感じた。
ラーラも義母も、少しだけ口元を緩めたが、すぐに押し黙った。

何を失ったのか。

その問いは、四人が声にせずとも胸の奥で響いていた。
この橋のように、誰かと誰かを繋ぐはずだったものを、何度も何度も切り落としてきたのだ。
手に持っていたはずの格式も名声も、振り捨てたのは自分たちだ。
それでも。

「お祖父様。橋を渡って見ましょうか?」

ラーラの小さな声が、冷たい空気を割った。
祖父はぎこちなく頷いた。
杖を突き、橋の入り口に足を踏み入れると、石造りの舗装が雪を受けて少しだけ滑りそうだった。
テリウスがそっと肩を支える。
義母が後ろで、コートの裾を直す。誰も責める言葉を吐かない。
誰も泣かない。

橋の中央を越える頃、遠くでエリザが村の子どもに囲まれているのが見えた。
何かを尋ねる王室の従者に、子どもたちの背中を押し、真剣に答える姿があった。

あの時、何一つ与えてやれなかった。
あの誇りを踏みにじり、あの未来を奪ったのは自分たちだ。
だが今だけは、心のどこかで誇りたかった。
「我が血筋がこの橋を渡した」

それは言葉にすれば滑稽だ。だが、この冷たい石の上を踏みしめる一歩一歩が、シスレー家の誰にとっても小さな償いのように感じられた。

陽が高く昇り、橋の上に落ちる影がゆっくりと伸びていく。
川の水音が、春の訪れを告げるように低く響いていた。


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