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17 もう逃さない アサト目線
今日のカオリは最初から笑顔だった。
車のドアを閉めると同時に、「お弁当、美味しかった」と言った。
倉庫整理のように体を使った仕事をしていい感じに疲れているようだ。
「それにね」とカオリが続けた。「ジャージってこれしか持ってないから、次の休みに買いに行こうと思ってる」
俺は笑ってハンドルを軽く叩いた。
どさくさに紛れて色々買い与えよう。部屋の服も靴も、弄った形跡があるから、気持ち悪いと全部処理して、トランク一個で生活していたんだ。
彼女の心が日常を取り戻そうとしているようだ。
これから、カオリの日常は俺が整える。
十年前の俺は、あの時それができなかった。
傷ついたカオリが出ていった夜、追いかけようと玄関に出た俺を、レイコが抱きとめた。
「やめて、行かないで。行ったら自殺する」
あの言葉に躊躇した自分を、今でも許せない。
振り払えなかった。結果、カオリは戻らなかった。
後に知った。レイコが陰でカオリを攻撃していたことを。
あの女は、嫉妬という名の毒で、カオリを汚染していたのだ。
気づいた時にはすべて遅く、カオリは海の向こうに行っていた。
俺も仕事を理由に海外へ逃げた。忘れるために。だが、忘れられるわけがない。
必死で探して会いに行ったら、彼女は帰国していた。
軌道に乗った仕事をやめられなくて向こうが長くなった。
やっと仕事を人に譲って戻って来た。
だから今回、彼女が再び俺の前に現れたのは――奇跡というより、猶予だ。
二度と逃がすな、という神の期限付きの赦しだ。
信号が青に変わる。
カオリが助手席で窓を少し開けた。風が髪を揺らす。
「この風、好き。秋の匂いがする」
その横顔を見ながら、俺は思った。
十年なんて、すぐに乗り越えられる。
夕食の時、またも会社のwebページに異常が出たことを話すと、
「気の毒だけど、おかしい」と屈託なく言った。
頭の片隅で、次の手を考える。
ヤマモトさんとは税理士を通じて話をして、状況を説明した。
これからやることを話すと、
「なんと」と驚きながらも面白がっていた。
ヤマモトさんの孫も、話を聞いて笑っていた。
「じいさんが惚れたの、あの人でしょ。そりゃ面白いわ」
その孫を、俺は呼び寄せた。正式にはうちの関連会社で働いてもらう。若いが、筋がいい。
いずれ、カオリの周囲を整理するときにも、外からの協力者として使える。
全部、布石だ。
彼女が再び笑えるようにするための。
そして、その笑顔を俺の手の中に閉じ込めておくための。
全員、生贄になって貰う。特に、トオル。あいつはカオリを自由にしたことがある。絶対に許さない。
助手席のカオリが窓の外を見ながら、「あの写真、どうなったかな」とぽつりと言った。
俺は内心でにやりとした。
「あの写真って?」
「例の、会社のページに上がったやつ。ヤマモトさんは喜んでたけどね。もう削除されたけど大事に持っとくって」
「削除されても、跡は残るさ」
「だよね。いったい誰がアップしたんだろう」
「さぁ……会ってお礼を言いたいくらいだ」
彼女は俺の言葉の意味に気づかない。
俺の声には、穏やかな皮肉が混じっていることを悟らずに、少し笑った。
そう、それでいい。今は知らなくていい。でも、倉庫の仕事で体を使っていると、トオルなんてどうでも良くなったと言い出した。なんでも音楽を聴きながら仕事をしているとか。それもそうだろうが、俺をしては幸せになったから復讐なんて考えなくなったんだと思いたいな。
でも、俺は復讐を済ませると幸せになるタイプなんだ。
会社の連中が騒ぐほど、彼女の俺に対する信頼は増している。
朝、俺の作った朝食を食べて笑い、昼も俺の作った弁当を食べる。夜は俺の部屋でお茶を飲んで眠る。
習慣ができれば、それは絆になる。
絆になれば、外の声は届かない。
赤信号で車を止めた。
隣を見ると、カオリは目を閉じていた。
少し安心したような寝顔。
指先で髪を払いたかったが、やめた。まだ早い。
手を伸ばすのは、すべてが片付いてからだ。
部屋に戻ると、カオリは着替えてソファに座った。
「明日の弁当、何にしようか」
「唐揚げ。ニンニク効かせて。体力いるから」
即答する。にんにくか。嫌がらせにいいな。たっぷり使おう。
彼女は嬉しそうにうなずいて、「ありがとう」と言った。
夜更け、彼女が眠ったあとで、俺は書斎の机に向かった。
ヤマモトさんの孫――ユウトにメールを送る。
《予定通り、週明けから動いてくれ。弁護士事務所でらしくなるよう、少し勉強ね》
送信ボタンを押す。
パソコンの画面に映る自分の顔は、以前より落ち着いていた。
復讐ではない。
これは再建だ。カオリという宝物を守るための、静かな戦争でもあり、わたしの日本のビジネス界へのデヴューだ。
寝る前にカオリの部屋を覗いた。
カオリの髪が枕に広がっていた。あの髪を手で撫でながら眠る日はいつ?まだ遠い日?それとも・・・明日?
車のドアを閉めると同時に、「お弁当、美味しかった」と言った。
倉庫整理のように体を使った仕事をしていい感じに疲れているようだ。
「それにね」とカオリが続けた。「ジャージってこれしか持ってないから、次の休みに買いに行こうと思ってる」
俺は笑ってハンドルを軽く叩いた。
どさくさに紛れて色々買い与えよう。部屋の服も靴も、弄った形跡があるから、気持ち悪いと全部処理して、トランク一個で生活していたんだ。
彼女の心が日常を取り戻そうとしているようだ。
これから、カオリの日常は俺が整える。
十年前の俺は、あの時それができなかった。
傷ついたカオリが出ていった夜、追いかけようと玄関に出た俺を、レイコが抱きとめた。
「やめて、行かないで。行ったら自殺する」
あの言葉に躊躇した自分を、今でも許せない。
振り払えなかった。結果、カオリは戻らなかった。
後に知った。レイコが陰でカオリを攻撃していたことを。
あの女は、嫉妬という名の毒で、カオリを汚染していたのだ。
気づいた時にはすべて遅く、カオリは海の向こうに行っていた。
俺も仕事を理由に海外へ逃げた。忘れるために。だが、忘れられるわけがない。
必死で探して会いに行ったら、彼女は帰国していた。
軌道に乗った仕事をやめられなくて向こうが長くなった。
やっと仕事を人に譲って戻って来た。
だから今回、彼女が再び俺の前に現れたのは――奇跡というより、猶予だ。
二度と逃がすな、という神の期限付きの赦しだ。
信号が青に変わる。
カオリが助手席で窓を少し開けた。風が髪を揺らす。
「この風、好き。秋の匂いがする」
その横顔を見ながら、俺は思った。
十年なんて、すぐに乗り越えられる。
夕食の時、またも会社のwebページに異常が出たことを話すと、
「気の毒だけど、おかしい」と屈託なく言った。
頭の片隅で、次の手を考える。
ヤマモトさんとは税理士を通じて話をして、状況を説明した。
これからやることを話すと、
「なんと」と驚きながらも面白がっていた。
ヤマモトさんの孫も、話を聞いて笑っていた。
「じいさんが惚れたの、あの人でしょ。そりゃ面白いわ」
その孫を、俺は呼び寄せた。正式にはうちの関連会社で働いてもらう。若いが、筋がいい。
いずれ、カオリの周囲を整理するときにも、外からの協力者として使える。
全部、布石だ。
彼女が再び笑えるようにするための。
そして、その笑顔を俺の手の中に閉じ込めておくための。
全員、生贄になって貰う。特に、トオル。あいつはカオリを自由にしたことがある。絶対に許さない。
助手席のカオリが窓の外を見ながら、「あの写真、どうなったかな」とぽつりと言った。
俺は内心でにやりとした。
「あの写真って?」
「例の、会社のページに上がったやつ。ヤマモトさんは喜んでたけどね。もう削除されたけど大事に持っとくって」
「削除されても、跡は残るさ」
「だよね。いったい誰がアップしたんだろう」
「さぁ……会ってお礼を言いたいくらいだ」
彼女は俺の言葉の意味に気づかない。
俺の声には、穏やかな皮肉が混じっていることを悟らずに、少し笑った。
そう、それでいい。今は知らなくていい。でも、倉庫の仕事で体を使っていると、トオルなんてどうでも良くなったと言い出した。なんでも音楽を聴きながら仕事をしているとか。それもそうだろうが、俺をしては幸せになったから復讐なんて考えなくなったんだと思いたいな。
でも、俺は復讐を済ませると幸せになるタイプなんだ。
会社の連中が騒ぐほど、彼女の俺に対する信頼は増している。
朝、俺の作った朝食を食べて笑い、昼も俺の作った弁当を食べる。夜は俺の部屋でお茶を飲んで眠る。
習慣ができれば、それは絆になる。
絆になれば、外の声は届かない。
赤信号で車を止めた。
隣を見ると、カオリは目を閉じていた。
少し安心したような寝顔。
指先で髪を払いたかったが、やめた。まだ早い。
手を伸ばすのは、すべてが片付いてからだ。
部屋に戻ると、カオリは着替えてソファに座った。
「明日の弁当、何にしようか」
「唐揚げ。ニンニク効かせて。体力いるから」
即答する。にんにくか。嫌がらせにいいな。たっぷり使おう。
彼女は嬉しそうにうなずいて、「ありがとう」と言った。
夜更け、彼女が眠ったあとで、俺は書斎の机に向かった。
ヤマモトさんの孫――ユウトにメールを送る。
《予定通り、週明けから動いてくれ。弁護士事務所でらしくなるよう、少し勉強ね》
送信ボタンを押す。
パソコンの画面に映る自分の顔は、以前より落ち着いていた。
復讐ではない。
これは再建だ。カオリという宝物を守るための、静かな戦争でもあり、わたしの日本のビジネス界へのデヴューだ。
寝る前にカオリの部屋を覗いた。
カオリの髪が枕に広がっていた。あの髪を手で撫でながら眠る日はいつ?まだ遠い日?それとも・・・明日?
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