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20 買い物 アサト目線
カオリが「ジャージを買いに行く」と言い出した。やっとチャンスがやって来た。
だが、ただ“ジャージを買う”で済ませる気はなかった。
この機会に、彼女の生活の輪郭を、俺の手で整える。
服、靴、部屋着。ひとつひとつ、彼女の身に触れるものを俺が選ぶ。それが、俺にできる最上の贈り物であり、束縛でもある。
休日、午前十時。
カオリは仕事着のスーツを着ていた。そのスーツは彼女の横顔をキリッと見せている。俺が好きな一面でもある。
「一緒に行く」と言うと戸惑っている。
「何か、したいことはないの?」と言うのに
「ついて行きたい」と答えるとふっと笑った。
車の中で、彼女は弾んだ声で、
「お弁当、美味しかった」と言った。
昨夜、少しニンニクを効かせた唐揚げ弁当だ。
「明日また作って」と言われて、俺は「もちろん」と返した。
この“もちろん”が、絆の音に聞こえる。
ショッピング街に着くと、カオリは、
「ここにジャージってあるの?」と言った。
「ある。せっかくだから、俺の好きな店で買おう」
「たかがジャージだからな」
価格も生地も仕立てもまるで違う。
「高いよ」とカオリが言ったが、
「大丈夫、ブランドってわからないから。見た目はジャージだ」
そう言って試着室に押し込むと、店員が気を利かせて採寸を始めた。
これで次回以降、店の方から「お似合いの新作が」と連絡が来るだろう。
試着室のカーテンが少し開いて、鏡越しに彼女の姿が見えた。
よくある、紺色だが、ハイブランドならではの発色だ。
俺の好きな色だ。
「似合ってる」
「そう?」
「うん。俺が着せたいと思ってたの、まさにそれ」
彼女は一瞬きょとんとしたあと、頬を赤らめて笑った。
鏡に映るその笑顔を見ながら、心の奥で先ず一手と呟いた。
会計を済ませると、彼女が「お金出す」と言いかけた。
「いいって。お祝いみたいなものだ」
「なにのお祝い?」
「再会記念」
軽口のように言って笑うと、彼女もつられて笑った。
レジの店員が微笑む。知らない他人の前で、俺たちはまるで恋人同士のようだった。
そのまま隣のフロアへ。
「ここで着る服を買って着替えよう。それは仕事着だろ?」
「切り替えよう」と言うと曖昧にうなずいた。
「どうかな?」と試着室から出て来た彼女。
「似合ってる。可愛い」と言って彼女が着ていた服を紙袋に入れて貰った。
服がなくなった彼女は、仕方ないって顔をしたが嬉しそうだった。
「部屋着も買おう」と言うと、彼女は首をかしげた。そして強く首を横に振った。
「え?それは間に合ってる。家で着るだけだし」
「家で着るだけだから、誰も気にしないさ」
そう言って、柔らかいコットンのワンピースを手に取った。
淡いベージュ。肩が少し落ちるライン。
「俺の好みの服を着せたい。そういうのって、一度やってみたかったんだ。頼む。家の中だから」
半ば拝むように言うと、彼女は苦笑して、
「そう?ありがとう」と答えた。
服を三着、靴を二足。
どれもさりげないが、すべて俺が“選ばせた”ものだ。
採寸カードはどの店でしっかり登録された。
次からは、これらのブランドからも“彼女に似合う服”の提案が届くだろう。
その提案先は、もちろん俺の連絡先だ。
夕方になり、少し疲れた様子のカオリをカフェに誘った。
「話題の店があるんだ。スイーツが美味しい」
「入れるかな。ここ、人気でしょ?」
「大丈夫」
俺がオーナーだからな。とは言わずに、笑ってドアを開けた。
店内は、白いタイルと木のテーブル。柔らかな光が窓から差し込み、花瓶のレモンがアクセントになっている。
カオリは感嘆の声を上げた。
「おしゃれ……こんな店、久しぶり」
「ここ、レモンパイが有名なんだ。オレンジカスタードのオレンジパイも美味い。半分ずつ食べよう」
メニューを渡す前にそう言うと、彼女は「子供みたい」と笑って頷いた。
レモンカスタードの香りが漂う。フォークを入れると、彼女の表情が柔らかくほどけた。
「美味しい。こんなの初めて」
「気に入ってくれてよかった」
俺はコーヒーを口にしながら、彼女の口元のクリームを指で拭いたい衝動を抑えた。
距離を詰めるのは、焦るほどに失敗する。
まだ彼女の“逃げ道”は塞がなくていい。逃げる先を全部俺が用意しておけばいい。
窓際の席から外を見下ろすと、通りをミナとトオルが歩いていくのが見えた。
カオリは気づかない。
俺はカップを持ち上げて、ほんのわずかに口角を上げた。
神は見せたがっている。勝者と敗者の構図を。
店を出る頃、空は橙色に染まっていた。
カオリは「今日は楽しかった」と言って、ふっと肩の力を抜いた。
「服、買いすぎちゃった」
「いいさ。今日の分、全部俺に請求書回してもらうようにしてある」
「え、そこまで?」
「当たり前だろ。俺の好みの服を着せたいって言ったじゃないか」
「……やっぱりずるいね、アサト」
そう言って笑う。
その笑顔に、十年前の彼女が重なる。
もう一度、手に入れた。絶対に手放さない。
帰り道、車の中でカオリは窓の外を見ながら言った。
「こうして街を歩くの、久しぶり」
「いい街だよ。安全で、綺麗で、少しだけ俺の庭だ」
「庭?」
「管理してるって意味さ」
意味を理解できずに首をかしげる彼女を横目で見ながら、俺は微笑んだ。
この街も、この車も、この時間も、すべて俺の掌の上。
部屋に戻ると、カオリは買った服を丁寧にハンガーに掛けていた。
「こんなに買うつもりなかったのに」
「似合うものを着てほしいだけだよ」
「……でも、ちょっと贅沢かな」
「レディの服は、俺の投資だ」
そう言って、軽く頭を撫でた。
彼女は照れたように笑って、「お茶淹れるね」とキッチンに消えた。
湯気の立つマグを手にして戻ってきた彼女の背中を見つめながら、思う。
今の彼女の生活は、俺の采配のもとにある。
食事も、服も、家具も、行く店も。
“自由”の名を借りた支配は、優しさに包まれて完成する。
これが復讐だなんて、誰が言える?
俺はただ、愛する女を守っているだけだ。
二度と、彼女を誰にも奪わせない。
隣の部屋の灯りが消える。
寝息のリズムを確かめながら、俺は深く息を吸った。
だが、ただ“ジャージを買う”で済ませる気はなかった。
この機会に、彼女の生活の輪郭を、俺の手で整える。
服、靴、部屋着。ひとつひとつ、彼女の身に触れるものを俺が選ぶ。それが、俺にできる最上の贈り物であり、束縛でもある。
休日、午前十時。
カオリは仕事着のスーツを着ていた。そのスーツは彼女の横顔をキリッと見せている。俺が好きな一面でもある。
「一緒に行く」と言うと戸惑っている。
「何か、したいことはないの?」と言うのに
「ついて行きたい」と答えるとふっと笑った。
車の中で、彼女は弾んだ声で、
「お弁当、美味しかった」と言った。
昨夜、少しニンニクを効かせた唐揚げ弁当だ。
「明日また作って」と言われて、俺は「もちろん」と返した。
この“もちろん”が、絆の音に聞こえる。
ショッピング街に着くと、カオリは、
「ここにジャージってあるの?」と言った。
「ある。せっかくだから、俺の好きな店で買おう」
「たかがジャージだからな」
価格も生地も仕立てもまるで違う。
「高いよ」とカオリが言ったが、
「大丈夫、ブランドってわからないから。見た目はジャージだ」
そう言って試着室に押し込むと、店員が気を利かせて採寸を始めた。
これで次回以降、店の方から「お似合いの新作が」と連絡が来るだろう。
試着室のカーテンが少し開いて、鏡越しに彼女の姿が見えた。
よくある、紺色だが、ハイブランドならではの発色だ。
俺の好きな色だ。
「似合ってる」
「そう?」
「うん。俺が着せたいと思ってたの、まさにそれ」
彼女は一瞬きょとんとしたあと、頬を赤らめて笑った。
鏡に映るその笑顔を見ながら、心の奥で先ず一手と呟いた。
会計を済ませると、彼女が「お金出す」と言いかけた。
「いいって。お祝いみたいなものだ」
「なにのお祝い?」
「再会記念」
軽口のように言って笑うと、彼女もつられて笑った。
レジの店員が微笑む。知らない他人の前で、俺たちはまるで恋人同士のようだった。
そのまま隣のフロアへ。
「ここで着る服を買って着替えよう。それは仕事着だろ?」
「切り替えよう」と言うと曖昧にうなずいた。
「どうかな?」と試着室から出て来た彼女。
「似合ってる。可愛い」と言って彼女が着ていた服を紙袋に入れて貰った。
服がなくなった彼女は、仕方ないって顔をしたが嬉しそうだった。
「部屋着も買おう」と言うと、彼女は首をかしげた。そして強く首を横に振った。
「え?それは間に合ってる。家で着るだけだし」
「家で着るだけだから、誰も気にしないさ」
そう言って、柔らかいコットンのワンピースを手に取った。
淡いベージュ。肩が少し落ちるライン。
「俺の好みの服を着せたい。そういうのって、一度やってみたかったんだ。頼む。家の中だから」
半ば拝むように言うと、彼女は苦笑して、
「そう?ありがとう」と答えた。
服を三着、靴を二足。
どれもさりげないが、すべて俺が“選ばせた”ものだ。
採寸カードはどの店でしっかり登録された。
次からは、これらのブランドからも“彼女に似合う服”の提案が届くだろう。
その提案先は、もちろん俺の連絡先だ。
夕方になり、少し疲れた様子のカオリをカフェに誘った。
「話題の店があるんだ。スイーツが美味しい」
「入れるかな。ここ、人気でしょ?」
「大丈夫」
俺がオーナーだからな。とは言わずに、笑ってドアを開けた。
店内は、白いタイルと木のテーブル。柔らかな光が窓から差し込み、花瓶のレモンがアクセントになっている。
カオリは感嘆の声を上げた。
「おしゃれ……こんな店、久しぶり」
「ここ、レモンパイが有名なんだ。オレンジカスタードのオレンジパイも美味い。半分ずつ食べよう」
メニューを渡す前にそう言うと、彼女は「子供みたい」と笑って頷いた。
レモンカスタードの香りが漂う。フォークを入れると、彼女の表情が柔らかくほどけた。
「美味しい。こんなの初めて」
「気に入ってくれてよかった」
俺はコーヒーを口にしながら、彼女の口元のクリームを指で拭いたい衝動を抑えた。
距離を詰めるのは、焦るほどに失敗する。
まだ彼女の“逃げ道”は塞がなくていい。逃げる先を全部俺が用意しておけばいい。
窓際の席から外を見下ろすと、通りをミナとトオルが歩いていくのが見えた。
カオリは気づかない。
俺はカップを持ち上げて、ほんのわずかに口角を上げた。
神は見せたがっている。勝者と敗者の構図を。
店を出る頃、空は橙色に染まっていた。
カオリは「今日は楽しかった」と言って、ふっと肩の力を抜いた。
「服、買いすぎちゃった」
「いいさ。今日の分、全部俺に請求書回してもらうようにしてある」
「え、そこまで?」
「当たり前だろ。俺の好みの服を着せたいって言ったじゃないか」
「……やっぱりずるいね、アサト」
そう言って笑う。
その笑顔に、十年前の彼女が重なる。
もう一度、手に入れた。絶対に手放さない。
帰り道、車の中でカオリは窓の外を見ながら言った。
「こうして街を歩くの、久しぶり」
「いい街だよ。安全で、綺麗で、少しだけ俺の庭だ」
「庭?」
「管理してるって意味さ」
意味を理解できずに首をかしげる彼女を横目で見ながら、俺は微笑んだ。
この街も、この車も、この時間も、すべて俺の掌の上。
部屋に戻ると、カオリは買った服を丁寧にハンガーに掛けていた。
「こんなに買うつもりなかったのに」
「似合うものを着てほしいだけだよ」
「……でも、ちょっと贅沢かな」
「レディの服は、俺の投資だ」
そう言って、軽く頭を撫でた。
彼女は照れたように笑って、「お茶淹れるね」とキッチンに消えた。
湯気の立つマグを手にして戻ってきた彼女の背中を見つめながら、思う。
今の彼女の生活は、俺の采配のもとにある。
食事も、服も、家具も、行く店も。
“自由”の名を借りた支配は、優しさに包まれて完成する。
これが復讐だなんて、誰が言える?
俺はただ、愛する女を守っているだけだ。
二度と、彼女を誰にも奪わせない。
隣の部屋の灯りが消える。
寝息のリズムを確かめながら、俺は深く息を吸った。
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