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18 カレンと奥様
午前中、いつもの会社だった。始業前にカレンを囲んで質問攻めにした。あの写真がアップされたのは一瞬のことだったからカレンは何も知らなかった。女の子も暗黙の了解でカレンに何も知らせなかったのだ。
会議だ、書類だ、メールだと、誰もが忙しそうに仕事をしている振りをしながら、カレンを観察していた。ナガヤマ課長は何も知らないようだった。殿方の世界も大変ね。
この爆弾はどんなきっかけで爆発するのだろうか?
お昼休みになると、女の子が休憩室を占領した。まるで別世界。トレーの上の弁当を開ける音、笑い声、そして
噂。今日の話題は、もちろんカレンとナガヤマ課長のツーショット写真だった。
カレンは場の真ん中に座っていたが、何にも言わなかった。普段とは大違いだ。
わたしは笑いながら聞いていた。
また誰かのスキャンダル。昨日までのカオリ先輩の話題が、今日からはカレンになっただけ。
でも、内心では少し複雑だった。カレンとは気が合っていたから、だけどやり手の上司に取り入っていたのは許せなかった。
「わたし、あんなのアップなんてしてない。するわけないでしょ」
カレンはそう訴えた。わたしもその言い分は正しいと思う。
「そりゃそうでしょ。カレン。あなたそこまで馬鹿じゃない」と誰かが言った。
わたしは。
「でも、うっかりってあるじゃない?」とカレンに優しく言った。これ以上責めるのはまずい。優しい所は見せておかなくては。
「課長、奥様と別れるって言ったし、それにちょっとだけだったんでしょ?表紙に載ったのって」とカレンが必死に言っている。
「表紙に載ったことと奥様とどっちが大きいの?」とキヨミが言った。
「カワシマさんは見ず知らずの殿方と一緒でしょ。不潔よ。だけどわたしは、結婚を前提にしてるから。課長はやりてだもの。会社は問題にしないと思う。ねぇみんなもそう思うでしょ」とカレンが言っている。
その時だった。
入り口が静かになった。女性が休憩室に入って来た。
彼女は毅然とした足取りで中へ入って来た。
「え……あれ、誰?」
ざわめく社員たち。わたしもよく見ようと立ち上がった。
黒いスーツ、真珠のネックレス。落ち着いた年齢の美しい人だった。
そして――彼女の視線がカレンに向いた瞬間、わたしたちは彼女が誰かわかった。
「あなたが……お相手さんね?」
静かな声。けれど部屋の空気が凍りつくような緊張を孕んでいた。
「わたくし、ナガヤマの妻です」
その一言に、誰もが息を呑んだ。
「あなたのせいで、わたくしたちは離婚します」
そして、躊躇もなくその手が動いた。
ぱんっ、と乾いた音。
カレンの頬がはじかれた。
誰も動けなかった。
あまりに一瞬で、ドラマみたいに現実感がなかった。
女性は何事もなかったように静かに
「慰謝料を請求します。弁護士から連絡が行きますので」
それだけ言って、踵を返した。
強い背中だった。
残されたのは、呆然とする女の子。頬を抑えたカレンと、凍りついた殿方。
わたしはなぜか、その光景をどこか冷静に見ていた。
心の中のどこかで、“やっぱりね”と思っていたのかもしれない。
でも同時に、胸の奥が少しだけざらついた。
彼女が叩かれた時、自分が代わりに叩かれたような気もした。
わたしも、誰かのものを奪って幸せを手に入れた女だ。
だけど、わたしはカレンとは違う。後ろ暗いことはない。
トオルの気持ちはすでにカオリ先輩から離れていた。
主任が「みんな戻れ」と声を掛けて散らしてくれた。
わたしは弁当を片付けながら、カレンの頬の赤みを見ていた。
彼女はうつむいたまま、涙も見せない。
その強さが、なんだか怖かった。
平手打ちよりも、静かに立っている彼女の方が怖い。
昼休みが終わり、いつもの業務音が戻ってきた。
だけど、みんなの頭の中は同じ映像でいっぱいだったに違いない。
午後の会議の準備をしながら、わたしは思った。
人の不幸って、どうしてこんなに面白いんだろう。
そして、どうしてこんなに怖いんだろう。
窓の外に、秋の陽が差していた。
その光が、誰にも平等に降り注いでいるのが、皮肉に見えた。
わたしも、奪った分だけ、いつか奪われるのだろうか。
ううん、そんなことはない。わたしはしっかりと自分のものをこの手に掴む。決して離さない。
会議だ、書類だ、メールだと、誰もが忙しそうに仕事をしている振りをしながら、カレンを観察していた。ナガヤマ課長は何も知らないようだった。殿方の世界も大変ね。
この爆弾はどんなきっかけで爆発するのだろうか?
お昼休みになると、女の子が休憩室を占領した。まるで別世界。トレーの上の弁当を開ける音、笑い声、そして
噂。今日の話題は、もちろんカレンとナガヤマ課長のツーショット写真だった。
カレンは場の真ん中に座っていたが、何にも言わなかった。普段とは大違いだ。
わたしは笑いながら聞いていた。
また誰かのスキャンダル。昨日までのカオリ先輩の話題が、今日からはカレンになっただけ。
でも、内心では少し複雑だった。カレンとは気が合っていたから、だけどやり手の上司に取り入っていたのは許せなかった。
「わたし、あんなのアップなんてしてない。するわけないでしょ」
カレンはそう訴えた。わたしもその言い分は正しいと思う。
「そりゃそうでしょ。カレン。あなたそこまで馬鹿じゃない」と誰かが言った。
わたしは。
「でも、うっかりってあるじゃない?」とカレンに優しく言った。これ以上責めるのはまずい。優しい所は見せておかなくては。
「課長、奥様と別れるって言ったし、それにちょっとだけだったんでしょ?表紙に載ったのって」とカレンが必死に言っている。
「表紙に載ったことと奥様とどっちが大きいの?」とキヨミが言った。
「カワシマさんは見ず知らずの殿方と一緒でしょ。不潔よ。だけどわたしは、結婚を前提にしてるから。課長はやりてだもの。会社は問題にしないと思う。ねぇみんなもそう思うでしょ」とカレンが言っている。
その時だった。
入り口が静かになった。女性が休憩室に入って来た。
彼女は毅然とした足取りで中へ入って来た。
「え……あれ、誰?」
ざわめく社員たち。わたしもよく見ようと立ち上がった。
黒いスーツ、真珠のネックレス。落ち着いた年齢の美しい人だった。
そして――彼女の視線がカレンに向いた瞬間、わたしたちは彼女が誰かわかった。
「あなたが……お相手さんね?」
静かな声。けれど部屋の空気が凍りつくような緊張を孕んでいた。
「わたくし、ナガヤマの妻です」
その一言に、誰もが息を呑んだ。
「あなたのせいで、わたくしたちは離婚します」
そして、躊躇もなくその手が動いた。
ぱんっ、と乾いた音。
カレンの頬がはじかれた。
誰も動けなかった。
あまりに一瞬で、ドラマみたいに現実感がなかった。
女性は何事もなかったように静かに
「慰謝料を請求します。弁護士から連絡が行きますので」
それだけ言って、踵を返した。
強い背中だった。
残されたのは、呆然とする女の子。頬を抑えたカレンと、凍りついた殿方。
わたしはなぜか、その光景をどこか冷静に見ていた。
心の中のどこかで、“やっぱりね”と思っていたのかもしれない。
でも同時に、胸の奥が少しだけざらついた。
彼女が叩かれた時、自分が代わりに叩かれたような気もした。
わたしも、誰かのものを奪って幸せを手に入れた女だ。
だけど、わたしはカレンとは違う。後ろ暗いことはない。
トオルの気持ちはすでにカオリ先輩から離れていた。
主任が「みんな戻れ」と声を掛けて散らしてくれた。
わたしは弁当を片付けながら、カレンの頬の赤みを見ていた。
彼女はうつむいたまま、涙も見せない。
その強さが、なんだか怖かった。
平手打ちよりも、静かに立っている彼女の方が怖い。
昼休みが終わり、いつもの業務音が戻ってきた。
だけど、みんなの頭の中は同じ映像でいっぱいだったに違いない。
午後の会議の準備をしながら、わたしは思った。
人の不幸って、どうしてこんなに面白いんだろう。
そして、どうしてこんなに怖いんだろう。
窓の外に、秋の陽が差していた。
その光が、誰にも平等に降り注いでいるのが、皮肉に見えた。
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ううん、そんなことはない。わたしはしっかりと自分のものをこの手に掴む。決して離さない。
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