黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

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25 ミナ目線

 ジングウジ社長が来てから、会社の空気は妙に落ち着かない。あの日、突然ホールに全員集められて、経営権が移ったとか、正常化するとか、難しい話をされたけど、正直ピンと来なかった。社長って名乗ったジングウジって人、たしかに背が高くて声も通るけど、まるで映画の人みたいで、現実味がなかった。
 だけど、部長とナガヤマ課長は倉庫整理をしている。

 そして社長はあれ以来、一度も会社に来ていない。

 代わりに現れるのが、秘書と特命専務とかいう人。秘書は前に社長と一緒に来てやり手って感じだったけど。専務さんはチャラい感じで、この会社で、女性を女の子。男性を殿方って呼ぶ制度を褒めて自分のことは専務氏せんむうじと呼べとか言って拍手を貰ってた。仕事してるっていうより、雑談して回ってるだけだ。部署の女の子たちと話しては笑い声が上がり、殿方たちもどこかソワソワしてる。わたしはそのたびに、なんか置き去りにされた気分になる。

 カオリ先輩はというと――倉庫にいたのが嘘みたいに、あっという間に復帰した。「次の仕事をコバヤシ氏に譲るように」って言われて、資料をぜんぶ渡していたから、ゆっくりするつもりだったらしいけど、そのコバヤシ氏が倉庫勤務になって担当が戻って来たら、コバヤシ氏のやらかしで、お叱りの電話が来て、コバヤシ氏を連れて謝罪に行くとかで、出張中。
 なんか出来る女の見本みたいな活躍!
 だけど、わたしは本性を知ってる。乱暴で泥棒。

 社長がいなくなった後の会社は、まるで文化祭の後片付けみたいだった。あの派手な社長交代イベントが終わってから、みんな気が抜けてる。秘書と専務氏せんむうじたちは回って来るけど、何か具体的なことを言うわけでもなく、ただ見に来てる感じ。
 
 わたしはというと、心の中でひとつの計画を温めていた。
  「カオリ先輩を吊し上げる日」

 それを言うとトオルが止めて来た。
「やめとけよ、ミナ。今は余計なことするな。もうカオリには関わるな」

 わたしは口を尖らせた。カオリ?何その呼び方!
 もう、無理。我慢できない。泥棒したのは事実。トオルの部屋から、家具も食器も全部持っていった。
 あれはわたしにも権利があった。トオルのを泥棒したんじゃない。わたしのを泥棒したんだ。

 何もない部屋で床に座って泣いた夜を忘れない。床に寝たのを忘れない。あれを楽しい思い出に変えるためにも吊し上げをする。
 彼女には罪を償って貰う。ちゃんと支払いをして貰う。

 それに許せないことがもう一つ。
 
 出張前にカオリ先輩が会社に来た時、見ちゃったの。
 服。ブランド物。わたしが欲しいなぁと思ってたやつ。
 高そうな光沢のある生地で、地味な色なのに、見る人が見れば分かるやつ。
 スカーフも靴も、完璧に合わせてあって、まるで雑誌のモデルみたい。
 
 あの時、胸の中に何かが引っかかった。
 “あの人だけずるい”って。

 わたしだって、無理すれば買える。ローンって方法があるし。
 
 次の週末、トオルがゲームしてる間に一人で出かけた。
 同じブランドじゃなくてもいい。
 でも、同じクラスの服が欲しかった。店の鏡に映った自分を見た時、胸が高鳴った。
 わたしも、負けてない。そう思った。だって、鏡の中のわたしはキリッとして出来る女だったもの。


 店員さんがにこやかに「ローンもございますよ。みなさんそうなさってますよ」って言った。
 その言葉にすがるようにうなずいた。
 十回払い。
 契約書にサインをしながら、心の中で言い訳をした。
 自己投資ってやつ。これからのわたしに必要な服。

 ショップ袋を抱えて帰る道すがら、胸が少し痛んだ。
 トオルに何も言ってない。
 でも彼、気づかない。ゲームばかりしてるから。
 帰っても、「おかえり」だけで終わり。
 紙袋を見て、
 「なんだ。服を買ったのか?」って言ったから。
 「うん、買った」と答えた。
 
 次の朝、その服を着たわたしを見て、
 「似合うな。そういうのもいいね」と言った。こういう所はいいやつだね。
 確かに悪くない。肌に馴染む。肩のラインがきれい。
 それだけで気持ちが違った。
 通勤電車の窓に映る自分が、少しだけ「上の女」に見えた。
 カオリ先輩がこれを見たら、どんな顔するだろう。

 仕事があまりない会社は静かとは言えなかった。みんなが喋っているから。
 秘書と専務は今日も巡回に来た。なんかゲームの話題になって殿方の一部が盛り上がっている。
 そこに、女の子が混じり始めた。わたしも今日、帰ったらトオルとゲームをしよう。

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