黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

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26 吊し上げ 真相がわかる

 予定より遅くカオリ先輩が帰って来た。青い顔のコバヤシ氏と一緒に笑顔で戻って来た。
 すると秘書さんと専務氏が急ぎ駆け寄った。
 「さすが、頼りになります」「よかった。メールで報告は貰っていたけど顔を見ると安心します」と聞いていてむかついた。
 わたしは自分の席に座っていたけど、耳は全部そっちに向いていた。笑い声、軽い冗談、そして「本当にありがとうございます。カワシマさん。わたしではあぁ上手く収められませんでした」というコバヤシ氏の声。なんであんな言葉をかけられるの。あの人、泥棒なのに。


 わたしはじっと見ていた。コーヒーを飲む仕草、ノートにメモする姿、笑いながらうなずく横顔。そのどれもが「出来る女」そのものだった。みんな、また騙されてる。

 専務氏が「それじゃ今日はここまで」と立ち上がり、カオリ先輩が自分の席に戻り、コバヤシ氏がお土産を配ろうとし始めた。その瞬間、わたしの中で何かが弾けた。

 立ち上がって、声を出した。

「カオリ先輩は泥棒をしています。暴力も振るいました。そのことを皆さんに聞いて欲しいです。先輩も言い訳があるでしょうから、ここで話しましょう」

 一瞬、空気が凍った。
 そして、誰よりも早くトオルの声が響いた。

「やめろ、ミナ!」

 怒鳴り声。けど、もう遅い。みんながこっちを見ていた。
 わたしの声も、もう止まらなかった。

「トオルさんの部屋の家具を全部持っていったんです。ベッドも、ソファも、食器も。人の部屋のものを売ったんです。それって泥棒ですよね?」

 部屋の空気がざわめいた。ざわめきの中で、カオリ先輩は静かに立ち上がった。
 その顔は、怒ってもいない、泣いてもいない。驚いていた。

「あなた、誤解してるみたいね。あの部屋の家具も家電も、全部わたしが買ったものよ。部屋の契約も、家賃も全部、わたしが払ってた。そこの殿方から聞いてないの?確認しなかったの?」

「だからです。だって、同棲してたのに!」

「同棲してたからって、それがどうだって言うの? 払った人の物は、払った人の物。世の中、そういうふうに出来てるの。知らなかった?」

 淡々とした口調。わたしの胸が焼けるように熱くなった。

「でも……! でも、トオルさんの部屋なんです!」

「契約書見たことある? 名義はわたし。わたしの部屋。あなたたちが使ってたあの部屋は、わたしの契約した部屋。だから、わたしの物を持って出ただけ」

 周りの人たちの視線がわたしに向かう。誰も味方をしてくれない。
 どうして? みんな、あの人が悪いって知ってるはずなのに。

「だったら、わたしが泥棒って言ったのね。不思議だったのよね」

 そう言うと、カオリ先輩は小さくため息をついた。
 「よりによって泥棒だとわね」と呆れたように微笑んだ。

 その笑顔が、耐えられなかった。

「そんな……都合のいい言い訳!」

「言い訳じゃない。証拠なら全部ある。契約書も、領収書も、銀行の振り込み明細も」

 周りで、誰かが小さく笑った。
 笑われた。わたしが。みんなの前で。

「ミナ、もうやめろって!」
 トオルが立ち上がった。声が裏返っていた。
 その顔は、焦って、真っ青で、わたしを見ていなかった。
 トオルは社長秘書の方を見ていた。
 そして、気づいた。
 ホールの奥に、社長がいた。

 誰が呼んだのかわからない。
 でも、社長はそこにいた。
 冷たい視線で、すべてを見ていた。

 秘書が歩み出て、わたしたちの前で静かに言った。

「ジングウジ社長がお呼びです。カワシマさんとお二人とも、来てください」

 お二人――それは、わたしとトオル。
 社内が静まり返った。

 カオリ先輩が気の毒そうにこちらを見ていた。

 トオルが立ち上がり、わたしの腕をつかんだ。
 「行くぞ」と言う声が震えていた。
 引かれるままに歩く。廊下の先、重い扉の前。
 秘書がドアノブに手をかける。
 
 わたしたちが入ると、社長が椅子から顔を上げた。

「さて、騒がしい噂の中心人物が来たようだね」

 声は静かだった。でも、その静けさが一番怖かった。
 社長の横には秘書、そして専務氏。
 机の上には何枚かの書類。
 その一番上に、「社内風紀に関する報告」と書かれていた。

 社長は、ゆっくりとわたしを見た。
 その目が冷たかった。
 「君が、カワシマのことを泥棒だと言いふらしていたのか」

 喉が詰まった。声が出なかった。

「言いました……でも、だって、本当に――」

「証拠はあるのか?」

 証拠? そんなの、見た目で分かる。
 家具がなくなった部屋。泣いていたトオル。
 ――だけど、口にした瞬間、全部が幼稚に思えた。

「見ました。部屋が空っぽになってました。トオルさんの部屋です」

「その部屋の契約者は誰だ?」

 社長の声が刺さる。
 トオルが答えた。「……カオリです」

「家賃の支払い名義は?」

 「……カオリです」

「家具の領収書は?」

 「……わかりません。全部、最初からカオリの部屋にありました」

 その瞬間、社長は何も言わなかった。
 ただ、ゆっくりと椅子に背を預けた。
 沈黙。時計の音がやけに大きい。

「暴力については、診断書があるな。肋骨の骨折。蹴られたんだな。経緯はまだ調査中だ」
 社長が資料をめくる。紙の音が、耳に刺さる。

 「カワシマは、君たちが同棲していた時、契約解除と荷物の搬出を正式に申請している。書類も残っている。つまり、君たちの言う泥棒は成立しない。部屋を退去する時に家具を片付けるのは当たり前の行為だ」

 社長の視線が、わたしに向いた。
 
 「でも、あの家具は高価なものです。わたし検索したんです。ソファだって二百万とかそんな値段です。どうやってそんなお金を稼いだと?」すると、カオリ先輩が手を挙げた。
 
 「どうぞ。説明出来るんだな。確かにそんな家具を使っていた理由に興味がある」そう言う社長はなんだか、焦っているようだった。

 「はい、あのマンションの空き部屋を見に不動産屋さんと行った時、あの部屋、わたしが借りている部屋の人がちょうどドアを開けて出て来て、わたしが不動産屋さんと一緒なのを見て『入居希望の方?それだったら話を聞いてってことで、まぁ最初の予定より広い部屋だけど、問題は家具の始末。その人は凄く急いでいて、家具を引き取って欲しいってことで、いい家具だったから、家具はいただきました。後は普通に手続きしてあの部屋を契約しました。普通はお部屋の掃除とかの費用がかかるけど、わたしが辞退したのでその分、割り引いて貰いました。で、あの部屋。名義変更出来るから、と知らせたでしょ。受け取りメールを返して来たよね。来なかったから、あの部屋に住む気はないと思ったけど、住んでいるのね。二人で払うから・・・家具は業者を探したら買い取ってくれる所があったのよ。今、流行っているんですって。つまり、泥棒は誤解ね。ちゃんと全員に説明してね」

 聞いているうちにますます、頭に血がのぼった。
「運だけで、いい家具を手に入れてそれを売るなんてずるい。ずるい。ずるい!トオルも黙ってるなんてずるい。暴力女!ずるい」
 
 そうだ。暴力に言い訳は効かない。あれは暴力だ。だから、
 「部屋に入って来て、いきなり蹴るなんて凶暴。暴力女」と怒鳴った。トオルが止めようろ口をふさごうとしてくるから、噛みついた。

 「その経緯については、まとめたものがある。メールで送るよ。読んで話し合って」そう社長は言った。

 「それぞれのPCに送ったから、机に戻って読んでくれ。それではここは解散」

 トオルは頭を下げるとわたしを半分引きずって部屋を出た。
 
 
 
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