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35 カオリの謝罪 アサト目線
カオリが復帰して三日目。
「のんびりやります」と言っていた彼女だが、部下の尻拭いをやることになった。
彼女が進めていた仕事を、今、倉庫整理に回されているコバヤシ氏に譲ったそうだが、そいつが客を怒らせていた。
約束を忘れ、現場の窓口を怒らせ、ついに取引停止の一歩手前に。
状況を整理したカオリは、一言だけ言った。
「謝るしかありませんね。行きます」
俺はその「行きます」の重みを知っている。
問題を片づけるではなく、責任を引き取るという意味だ。
秘書が同行を申し出たが、彼女は首を振った。
「担当は倉庫整理のコバヤシ氏です。彼を連れていきます」
会社の空気が、微妙に固まった。
かつて彼女を陥れた男を、謝罪の席に連れて行く。
見事な皮肉だ。いや、教育でもある。
俺も同行を決めた。
「社長が行くと、話がややこしくなりますよ」とカオリは言った。
「観光です。ついでに行くだけ」
「……観光ですか」
少しだけ、口の端が動いた。
「いいでしょう。観光のついでに、仕事を見ていってください」
出発の朝、コバヤシ氏は緊張で顔が硬かった。
「俺なんかが行っていいんですかね」とぼそりと言う。
「担当はあなた。行かないと話が進まない」
カオリの声は静かだったが、後部座席の俺にもその静けさが刺さる。
「謝るのは、僕じゃなくて……」
「謝るのは、あなたです」
「……はい」
車内は沈黙。
窓の外のビル群が、次第に郊外の景色に変わっていく。
カオリはタブレットで資料を見ていた。
手の動きは正確で、迷いがない。
「先方の不満は二点。要は、あなたへの不満です。理由はいくつでも見つけられますが、そういうことですね」
彼女はそう言った。部署の部屋で言わなかったのは、あいつへの思いやりだな。俺は黙って聞いていた。
あいつはただ縮こまる。
先方の担当は、五十代の女性だった。
カオリは丁寧に一礼した。
「このたびは大変なご迷惑をおかけしました」
その声に、甘さも芝居もない。ただ、事実だけが並んでいた。
「えぇ、本当に迷惑をかけられたわ
女性は腕を組んだまま、コバヤシを睨んだ。
「あなたが新しい担当?変わったってカオリさんから知らせて貰っていたけど、あなたからは何の挨拶もなかったわよ」
「すみません」とコバヤシ氏が頭を下げている。
「会社に電話したけど、カオリさんに取り次いで貰えないし、あなたとも連絡が取れなかった。カオリさんの手配が完璧で支障はなかったけど、不愉快だわ」と女性は言うと、カオリの耳元に口を寄せた。
「はい、その」と珍しくカオリが口ごもった。女性はそれを見てもう一度、何かを言った。
カオリが俺を見て、それから女性を見て、何か言った。
女性は、にっこり笑うと
「ゆっくり聞かせて」と言うと中へ入るようにカオリを促した。それから、振り返った。
「あなたもついてらっしゃい」
応接室に入ると、俺たちは席に座った。お茶とお菓子が出た。
「さて、カオリさん、そちらの方を紹介して下さいな」
そう来るのか?
「あの、マクサの社長です。気にして同行しました」とカオリが答えると、
「社長のジングウジでございます。その・・・ちゃんと出来るのはわかって」と言いかけた時、
「何よ。そう言うこと聞いてるわけじゃないってわかっているくせに。詳しく教えなさい」
うう・・・まいった。
「のんびりやります」と言っていた彼女だが、部下の尻拭いをやることになった。
彼女が進めていた仕事を、今、倉庫整理に回されているコバヤシ氏に譲ったそうだが、そいつが客を怒らせていた。
約束を忘れ、現場の窓口を怒らせ、ついに取引停止の一歩手前に。
状況を整理したカオリは、一言だけ言った。
「謝るしかありませんね。行きます」
俺はその「行きます」の重みを知っている。
問題を片づけるではなく、責任を引き取るという意味だ。
秘書が同行を申し出たが、彼女は首を振った。
「担当は倉庫整理のコバヤシ氏です。彼を連れていきます」
会社の空気が、微妙に固まった。
かつて彼女を陥れた男を、謝罪の席に連れて行く。
見事な皮肉だ。いや、教育でもある。
俺も同行を決めた。
「社長が行くと、話がややこしくなりますよ」とカオリは言った。
「観光です。ついでに行くだけ」
「……観光ですか」
少しだけ、口の端が動いた。
「いいでしょう。観光のついでに、仕事を見ていってください」
出発の朝、コバヤシ氏は緊張で顔が硬かった。
「俺なんかが行っていいんですかね」とぼそりと言う。
「担当はあなた。行かないと話が進まない」
カオリの声は静かだったが、後部座席の俺にもその静けさが刺さる。
「謝るのは、僕じゃなくて……」
「謝るのは、あなたです」
「……はい」
車内は沈黙。
窓の外のビル群が、次第に郊外の景色に変わっていく。
カオリはタブレットで資料を見ていた。
手の動きは正確で、迷いがない。
「先方の不満は二点。要は、あなたへの不満です。理由はいくつでも見つけられますが、そういうことですね」
彼女はそう言った。部署の部屋で言わなかったのは、あいつへの思いやりだな。俺は黙って聞いていた。
あいつはただ縮こまる。
先方の担当は、五十代の女性だった。
カオリは丁寧に一礼した。
「このたびは大変なご迷惑をおかけしました」
その声に、甘さも芝居もない。ただ、事実だけが並んでいた。
「えぇ、本当に迷惑をかけられたわ
女性は腕を組んだまま、コバヤシを睨んだ。
「あなたが新しい担当?変わったってカオリさんから知らせて貰っていたけど、あなたからは何の挨拶もなかったわよ」
「すみません」とコバヤシ氏が頭を下げている。
「会社に電話したけど、カオリさんに取り次いで貰えないし、あなたとも連絡が取れなかった。カオリさんの手配が完璧で支障はなかったけど、不愉快だわ」と女性は言うと、カオリの耳元に口を寄せた。
「はい、その」と珍しくカオリが口ごもった。女性はそれを見てもう一度、何かを言った。
カオリが俺を見て、それから女性を見て、何か言った。
女性は、にっこり笑うと
「ゆっくり聞かせて」と言うと中へ入るようにカオリを促した。それから、振り返った。
「あなたもついてらっしゃい」
応接室に入ると、俺たちは席に座った。お茶とお菓子が出た。
「さて、カオリさん、そちらの方を紹介して下さいな」
そう来るのか?
「あの、マクサの社長です。気にして同行しました」とカオリが答えると、
「社長のジングウジでございます。その・・・ちゃんと出来るのはわかって」と言いかけた時、
「何よ。そう言うこと聞いてるわけじゃないってわかっているくせに。詳しく教えなさい」
うう・・・まいった。
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